「あ……あの、サトウ。この格好は……?」
「余は偉大だが、このようなことには疎くてな。
男装と言えば、執事服しか思いつかなかった」
「それはよろしいのですが……」
ブレイドは恥じらった。
裸に剥かれたかのように股間や胸元を押さえ、真っ赤な顔でもじもじとする。
「せめて手甲だけでも、身につけさせてほしいのです……」
「つけたら台無しではないか」
「しかし防具がないことは、わたしにとっては裸とまったく同じなのです……」
「その理屈だと、余たちは常に裸になってしまうが」
「サトォ……」
理屈ではどうしようもないと思ったらしい。
ブレイドは、うるうるまなこでオレを見てきた。
「これではどうだ?」
オレは宝物庫から、鎖カタビラを出した。
「ミスリル製のカタビラだ。服の中に着るとよい」
「ありがとうなのです!
大好きなのです!」
ブレイドは礼を言った。
背を向けタタタと走ってく。
フスマをあけてパタリと閉めて、着替えを始めた。
「フハハハハ! 完璧なのです! 完璧なのですよ!
今なら誰にも負ける気がしないのです!
変態退治も、わたしひとりにお任せなのです!」
つい先刻と同じ姿で、元気よく現れる。
「では作戦を実行に移すか。
黒豹よ。
偉大なる余に、変態が現れる場所と時間を教えるがよい」
「ああ、いいぜ。場所と時間はな……」
オレは黒豹から、変態が目撃されやすい場所と時間とを聞いた。
深い夜。
月が傾きかけたころ。
オレたちは、森の茂みに姿を隠す。
黒豹に紹介された場所は、右手に森。左手に堀がある道だ。
ユニコが小さな声で言う。
(ここは貴族の屋敷と商店街を繋ぐ道でもある。小間使いの少年が、比較的よく通るのだ)
(近くに建物がない分、そこそこの規模で戦っても大丈夫そうでもあるな)
(流石はサトウ殿なのだ。とても察しが早いのだ)
少し離れたところから、ブレイドがやってくる。
「ご主人さまは、人使いが荒いのです……」
予定通りのセリフを言って、ため息をつく。
「うぅ~ん…………なのです」
腹部を押さえ、堀の近くにうずくまる。
(これも予定通りなのだ)
(動けない少年を見れば、やってくる算段か)
(………。)
オレとユニコは状況を見つめ、ナタは蝶を見つめてた。
(ぱたぱたぱた。)
捕まえようと手を伸ばす。
(あとにしなさい)
(………はい。)
注意されて手を戻す。
ただし未練はたっぷりらしい。(じぃ………。)と蝶を見つめていた。
そんなこんなをしていると――。
「フン、フーフフ、フーン。
フン、フーフフ、フーン。
フフフフ、フフフフ、フフフフ、フン、フー」
謎の鼻歌と共に、筋骨隆々の男がでてきた。
暗闇の中でもハッキリとわかる全裸。
なぜかマントをつけてるが、パンツ一枚はいてない。ネクタイひとつ身に着けていない。
黒豹も変態ではあるが、コイツほどはひどくない。
あっちはパンツをはいている。
ネクタイだってつけている。
ゲームにいなかった理由もわかった。
(これを全年齢版のゲームに登場させるのは無理だ……!)
「どうしたのかな? 少年よ。
もしも痛みがあると言うなら、医者のところまで連れて行こう。
もしも悩みがあると言うなら、ミーに話してみるがいい。
解決できるかどうかはわからないが、人に話すだけで軽くなることもある」
無駄に人格者だった。
これは話せば、意外とわかる……?
なんてオレは思っていたが――。
「ギルティズ・ブレイドォーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
ブレイドはぶっ放す!!!
「フンヌゥ!!!」
だが変態は、大胸筋を震わせるだけで弾いた。
「なかなかの攻撃――即ちアタック。
しかし筋肉が足りないな、ボーイ」
強い――!
「ミーで力試しがしたいのかな? ボーイ。
この筋肉の勇者――マッスルで」
「そ……そのようなところなのです!」
「ならば受けよう。
……フンッ!」
変態は拳を握りしめ、山の字を彷彿とさせるお約束のポーズ――フロント・ダブル・バイセップスをした。
「ふみゃあぁ!!!」
それだけで、ブレイドは吹き飛ばされる。
「では次だ。
ホォウッ!」
振り上げたその腕を、腰のあたりに持っていくポーズ――フロント・ラット・スプレッド。
「クッ!」
ブレイドの横っ飛び。
ズガカガガガンッ!
衝撃の波が、地面をえぐりながら通過していく。
ユニコが唖然とつぶやいた。
「どういう原理になっているのだ……?」
オレもわからん。
「とにかく加勢しようなのだ!
分が悪すぎるのだ!」
ユニコが地を蹴り宙返り。
馬の形態に変化して、変態を挟み撃ちにする。
「背後を取れば、ミーに勝てると思ったかい? キュートな子馬ガール」
変態は拳を握りしめ、山の字を彷彿とさせるお約束のポーズ――フロント・ダブル・バイセップスをした。
だが今回は、ユニコに背中を見せている。
背の筋肉を見せつけるそのポーズの名は――。
バック・ダブル・バイセップス!
「うわあぁ!!!」
ユニコも吹っ飛ぶ。
ブレイドが言った。
「原理がまったくわからないのに、太刀打ちできないのです……」
いやホント、どうしてダメージが通るんだろう。
単にポーズを取っているだけだよね?
まったくもってわからないものの、確実に言えることがある。
この変態は強い。
変態の代わりに設置されていた盗賊団を倒すには、ただの兵士なら三万人は必要だった。
ならばこの変態も、同等の力を持っているとみるのが妥当。
オレが行こうかと思った直後。
ナタが服の裾を引っ張る。
「サトウ。」
「どうした?」
「呪いの解除、希望。」
「やつと戦うつもりか?」
「オリハルコンの分は働く。」
(周囲に人もいないことだし……)
「よかろう」
オレは呪いを解除してやる。
「がんばる。」
ナタはンッと両手を握り、火尖槍を取り出した。
「ユニコ。」
「む?」
ナタは、ケンタウロス化しているユニコの背に乗った。
「前進。」
「心意気はよし!
しかしミーの筋肉を相手に、筋肉なしで近寄れるかな……?」
謎の語彙。
「ハフウゥンッ!」
そしてポーズ。
「火尖槍。」
ナタは槍を突きだした。
ガキイィンッ!
金属めいた音が鳴る。攻撃を『弾いた』のは、確かであった。
「どうやったのだ? ナタ殿」
「………相手はポーズを取った瞬間、筋肉を膨らませてる。
その膨らみの勢いで――――衝撃波を飛ばしてる。」
「そんな理屈だったのだ?!」
「うん。」
ナタはこくりとうなずいた。
「シャツのボタンを飛ばす代わりに、空気の圧力を飛ばしてる。」
マジですか。
オレもびっくりである。
「とにかく、前に。
私ひとりだと近づけない。」
「よかろうなのだ!」
ユニコは足で、地面をかいた。
突撃する。
「ホンッ、フンッ、ハアァンッ!」
変態が、次々ポーズを繰り出していく。
「んっ。くっ。つっ………!」
ナタは火尖槍で迎撃していく。
しかし押され気味である。
「近づくにつれ、圧力も厳しくなっていくのだ……!」
「がんばって。」
「もちろんなのだ!」
ユニコは気合いで前にでる。
変態は、汗を散らしてポーズを取る。
「――乾坤圏。」
ナタはチャクラムも使用して、ポーズの威力を殺していった。
そして――。
「入った。」
ナタは槍とチャクラムを仕舞うと、両手で忍者の印を結んだ。
「――九竜神火。」
変態の上に、巨大な鐘が現れた。
ぐわおぉんっ!
落ちてきた鐘に、変態は閉じ込められる。
「九の竜が吐く神の炎が、あなたのことをすごく焼く。」
「それはやりすぎではないか……?」
「大丈夫。
あの筋肉さんは、それでも死なない程度には強い。」
鐘が緋色に輝いた。
その輝きの強さは、火力の強さも示していた。
それでもナタは察していた。
相手の命はもちろんのこと、戦いすらも終わっていないことを。
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