とある病室。
ベッドの上に少年はいた。
腕には点滴。
口には呼吸器。
まっとうな状態でないことは、誰の目にも明らかだ。
少年は、物心ついた時からこの状態で過ごしている。
そんな彼の慰めとなっているのが、頭部につけられたVRマシン。
心が病めば体も病んでく。
それを少しでも緩和するため、政府が認めた方策のひとつだ。
血管に点滴。
口に呼吸器。
心にVRマシン。
マシンの中でニュースを見たり勉強をしたりネットをしたりすることで、世間から取り残されないようにする効果もあった。
ゲームの中の彼を見て、寝たきりの生活をしている者だと思う者はいない。
そんな彼がプレイしているゲームの名前は、エターナルカオス・オンライン。
雑魚モンスターにコッペパンが出る。
馬車を引くのがアルティメットマグロ。
ダメージを受けた女の子の服が破ける。
野生のパンをゲットし牧場に放ち、最強のコッペパンを作ろう!
それ以外にも、スタッフの悪乗りと称される要素がetc……。
というゲームだが、それゆえに心が紛れた。
ふざけたゲームの笑える仕様で、彼は安らぎを得た。
現実が不自由だからこそ、ゲームの中ではカオスの化身――大魔王として日々を送った。
事実少年は、余命三年と言われていた中で十年を生きてる。
しかしそれも終わりが近づいてきていた。
深夜二時。
VRのマシンも外されて、眠らなくてはいけない時刻。
「ああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
病魔が全身を蝕んだ。
痛くて痛くてたまらない。
邪悪な蛇が、全身を食い荒らしているかのような感覚。
それでも少年は耐えた。
(死ねない。オレは……死ねない)
心の中に、熱い闘志を燃やしてる。
(十八禁モード解禁の日まで、死ねないッ――!!!)
彼は悲運の少年だ。
しかし性欲も強かった。
スケベを愛するスケベな心が、三年の余命を十年に伸ばした。
(あと三日。たった三日で、十八禁モードをプレイできるんだ……)
それを思えば、どんな痛みと苦しみにも耐えることができた。
しかし心を強く持とうと、体は限界を迎えていた。
命の灯が消え始める。
どんな痛みにも耐えてきた彼の目から、澄んだ涙がはらりと垂れた。
そんな今際の際の中、彼は確かに声を聴いた。
(こっちにくるかい?)
光が差し込んできた。
謎の人影が手を伸ばしてくる。
現実なのか。
幻覚なのか。
彼にはどちらかわからない。
しかし少年は、人影の背後に目を奪われていた。
人影の背後に広がる草原。
それは自分が、まさに死ぬまで愛し続けていたゲームの草原であったから。
少年――佐藤カイトは、人影に向かって手を伸ばした。
◆
オレはぼんやり目を覚ます。
そこは一面の緑であった。
しかしオレは高揚していた。
見覚えがある景色。
何千回とプレイしたゲームのスタート地点。
だからこそ、VRとの違いがわかった。
「風……」
そよ風が気持ちいい。
「草の……」
香りがすばらしい。
「ははは、はは」
笑い声が自然と漏れる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
全力で叫んだ。
そして走った。
意味もなく叫んだ。
意味もなく走った。
勢いあまってド派手に転んだ。
顔に土がついてしまった。
しかしそれすら心地よかった。
「アハハハハ!」
笑い声が自然と漏れた。
その時ガサッと音がした。
コッペパンが現れる。
『コペペペペペ!』
謎の鳴き声と共に、コッペパンがビームを出した。
オレは咄嗟に回避する。
メッセージのウインドウが開かれた。
◆この世界ではコッペパンが射撃能力を持つ。
わかるね?
>わかる。
わかった。
わかるための努力を始める。
カオスオンラインの名に恥じない、カオスなチュートリアルである。
オレは叫んだ。
「わかるための努力を始める!!!」
全身が光に包まれ、服が破けた。
辛気臭い病院服が、完全装備の魔王の姿に。
「これは――!」
オレがプレイしていた時の装備だ。
カオスなゲームのカオスを受け入れ、ゲームの住民になることを誓った証。
「ステータスは……?」
サトウ=カイト
ジョブ:大魔王
年齢:不詳
レベル:9999
HP 99990/99990
MP 99990/99990
攻撃力:79920
防御力:65000
敏捷力:80000
魔攻力:99999
魔防力:99999
スキル
闇魔法レベルMAX 魔炎魔法レベルMAX 魔水魔法レベルMAX
魔土魔法レベルMAX 魔風魔法レベルMAX 魔雷魔法レベルMAX
呪怨魔法レベルMAX 自動再生レベルMAX 鑑定魔眼レベルMAX
闇耐性極大 炎熱耐性極大 土耐性極大……etc
「最後にゲームをプレイしていた時のままか……!」
病院で寝たきりだったオレは、カオスオンラインを徹底的にやり込んでいた。
普通にクリアしたら選べる『魔王でニューゲーム』を100回クリアすると出てくる『大魔王でニューゲーム』
それをさらに100回クリアし、鍛えに鍛えたキャラクターだ。
オレは高まるテンションで、試し打ちをした。
「唸れ魔炎――」
紫色の炎が、右手から出てくる。
「メギドフレイム!」
ドゴオォンッ!
盛大な爆発。
チュートリアルコッペパンは、一瞬で紫焦げになった。
黒焦げではなく紫焦げだ。
◆
声がしたのはその時だ。
「ここにいらっしゃったのですね!」
そこにいたのは、金色の髪をした少女。
アホ毛のついた金髪ポニーテールで、上は白銀のヨロイ。下は水色のスカートをはいている。
オレは驚愕に目を見開いた。
鼓動が高鳴る。
だって彼女は――。
「サトォーーーーーーーーーーーーー!!!」
彼女が抱き着いてきた。
勢いあまってゴロゴロ転がり、それでも彼女は止まらない。
「きてくださったのですね!
きてくださったのですねぇ!
わたしはとてもうれしいのです! サトウと会えてうれしいのです!」
「オ、オレも、うれしい」
彼女は、『剣の勇者ブレイド』
オレがずっとしていたゲームの、ずっと大好きだったキャラクターだ。
「オレの名前を知っているっていうことは……」
「覚えているのです!」
ブレイドは、両手をガバッと広げて叫んだ。
「サトウがサトウであったこと! 世界を何回も救ったこと!
しっかり覚えているのです!
細かいことは覚えてませんが、このふたつだけは覚えているのです!」
「そっか……」
温かな感情が、胸の底を流れる。
この感情を味わえただけで、この世界にこれてよかったと思う。
大好きなゲームの中で、大好きだったキャラに出会える。
しかもそのキャラが、自分を好きだと言ってくれてる。
これに勝る幸せがあろうか。
「でもどうして、オレたちが……」
「わかることと、わかることがあるのです!」
「それはどっちもわかることでは……」
ぼやくオレにブレイドは言う。
「まずここは、カオスオンラインの中ではないのです!」
「そうなのか……?」
「この世界は実際に存在していて、カオスオンラインは『この世界を元に作られたゲーム』なのです!」
「どうしてわかる?」
「神様さんから聞いたのです!」
「神様?」
「わたしはサトウが大好きでした!
ずっとずっとずうぅ~~~~~っと、いっしょにいたいと思っていました!」
「ブレイドは、ゲームの世界のキャラだったんだよな?」
「サトウと何度も接するうちに、心ができてきたのです!
私が命を持ったのも、サトウのおかげと言えるのです!」
そう言われると照れる。
「しかしサトウが、病気であることも知ってたのです!
だからずうっと、思ってたのです!」
ブレイドは言う。
「サトウを『げぇむ』に入れてなのです。
ずうっといっしょに、いさせてなのです!」
ブレイドは語る。
まさに願いを叶えてもらえた、少女のような声色で。
「すると神様が言ったのです!」
『心を持った機械の君よ。
特別に招こう。
この世界の元になった、特別な世界に』
「わたしは神様に手を伸ばして――」
ブレイドは、むぎゅーっとオレに抱き着いた。
「サトウに会うことができたのですぅーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
胸板に顔をうずめて、すりすりすりっと顔をこすらす。
「サトウなのです、サトウなのですうぅ。
『げぇむ』の世界にはなかった、サトウの匂いとか触感がするぐらいにサトウなのですぅ~~~」
かわいいっ……!
オレはひしっとブレイドを抱きしめた。
オレは生きてる。
間違いなくそう言えた。
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