「獣人国に行くなら、これを持っていくクラー!」
イカ子が、金色のメダルを渡してきた。
イカが彫られている。
「シュトルテハイムラインバッハ・ゴールドクラーケンの家紋が入ったメダルだクラ!
獣人国の偉い人には、一瞬で伝わるクラー!」
オレは目を丸くして、メダルを見ていた。
「どうしたケン?」
「独創的なメダルであると思ってな」
「ご先祖様は、すごいケン!」
イカ子はえっへんと胸を張った。
しかしオレが驚いたのは、そこではない。
(こんなメダル、ゲームにはなかったぞ……?)
「この金は、どうやって入手した?」
「泉の底に、金脈があるケン! 取ってきたクラー!」
「ふむ……」
白い塩湖の底までは、オレも確認していなかった。
それをイカ子が知っているのは、たまたまなのか。
それとも何かの意志があるのか……。
「サトウ?」
ブレイドがオレの顔を覗き込んだ。
小首がこくりとかしげられてる。
かわいい。
オレは考えを保留した。
「このメダルは、たくさんあるのか?」
「100枚くらいだクラ!」
「ならば30枚ほしい」
「理由を話すケン!」
「獣人国でスカウトした勇者に渡す。メダルがあれば、偉大なる余の紹介――というわけだ」
「ちゃんとしているじゃなイカ! くれてやるケン!」
イカ子は触手のような髪の毛を動かすと、袋をオレに手渡した。
イカの金貨が30枚ある。
「礼を言おう」
オレは袋を懐にしまった。
外を見ていたザコケライが言った。
「獣人国なら、今日は行商がくるはずですぜ」
「帰りのクルマで便乗できるか」
飛んだほうが早いのであるが、あえてクルマで移動する。
そうしなければならない理由が、オレにはあった。
◆
ズドドドド。
それは土埃をあげてやってきた。
馬車を引く、宙に浮いたマグロが二体。
カオスオンラインの世界名物がひとつ――アルティメットマグロだ。
アルティメットなマグロゆえ、陸地を飛んで馬車を引く。
普通のマグロじゃこうはいかない。
しかしリアルで見つめると、ゲーム以上にシュールな景色だ。
行商人が降りてきて、ザコケライと交渉をする。
オレとブレイドはふたりを見守り、話が終わったあたりでブレイドに話をしてもらった。
「その出で立ち……勇者の方ですかな?」
「そうなのです! 剣の勇者をやっているのです!」
「それは頼もしい!
昨今は、魔王のせいか物騒になっております!
イザというときはお頼み申しますぞ!」
「ゼニスキーさんよ。それはねぇんじゃねぇのかい?」
「そうさ。勇者なんかに頼まなくても、アタシたちがいらぁ」
「まったくだぜ」
そう言ったのは、三人の女冒険者。
薄汚れた革のヨロイや、錆の入った剣や斧を持っている。
(装備の手入れが雑にすぎるな……)
その段階で、あまり強そうには見えない。
しかしこのようなキャラ、ゲームにはいなかった。
ゲームにいない相手とは会話ができない。
なによりオレは、是が非でもマグロ車に乗らねばならない。
(トラブルを起こさないよう、穏便に……)
「立派な者たちを雇っているではないか。
あの者たちを頼りにせよ」
この一言でも、けっこうなプレッシャーだった。
心臓が、ドキドキバクバク鳴っている。
(これがゲームにない会話の難しさか……!)
「はっ、はい」
商人は、空気を読んで下がろうとした。
その時だった。
「おかしいですよ、サトウ。あの三人は、どう見ても弱いのです。
特に武器の手入れもしていないのは、どうかと思うのです」
「なんだとテメエェ!」
「いったいどうして怒るのですか?!
わたしはなにも、間違ったことは言ってないのです!
そそそそ、そうですよね?!」
ブレイドはオレを見た。
主張は間違ってないのだが、それを言うのは間違っている。
(でもそれを言うと、絶対に揉めるだろうから……)
「人を見た目で判断するな」
という方向で説教をする。
「ですが装備が、あまりにも……」
「アレが本当の武器とは限らん。
相手の油断を誘うため、『あえて見せている』のかもしれん」
これも実際、一理ある。
ないだろうなと思っても、油断してはいけない。
相手を強く見積もって弱い分には問題ないが、弱く見積もって強かったら大変だ。
ブレイドはハッとした。
腰と頭を直角にさげる。
「申し訳ないです! みなさん!
みなさんを知りもせず、『弱い』などと決めつけて!」
「あ、あぁ」
「わかればいいんだ、わかれば」
「そ、そうだな。わかれば、な」
「サトウ!
みなさん、失礼なことを言ったわたしを簡単に許してくださいました!
すばらしい人格者なのです!」
「うむ」
オレは尊大にうなずいた。アルティメットマグロ車の端に座る。
ブレイドは、窓際に座った。
頭のアホ毛がぴこぴこゆれる。
「フフフフ、旅は楽しいですねぇ、サトウ!
ひとり旅ばかりだったので、ふたり旅が楽しいです!」
そう言って見せるのは、満面の笑顔。
かわいい。
最高にかわいい。
ゲーム通りのイベントとセリフが、現実に起こっている。
ゲーマーとして、こんなにうれしいことはない。
これを見たくてマグロ車に乗ったのだ。
それでもオレは、クールな魔王のなりきりをしている。
「フッ」
と笑って軽く流した。
商人が尋ねる。
「勇者様であられるのに、ひとり旅を?
大抵は、国家で配下を斡旋していただけるかと……」
三人の女チンピラが答えた。
「勇者だろうと、『親』がちゃんとしてねぇと無理なんだよなぁ」
「実力試験もなくはねぇけど、見下されやすいしよ」
「親が劣ってるっつーだけで、こっちまで劣った人間みたいに見られるのは辛いぜ?」
こいつらも、過去に色々あったようだ。
最初に絡んできたのも、色々あった劣等感のせいだろう。
「ですからわたしは、サトウのことがとても好きです! 大好きなのです!
この世のすべてを見下しているようなところとか、世界で一番大好きなのです!」
三人の女チンピラが、同時に叫んだ。
「「「そこが大好きで大丈夫なのか?!?!?!」」」
「はいなのです!
とても強いサトウの前では、貴族も王もお金持ちもわたしも、おんなじなんだって思えるのです!」
そういう視点もあるのか。
「ですからわたしを、置いて行ったりはしないでください!
わたしはサトウが、とても大好きなわたしなのです!」
マジかよ!!!
うれしい!!!
抱き☆しめ☆たい!!!
けどオレは、クールな魔王のなりきりプレイをしている最中!!!
「それならば、相応の力を身に着けるのだな」
そんな冷たく見える物言いにも、ブレイドはうなずいた。
「はいなのです!」
◆
ゴトゴトゴト。
アルティメットマグロ車が進む。
オレは目を閉じ体を休める。疲れているわけではないのだが、『旅』をしている感じがしてよい。
しかし進むこと数時間。
マグロ車が止まった。
小太りの商人が、マグロ車の扉をあける。
「冒険者さま! お助けください!
デビルコッペパンが三体も現れました!」
外を見る。
ライオンぐらいの大きさで、紫がかった禍々しいコッペパンが、『コペペペペペ……』といきり立っていた。
その体には、お盆用に割り箸を刺したナスビやキュウリのような手足がついてる。
「三体……?!」
「それは少々……」
三人の女チンピラは怯んだ。オレたちをチラと見る。
(ワクワクワク)
ブレイドは、期待の眼差しで三人を見ていた。
つぶらでかわいい瞳の中で、キラキラ星が輝いている。
(この三人には、隠された力があると思ってるんだろうなぁ……)
チンピラたちも、見て取ったらしい。
「「「やってやらあぁ!」」」
外にでた。
「ウワアァー!」
「キャアァー!」
「イヤアァー!」
やられた。
漫画で言うと、ひとり一コマのペースでやられた。
手入れを怠っていた武器も、ぽっきりと折れている。
「コペペペペペ…………」
怒っているのだろう。コッペパンたちは、地面をひっかく仕草を見せた。
「このデビルコッペパンは、かなりの猛者のようなのですっ!」
ブレイドが、剣を構えた。
「剣の勇者ブレイド、推して参るなのです!」
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