ナタはマッチョの変態を、緋色の鐘に閉じ込めた。
鐘の中では、鋼鉄すらも一瞬で溶かす超高熱が渦巻いている。
けれども、ナタは理解していた。
相手の命はもちろんのこと、戦いすらも終わっていないと。
「ユニコ。」
「む?」
「ごめん。」
「なに……?」
ナタはユニコを乗り捨てた。ひとり空高く跳ねる。
その直後。
鐘にピシリとヒビが入った。
「フハァーンッ!!!」
変態が、ポージングを取っている。
「すばらしきファイアー! ほとばしるヒート!
実にナイスな火力であった――が」
変態は、また違うポーズを取って言った。
「ミーのほとばしる汗の前では、火炎など無意味ッッ!!!」
変態が、超高速でユニコに迫る。
「しまったのだ……!」
殴られるのを覚悟したのか、ユニコは身構える。
が――。
「この筋肉は、人を傷つけるためにはあらず。
愛の抱擁――マッスル・ハグ!」
マッスルは、ユニコの体を抱きしめた。
「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!!」
この世のものとは思えない悲鳴があがる。
「気持ち悪いのだ! 気持ち悪いのだあぁ!
気持ち悪いはずなのに絶妙に温かくってやさしくって、温泉に浸かっているかのような穏やかな気持ちになるのが気持ち悪いのだあぁ!!!」
絶叫をあげたユニコは、そのままカクりと気絶してしまった。
一方、ナタは上空にいた。
上空から火尖槍を構え――。
変態の胸元を突く!!!
カアァンッ!!!
衝撃の波が発生し、激しい風を巻き起こす。
草や塵が舞い散って、寝ていた鳥が起きて飛び立つ。
それほどの衝撃を受けた変態は――。
笑った。
「ナイスアタックだ。ガール!
100点満点で100点!
しかしミーのマッスルは、100点満点で5000点!」
「………おかしい。」
「フンウゥッ!」
筋肉が震える。ナタは衝撃で弾かれた。
宙でバランスを取り直し、遠方に着地する。
衣服はおよそ半分が、ビリビリになっていた。
火尖槍を構えたまま、変態を見つめ――。
オレのところにやってきた。
「まけた。」
ナタは槍を見せてきた。
穂先が欠けてしまってる。
「オリハルコンで加工したのに、ボロボロにされた。」
つまりあの変態の胸板は、オリハルコンよりも硬い。
「なぜか強い盗賊の元になっただけのことはあるな」
こうなると、オレが行くしかないだろう。
「いよいよ真打ちの登場かなー?! ハッハッハー!!!」
変態はポーズを取りながら、腰をくねらせていた。
「小手調べから始めよう」
オレは右手を、ツイッと構えた。
「メギドフレイム!!」
ドゴオォンッ!
直撃する。
百の兵団であれば、一瞬で消し飛ぶ威力だが――。
変態は、ポーズを取って笑顔で言った。
「無傷ッ!」
「ならば双剣――ティアール・シュナンゼ!」
オレは剣を召喚し、真正面から突っ込んだ。
「ホンッ、フンッ、ハアァンッ!」
変態は、次々ポーズを繰り出してくる。
だがオレは、眼力だけで衝撃波を弾く。
近づいた。
高速の斬撃!
ザシュザシュザシュッ!
それらはすべて、変態に当たった。
だが変態は、やはりポーズを取って言う。
「無傷ッ!!!」
けして強がりではない。
傷のひとつもついてない上、オレの剣が刃こぼれしている。
「すさまじいな」
オレは火球で牽制し、変態から距離を取る。
「しかし貴様の動きにも、弱点はあるようだな」
「ほーう?」
「筋肉で衝撃波を放つには、ポーズを取って力を込めなくてはいかん。
向かってくる相手を迎撃するには便利だが、自分から攻める能力には欠ける」
「エクセレント!
確かにyouの言う通り、ミーの筋肉は人を守るためのもの。
相手を攻めるものではない!!」
オレはアイテムボックスから、小型ゴーレムを出した。
一体三〇センチほどのゴーレムが、全部で一二〇体だ。
「ゆえに偉大なる余のアーミーたちで波状攻撃をかけ続ければ、簡単に落とすことができるであろう」
「フフフフ、それはなかなかナイスな作戦」
「しかし偉大なる余は、戦った相手は心服――または屈服させる方針でいる。
それゆえに――」
オレは地を蹴る。
筋肉を膨張させる隙も与えずに近寄って――。
「拳で勝負してやろう」
変態の鳩尾を殴る。
「グフウッ!!!」
「これは確かに、オリハルコンよりも堅いな」
オレは変態を殴り続ける。
「グガガガガガガガ……」
変態が距離を取る。
「フンヌウゥゥゥンッ!!!」
両の拳を空にあげ、自身の筋肉を胸板に集める。
「オオオオオオオオオッ!!!」
オレは全霊のこもった胸板に、オレの拳をぶち当てた。
「ぬぐっ……。
まさかミーが、筋肉のない者に破れるとは……」
変態は仰向けに倒れた。
オレは言った。
「オリハルコンよりも強靭な筋肉であれば、オリハルコンよりも強靭な拳をぶち当てればよい」
完全勝利だ。
◆
変態を倒した次の日の朝。
縛りあげた変態を、獣人国の王――黒豹のもとへ連れて行く。
「捕まえたのか」
「いかにもだ」
黒豹は、変態の縄を解いた。
「どうしてこんなことをしていたんだ」
「ミーは世界を、よりよいものにしたかった……。
だから困っている者たちを、救って歩いていた」
「パンツははけ」
「なにゆえだ……?」
「なに……?」
「一糸まとわぬ裸体など、生まれた直後に晒したばかりではないか!
それを晒す行為が、どうして罪になるというのだ?!」
まさかの議論が始まった。
困る。
圧倒的に困る。
コミュ障のオレは、ゲームに存在しない議論には対応できないッ!!!
ブレイドが叫んだ。
「見ていて不快だからなのです!」
オレはブレイドを応援した。
がんばれブレイド、がんばれっ!
変態は言い返す。
「肥え太った婦人や醜い男が『不快である』とされた場合はどうだ?」
ブレイドは、必死に考えながら言う。
「体型や顔は、変えることが難しいではないですか!」
「醜い者は、マスクで顔を隠せるが?」
「それは……」
ブレイドは、何も言い返せなくなった。
「サトウ!
人が服を着るべき理由が――パンツを穿くべき理由が、わからなくなってしまったのです!
わたしも脱ぐべきなのです?!」
オレは想像した。
(ブフッ)
鼻血が出そうになってしまう。
そして困った。
場にいる全員が、考え込んでしまってる。
それもそのはず。
ここにいるメンバーの内訳はこうだ。
オレ(コミュ障)
黒豹(脳筋)
ユニコ(脳筋)
ブレイド(ブレイド)
ナタ(寝ている)
ゲームの中では、とてもかわいいぽんこつアホの子と言われていたブレイドが、一番マシな状況である。
オレが必死に考えていると、ブレイドが閃いた。
「ほーりつなのです! ほーりつなのです!
ほーりつだからダメなのですぅ!」
必死になって閃いた答えを、ワラにもすがる勢いで叫ぶブレイド。
とても一生懸命なブレイド。
オレも何か言わねばならない。
ふたりの議論を総合し、ベストな一語を。ベストな一語を――。
しかしオレは、考えた末に言ってしまった。
「法を変えるべきかもしれん」
「ほぉーーーーーーーーーーーーーーーんっ?!」
ブレイドが、間の抜けた声を出す。
オレも正直、しまったと思った。
しかし言葉は、止められなかった。
「(ゲームにない展開はどうしたらいいかわからない圧倒的コミュ障の)余では、こやつの誤りを指摘できん」
心は否定してるのに、頭が納得してしまうッ!
このイベント、いったいどうなってしまうんだッ?!
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