レーザーが近づいて、煙幕の奥がわずかに光る。
剣を振って弾く。
レーザーが近づいて、煙幕の奥がわずかに光る。
剣を振って弾く。
煙幕が光ってからオレに当たるまでの〇・一秒の合間に剣を振り抜き弾いていけば、レーザーを弾くことはできる。
レーザーは一発ではないものの、オレの手捌きも〇・一秒ではない。
どの軌道で斬撃を放てばもっとも多くのレーザーを弾けるのか直感で判断し、それに応じて斬撃を放つ。
背後や横手のレーザーは微量な熱と気配を察知し、カンで剣を振るってく。
ひとつ間違えれば致命傷を受ける戦い。
しかしオレの口角は、歓喜でゆがむ。
楽しい!
理不尽なバランスの中にある恍惚。
口内が乾いて心臓が鳴り、幻覚めいたゆらぎが脳内に生まれる。
アドレナリンとエンドルフィンが、ドバドバに出てくる。
ゲームにもあった極限のスリルが、ゲーム以上の快楽を出してくる。
レーザーが途絶えたころを見計らい、声を発した。
「ハアーッ!」
オレの全身から魔力が放出され、煙幕が吹き飛ぶ。
「やるじゃなイカ……!」
「当然だ」
「それでもまだまだ、負けないケン!」
イカ子は自身の槍を構えた。
「体はイカでできている――。
血潮はスミで心は触手。
ただの一度も敗走はない。
担い手はここに独り。
イカの湖で敵を討つ」
詠唱と共に、オレとイカ子の周囲の空間が変化していく。
「特定の相手を、亜空間に招致する魔法か」
イカ子は、叫んだ。
「無限大にイカれたキング――――アンリミテッド・クラーケンワークス!」
巨大なイカが現れた。
まさにクラーケンという、圧倒的なボリューム。
触手を振るって攻撃してくるッ!
触手の先端だけで、オレの背丈に匹敵する。
「フン」
オレは剣をヒュオンと振るった。
イカの触手を切り飛ばす。
切られた触手の内部から、無数のイカが飛び出した!
「初見でなければ敵ではないッ!」
オレは左手の剣を横手に構えた。赤い魔力を込めていく。
「フレイムウェーブッ!!」
放つは赤い炎の波だ。
突っ込んできたイカたちは、例外なくイカ焼きになった。
「終わりにしようか」
双剣を、Xの形に振り抜いた。
巨大なイカがXに裂けて、向こうの景色が見えてくる。
「なんという力だクラ……!」
怯むイカ子に接近し、首元に剣を当てた。
「完敗だケン……!」
イカ子は両手をあげて、降伏を示した。
オレは対戦モードの魔王と同じように叫んだ。
「喝采し賛美せよ! 我が深淵の力に!」
あとで冷静になると恥ずかしくなるが、この時は調子に乗っていた。
◆
湖の孤島。
霧がかかった、幻想的な湖に浮かぶ島。
オレは天然の岩山をくり抜いて作られたイカ子たちの『本部』にいた。
岩山をくり抜いて作られた天然の窓から入る風が、なかなかに心地よい。
「さっき釣れたイカスミコッペパンだクラ!」
テーブルの上に、黒いコッペパンが置かれた。
なかなかシュールなセリフだが、この世界では普通だ。
わかるね?
「おいしそうなのですぅ……!」
ブレイドがテーブルに両手を当てて、瞳をきらきら輝かす。
頭のアホ毛も、ふりふり振られる。
耳をピィンッと大きく立ててオレを見てきた。
オレは小さな声で言う。
「よし」
ブレイドはパンを両手で持つと、幸せそうに食べ始めた。
はぐはぐはぐ。
「それでお前たちは、いったい何が目的だクラ?」
「この土地を、ヒトと魔族が共存できる地にしたい」
「難しいことを言われたケン……」
「凡骨であれば難しいであろうな」
オレは出されたコーヒーをすすった。
「しかしここにいるのは、偉大なる余だ。苦労はするが、不可能ではない」
実際、何度かやっている。
ゲームとは違う点も多々あるだろうが――。
「少なくとも我は、ここにいるブレイドと融和できている。
貴様も我と同様に、ブレイドと融和すればよい」
オレはブレイドに視線をやった。
イカスミコッペパンを恵方巻きみたいにはぐはぐと食べていたブレイドが、視線を受けてハッとする。
イカスミコッペパンとオレを見つめて、コッペパンとオレを見つめる。
(んぐうぅ~~~~~)
涙目で、何事かを訴えた。
「食べてからでよい」
(はぐはぐはぐはぐ)
ブレイドは、食べる作業を再開した。
ごくりと飲み込む。
「そうなのです!
わたしとサトウは仲良しなのです!
わたしとあなたも、あなたとみんなも、仲良しになれるはずなのです!」
(みんなは無理であろうがな)
そうは思いつつ、水を差す場面でもないのコーヒーを飲む。
「壮大すぎて、くらくらするクラぁ……」
「拒絶するのは貴様の自由だ。余は偉大ゆえ、塵芥を咎めて歩く真似もせん」
しかし――と付け加える。
「貴様が断った場合、偉大なる余はこことは違う土地へおもむく。
その後にこの地が襲われようと、対応はできん」
「それはあんまりなのです!」
ブレイドが叫んだ。
ガバッと立って、両手を握って熱弁してくる。
「困っていたら、助けてあげるべきなのです!」
(いい子だなぁ)
オレは密かにほんわかした。
だが今は、大魔王なプレイをしている。
なので魔王っぽく述べた。
「貴様の心がどこにあろうと、体がこの地を離れていればすぐには迎えん」
「確かになのです……!」
ブレイドは理解した。
両手をギュッと握ったままで、その場に座る。
オレはイカ子へと言った。
「いずれにしても言えるのは、貴様は本日負けたということ。
そして明日、負ける可能性があるということだ」
「否定できないケン……!」
イカ子はイカカと震えていた。
「おかしら……」
イカ子の部下――ザコケライが心配そうにイカ子を見やる。
イカ子ははあっとため息を吐いた。
「わかったクラ」
椅子の背もたれに背を預け、両手と触手をお手上げにする。
「悪いことしない範囲で、好きにするクラー!」
「よい判断だ」
◆
イカ子との平和的融和(武力)が成立した。
ひとつ乾杯したあとに尋ねる。
「このあたりの地図はあるか?
武力的平和のための話をしたい」
「平和の二文字についてはいけない単語がくっついてるクラー!」
突っ込みを入れつつも、イカ子はザコケライに目配せをした。
ザコケライは、無言で地図を持ってくる。
椅子に座ると地図を広げて口を開いた。
「このあたりの土地は――」
「貴様が説明するのか?」
イカ子が、腕を組んだまま言った。
「ぼーえきとか、難しいじゃなイカ!」
アホの子だった。
しかしアホを自覚して、部下に任せているなら悪くない。
真のアホは無自覚で口を出し、現場を混乱させていく。
「わかるのです! わかるのですよぉ!」
「仲良くなれそうじゃなイカー!」
ブレイドとイカ子が、固い握手をかわしていた。
「おかしらにご友人が……」
ザコケライが涙した。
いかつい見た目に見合わない綺麗なハンカチで涙を拭くと、オレに説明をする。
「俺たちは、西の獣人族と南西の森林族をメインに話をしている」
(ゲームの通りだが……。一応確認を取っておくか)
「北はどうなのだ?
地図で見ると鉱山があり、ヒトがいそうな空気もあるが」
「北はダメだぜ?
機人族は、話がほとんど通じねぇ」
(やはりゲームの通りだな)
カオスオンラインには、『偏見値』と『友愛値』という隠しパラメーターがあった。
友愛値が低い種族はほかの種族から敵視されやすく、偏見値が高いグループは他種族に対する偏見が激しい。
偏見値が低く友愛値の高い獣人族は、多くの種族と仲良くできる。
友愛値は高いが偏見値も高いエルフは、ほかの種族からは好かれやすいが排他的。
カタツムリなどは偏見値は低いが友愛値も低いため、街に入ると『ヌメヌメ?! アイエエエ!』と塩をかけられて死ぬ。
カタツムリでプレイすると、『ヒトの街のお店』が一切使えなくなる。
そして機人族は、ゲーム内で二番目に偏見値が高い。
同族以外を『やわらか民族』と蔑視している。
オレはしばし考える振りをして言った。
「次の目的地は、獣人の国だな」
数ある種族の中でも、一番友好を結びやすい。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!