「んふぅ……♪」
オレに抱き着いたブレイドは、うれしそうに瞳を細める。
「しかし世界に招待か……。ただの親切心とは思えんのだが」
「そう言えば……」
ブレイドはオレから離れると、下唇に指を当てて考え込んだ。
「世界を救ってほしいとは、言っていた気がするのです!」
「忘れちゃいけないとこだよな?!」
しゅおん……。
ブレイドはしおれた。
頭のアホ毛も、しおっと垂れてる。
「サトウに会えたうれしさが、強すぎたのです……」
「そ、そういうことなら、仕方がないな」
オレは頬を赤くし、そっぽを向いた。
「しかし神も、自分で救いはしないのか……」
「『作る力と見る力はあるが、戦う力はないんだよね――』と言っていた気はするのです」
「なるほど……」
「それと『げぇむ』は、『迫るさいやくへの、しみゅれぇと』と言っていた気がするのです!」
「ふむ……」
カオスオンラインは、『神の加護により10万3000の勇者が生まれた大勇者時代。キミだけの勇者を作って世界を救おう!』というコンセプトのゲームだ。
好きな勇者を自分で選び、大陸各地に発生した108体の魔王を討伐していく。
自由度の高い王道のストーリー――――と見せかけて、裏で糸を引いていた『大勇者』と戦う。
『虐殺カオス』という、人やモンスターを殺せば殺すほど強くなる力で最強の存在となるために、争いを起こした巨悪。
存在に気づいて戦いを挑み――。
負ける。
そこで一週目が終わる。
スタッフロールも流れてくる。
敗北イベントがエンディングという、訳のわからない仕様。
この一週目、本当にひどい。
罪のない少女が虐殺される。
大勇者に逆らった勇者の幼馴染が虐殺される。
大勇者を信じて戦っていた勇者が、人間爆弾に改造させられ戦場で爆発する。
そんな胸糞展開を経由して、最後は大勇者の大陸支配END。
回避できない一本道で、このエンディングを見せられる。
マジでひどい。
それゆえに二週目の、『魔王でニューゲーム』が楽しかった。
一週目が胸糞一本道RPGなら、二週目はフリーダム国盗りRPGである。
敵を倒して勢力を広げ、大勇者を倒すのが目標。
こちらのモードはなんでもできる。
悪い魔王になることができるなら、ヒトと魔族を共存させることもできる。
数ある胸糞イベントも、すべて回避できる。
しかも二週目の開始時点で、『一週目は夢だった』としてくれる親切設計。
オレは後味の悪いイベントが大嫌いなので、100回のプレイで100回とも胸糞ルートを回避してきた。
オレのジョブが大魔王な以上、この方針に準じて国盗りをしつつ、大勇者を倒すのがよいだろう。
「おいしいのですぅ~~!
げぇむと違って、匂いと味があるのですぅ~~~!」
オレが考えている合間に、ブレイドは焼きコッペパンを食べていた。
「丁寧に食せ」
「ふえ?」
ブレイドの口の端には、パンのクズがついていた。
オレはパンのクズをぬぐった。
「ありがとーなのです!」
ブレイドは笑う。
かわいい。
「どこに行くかは、決まったのです?」
「リョーザンだ」
「リョーザン?!」
「東南にある塩湖だ。塩と魚を取ることができて、三ヶ国と面しているため貿易もしやすい」
にも関わらず、倒すべき勇者はひとり。
ここを早期に落とせると、以降の攻略が楽になる。
「それは知っているのです!
しかしあの湖の守護者は、『最強』と言われているのです!」
「確かにあの湖の守護者は、十傑クラスの力があったな」
カオスオンラインは、使えるキャラの性能差が激しい。
そんな中、ひとつの基準がプレイヤーの中で使われていた。
二強十傑百騎衆。
二強がトップ。
十傑が上位。
百騎衆が中堅である。
百騎衆が雑兵千人。十傑が十万人に匹敵する。
二強ともなれば、雑兵で勝つのは不可能である。
なので十傑と言えば、世界最強クラスと言っても過言ではない。
しかし――。
「それがどうした?」
オレは心の中で、ひっそりと思う。
(大魔王としてこの世界に呼ばれたなら、態度も大魔王らしくするべきだよな)
そんなことを考えて、不敵な笑みを浮かべて言った。
「ここにいるのは、偉大なる余であるぞ?」
二強十傑百騎衆。
その頂点を極める二強のジョブとは、大魔王と大勇者。
即ちオレだ。
「頼もしいのです……!」
ブレイドは両手をギュッと握りしめ、両目をキラキラと輝かせた。
頭のアホ毛も、左右にぴょこぴょこ動いてる。
かわいい。
オレは改めて誓う。
大魔王として呼ばれた以上、大魔王としてこの世界を救う。
魔王でニューゲームの始まりだ。
◆
東南の塩湖、リョーザン。
薄い霧がかかった幻想的な湖に、集落めいた村がある。
砂浜もあった。
『そいやっ! そいやっ! そいやあぁ!』
フンドシマッチョの男たちが、網でマンボウを引きあげている。
半径三メートル級の、かなり大きなマンボウだ。
「すごいのですぅ……!」
キラキラしているブレイドを尻目に、男たちに近づいた。
マッチョでスキンヘッドな男が、オレの前に立つ。
「客かい? 見ない顔だが」
日の光を浴びているのか、全体的に黒光りしている。
オレは誇り溢れる高貴な大魔王をイメージして言った。
「貴公の名は?」
「俺はこの地を守る勇者さま第一の手下――ザコケライだ。
貿易をするつもりなら、俺様を通してもらおう」
「了解した。
今回は、とある存在を売り込みにきた」
「とある存在?」
「偉大なる余だ。
この偉大なる余が、ここのトップに立ってやる」
「なっ……?!」
「今は騒乱の余だ。ここの勇者が強靭とはいえ、倒されるは時間の問題だ」
実際ゲームでも、中盤には倒される。
ここの勇者は最強クラスのNPCだが、ひとりしかいない。
波状攻撃に弱い。
「貴様らは、ケンカを売りにきやがったわけか……!」
ザコケライは怒った。
しかしこれ、ゲーム通りのセリフであった。
(ゲームだと、挑発でイベントが進むんだよな……)
ゆえにオレは、ゲームにもあった挑発的なセリフを出した。
「何を言っている。
どこをどのように見ても、平和的支配交渉だろう」
「こんな平和があるかぁ!」
この怒り方もゲーム通りだ。
計画通りに進んでいる感じで安心する。
だがここで、ブレイドが前に出た。
「まままま、待ってほしいのです!」
む?
「サトウはとてもいい魔王なのです! これも言い方が悪いだけだと思うのです!」
ブレイドは続ける。
魔王プレイをしているオレに、かなりの爆弾発言を。
「サトウは、友達がいない魔王なのです!!!!!」
ゲームにはない発言だとっ?!
「友達がいないから人との話し方がわからなくって、こういう言い方をしてしまったのです!
間違いないのです!」
しかも間違っていない。
こういう言い方をしているのは魔王ロールプレイのせいだが、友達がいないのは本当だ。
そもそもずっと病院で寝ていたので、リアルの人間との付き合いがわからない。
アドリブを求められると困る!!!
しかし今更、止めることも難しい。
オレはゲーム通りの流れのセリフを、ザコケライに言った。
「しかし安堵するがよい。
基本的な統治は、貴様たちに任せてやる。
偉大なる余が認めた勇者たちを、受け入れるだけでよい」
「偉そうにしやがって……!」
ザコケライがオレを睨んだ。飢えた獣のように鋭い瞳。
「でもそれは、友達がいないせいなのか……」
しかしすぐさま、哀れみに変化した。
「そうなのです!
わたしのサトウを、温かく受け入れてあげてほしいのです!」
ブレイドは、必死になって懇願する。
一生懸命でかわいい。
(面倒なアドリブも、この子のためにがんばるべきか)
心からそう思った。
「それでも支配と言うなら、『力』を見せてもらわねぇとなぁ!」
ザコケライはポーズを取った。
「ホブゥンッッ!」
声とともに衣服が破れる。
はちきれんばかりの筋肉が出てくる。
オレは鑑定魔眼を使用した。
ゲームでは見たこともあるが、ここではどうなるか確認もしたい。
トテモヨワイ=ザコケライ
ジョブ:ハゲ
レベル:30
HP 300/300
MP 0/0
攻撃力:150
防御力:80
敏捷力:50
魔攻力:0
魔防力:20
ハゲってジョブだったの?!?!
そう突っ込んだのを思い出す、懐かしのステータスだ。
一般人としてはそれなりの部類だが、勇者と比較すると弱い。
(万が一にも、殺さんように加減せんとな)
オレはおはじきを弾く程度の、やさしい力でデコピンを入れた。
「へぶらっぱぁ!」
ザコケライは吹っ飛んだ。
卍の形で吹っ飛んで、材木置き場にダイビング。
ドグランガッシャーン!
とても派手な音がして、材木が崩れる。
(やばい……!)
オレは焦った。
ザコケライを殺したことは、過去に今まで一回もない。
ゲームでやったことのない展開は困る。
「やややや、やりすぎなのですぅ!」
ブレイドも叫んだ。
材木置き場にダッシュで走る。
「大丈夫ですかー?! マッチョさん!」
ガラーンっ!
男は、材木をはねのけ山の字と似たポーズで出てきた。
そのポーズのまま、しばしの間をおき――。
「おうよ!」
親指を立てる。
ひたいは赤く腫れているが、至って平気な顔をしていた。
「このザコケライを倒すとは、口先だけじゃねぇようだな」
男はホラ貝を出した。
「テメェには、おかしらに会う権利がある」
ぶおぉ、ぶおぉ、ぶおぉ。
ホラ貝の音が響く。
ゲーム通りだ!
よかったあぁ~~~!!!
オレは心から安堵した。
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