シューマッハとモルガナは十六番街の病院に来ていた。
ここにはブルガダ寄宿学園の生徒が集められている。
特に、ヨランドが射殺された現場を目撃していた可能性がある生徒だ。
軍は生徒たちに聞き取り調査をして、もし余計な物を見聞きしてしまった人間を見つけたら、記憶削除措置を取るつもりらしい。
不老不死の人間がいるなどと噂になったら、後々面倒なことになりかねないからだ。
シューマッハは、あのプロトが速攻で現場に入ったんだから見られて困るようなヘマはしないに決まってる、と思っていたけれど、嫌いな人間を褒めるようなことは言いたくなかったので黙っていた。
ホールのような場所に、詰め込まれた生徒たち。
壁際のベンチなどだけでは足りず、半分ぐらいは床に座っているような状況だ。
シューマッハはきょろきょろと辺りを見回す。
「ここで、探すの?」
「ウサギを追うならウサギを知ることから始める」
「どっちかっていうと、迷子の猫じゃないかな」
シューマッハは鼻歌交じりにひょこひょこと生徒の間を歩いて行き、隅の方にいた三人組の前で止まった。
そのうち、背の高い長髪の少女を指さす。
「みーつけた! リアーネ・ナスタ」
三人組は顔を上げる。
リアーネ、ジゼラ、リーゼル。三人はミーナの友人だ。
ジゼラは片足にギプスをつけていたし、他二人も憔悴している。
リアーネはシューマッハに、あまり好意的でない視線を向ける。
「誰?」
「あーもう、やだなー。私こういう空気苦手でさー、甘いもの食べる? 元気出るよ?」
「……誰?」
チョコレートを差し出したのに拒否された。
シューマッハは肩を落として一歩下がる。
代わりにモルガナが前に出る。
「騒がしくてすまんな。私たちは軍の関係者で情報収集をしている。ミーナ・ニアルガについて、いくつか質問したい」
「何も話すことはありません……」
リアーネは居心地が悪そうに目を逸らす。
「君が宿舎の同室だということは調べてある」
「……」
「怪しい薬に心当たりはないか?」
「知りません。帰ってください!」
拒否されるのはわかっていた。
だが、聞くだけ聞かねばならない。
「私の見立てが正しければ、二週間から三週間前にミーナは何かの薬を飲んだ。最近、何か変化はなかったか? 同室の君が一番詳しいはずだ」
「怪しい薬って何ですか……ミーナはそんな物に手を出す子じゃなかったです」
リアーネは怒っているようだった。
それはそうだろう。友人がダイル化してそれを大勢の人間が目撃している。
噂にもなっているだろう。
そこに麻薬か何かの話なんかされたら、噂はさらに膨れ上がる。
モルガナはリアーネの肩に手を置く。
「彼女が不思議な力を使った時、どう思った? 驚いたか?」
「……そんなの知りません」
「恐かっただろう? そういう時に、とっさに普段と違う態度をとってしまった人は何人も見てきた」
「……」
「責めてるわけじゃない。誰も責めたりできない。ただ、私は知りたいだけなんだ。教えてくれ」
「本当に、何も知らないんです。私だって、知りたいのに……」
そしてリアーネは不安そうにあたりを見回す。
「う、撃たれたりしないですよね?」
「ん? ああ、ヨランドが撃たれた現場にいたのか? ここは大丈夫のはずだ」
モルガナは安心させるように言うが、三人の中では小柄な少女のリーゼルが泣き始める。
「あー、ほら泣かないで」
ショートカットの少女、ジゼラが慰める。
自分もケガをしているのに気丈だな、とシューマッハは思った。
「怖いことを思い出させて悪かったな。他を当たるよ、じゃあな」
モルガナはそう言って立ち去ろうとするが……
「ま、待って!」
声を上げたのは泣いていたリーゼルだった。
いや、今も泣いている。
後悔に押しつぶされそうな顔をしていた。
モルガナは言葉の続きを待つ。
「違っ、違うんです。私、私が……私が悪いんです……」
「リーゼル? 何を言ってるの?」
リアーネが困惑して止めようとするが、モルガナはそれを静かに押しのけ、リーゼルの肩に手を乗せる。
「聞こう。話してくれ」
リーゼルはしゃくりあげながら話し始める。
「に、二週間ぐらい前に、私、具合悪くて、いつも使ってる頭痛薬がなくて、それで保健室に行ったら、市販されてない特別な薬をもらって、その日、ミーナも頭が痛いって言ってたから、わけてあげて……」
シューマッハとモルガナはお互いの顔を見た。
たぶん、その中に問題の薬が入っていたのだ。
「他に怪しい薬を飲んだ可能性は、ないんだな?」
「……たぶん」
シューマッハが呆れたように言う。
「あのさー、薬とか飲む時は気を付けないと。知らない人から貰った薬とか、ヤバいじゃん」
「だって……」
ジゼラが横からリーゼルを抱きしめる。
「そんな、リーゼルは悪くないよ。もちろんミーナも悪くない。悪いのはリーゼルを騙してその薬を飲ませようとした奴だよ。……そんな奴、私がぶんなぐってやるから」
モルガナも頷く。
「そうだな。私が代わりに殴っておこう。そいつの皮膚が鉄より硬くなかったらな。……で、その薬は誰から貰ったんだ? 保険医か?」
リーゼルは消え入りそうな声で答える。
「……シスター・エルミーヌです」
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