アタナムモールはレストランや映画館まで内包した大型の商業施設だ。
そして十六番街の中で時計塔の次に高い建物でもある。
その屋上。貯水タンクの上に二人の人間がいた。
一人はフードのついた黒い上着を羽織り、チェック柄の短いスカートをはいた少女。
双眼鏡で時計塔の方を見ていた。
「見つけた! ギザギザより少し上ぐらいの高さ、時計の文字盤の中心から六と七の中間ぐらいに線を伸ばして……」
「確認……身を乗り出してるな、あれは撃ちやすい」
もう一人は、灰色の軍服を着た、金髪の長身の女。タンクの上に寝そべり長大な狙撃銃を構えている。
「距離1950、……本当に届く?」
「今日は風が穏やかだ、なんとかなるだろう」
「そだね……敵は、下に向けてやたら連射してる。たぶんプロじゃない、カウンターのリスクなし……」
「オーケー、十五秒以内に撃つ」
それ以後、二人は黙り込んだ。
金髪の女は、ゆっくりとした呼吸で体の振動を減らしていく。
長距離狙撃は、人間が精密機械とならなければ成功しない。
だが、それと同時に、霊感が要求される世界でもある。
距離が1000メートルを超えると、些細なことが原因で、弾が狙った位置に飛んでくれなくなる。
よほどの理由がない限り、800メートルを超える狙撃は推奨されない。
これだけ離れれば、命中まで四秒はかかる。
必ず一撃で倒さなければいけない。
初弾を外せば気づかれる。
ランダムな回避行動を取る標的が四秒後にどの位置にいるか、予測するのは不可能だ。
今回のように、すぐ屋内に逃げ込める立地なら、なおさらだ。
もちろん風の影響も無視できない。
金髪の女は観測魔術を発動する。標的までの空気の流れを可視化して、弾道のずれを計算し、当たると確信できるタイミングまで待ってから撃つ。
呼吸を整える、大きく吸った息をゆっくりと吐いていき、肺の空気がなくなる瞬間。
撃った。
隣の少女は結果が見えるまで、無言で双眼鏡を覗き続ける。
「ヒット! ……あれ?」
「外したか?」
「いや? 今のは確実に当たったと思う。よろけてたし。でもなんか生きてる……ちゃんと奇跡無効化弾丸で撃ったよね?」
「それしか持ってきてない」
ダイル化が第三段階まで進んでいれば奇跡の力で障壁を展開することもある。
それを貫通して相手を殺すための奇跡無効化弾丸だ。効かないということはありえない。
命中して、なお耐えたなら、物理的に頑丈だったと考えるしかない。
「おかしいなぁ、中身はともかく、外見は人間にしか見えないんだけど……」
「人間サイズで、50BMG弾に耐えられるわけがない。実は大きさが違うってことはないか?」
「それはないかなー、あのドアが巨人用って言うなら話は別だけど……」
「だとしたら、新しいタイプだな。第四段階かその先まで進行して肉体は変容している。だが外見と知能は人間並み。初めて見るパターンだ」
ダイル化の最終形態は、ダイル化の数だけあると言っても過言ではない。
想定通りにいかないのも想定の内だ。
「あ、ターゲットは建物の中に逃げちゃったよ。ライフルも落としていった。こっちを狙ってる様子なし」
「素人の癖に引き際だけはいいな。隠れるのを優先するタイプか」
金髪の女はため息をつくと、立ち上がる。
「まあいい。退いたなら後回しだ。本来のミッションターゲットを狙う」
「オッケー。私も前に出るね。どこ行ったかな? さっきはあの辺りにいたけど……」
少女は双眼鏡を動かし、すぐにフーベルトとミーナを見つけ出した。
「おー! 走ってる走ってる。目標地点はラセントビルかな? あそこ、地下にも店が有ったよね。私ならそこに隠れるかな」
「根拠は?」
「名前がかっこいいから!」
金髪の女は数秒沈黙した後、頷く。
「……わかった。私は裏口を見張れる位置につく。15分後に突入する方向で動こう」
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