人が怪物化する世界だとしても、この少女だけは守りたい

ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

21 調査開始

公開日時: 2021年8月20日(金) 19:01
文字数:4,394


 走り出した車は、高架道路を降りて、どこかへと向かう。

 向かう先が軍基地のある場所とは違う方らしいと、フーベルトは気づいた。


「どこに行くつもりだ?」


「黙っていろ」


 運転するプロトは行き先を言おうとしない。

 だが、フーベルトを隣で見張るヨランドは、困惑している様子はなかった。

 窓から見える景色で、目的地を予想できているようだ。


 三十分ほどかけてたどり着いたのは三十一番街。

 オフィスビルが立ち並ぶ一角。

 なんの変哲もないビジネスホテルの駐車場だった。


「ここで待っていろ。五分で戻る」


 そう言い残してプロトは車を降り、どこかへと去っていった。


 フーベルトは隣に座るヨランドを横目で見る。

 ヨランドは右手でスマホを弄って、何かの情報を確認しているようだ。


 左手には拳銃。銃口はフーベルトを向いている。

 戦闘になったら、ヨランド一人が相手でも、フーベルトでは絶対に勝てない。

 だが、プロトに比べれば、まだ説得が可能な相手に思えた。


「なあ、見逃してくれないか?」


 フーベルトが言うと、ヨランドはちらりと視線を向ける。


「一人で行くつもりですか?」


「おまえらに迷惑はかけないよ」


「そんなことを言う人に限って、周りに多大な迷惑をかけるものです」


 ヨランドは知った風に言う。


「今更、俺から引き出さなきゃいけない情報なんてないんじゃないか? 処刑するにしても、どうせ死ぬなら、同じことだ。違うか?」


「よほどミーナさんのことが心配なんですね」


 ヨランドは、急にわけのわからないことを言い出した。

 フーベルトは自分の話が伝わっていないのかと不安になってくる。


「いや、俺が話しているのは、そうじゃなくて……」


「違うんですか?」


「それは……違くはないが、今はそんな基本的なこと確認してる段階じゃないだろ?」


 フーベルトが逃げ回っていた理由が他にあるとでも思っているのか。

 ヨランドは穏やかな笑みを浮かべている。


「基本的なことを見失っているのは、あなたの方ですよ。あなたは私たちから逃げたいんですか? それとも、ミーナさんを助けたいんですか?」


 確かにその通りだった。

 フーベルトは目を閉じて深呼吸し、答える。


「ミーナを、助けたい」


「具体的にはどんな手順を想定していますか?」


「とにかくミーナと連絡を取る必要がある。それで生きていることがわかったら、なんとかしてそこまで行く」


「悪くないプランですね。具体的な手段は?」


「それは……これから考える」


 手段なんて何もなかった。

 この状況を覆せる手段など思いつかない。

 もしミーナが捕まっているのなら、連絡をとるのは不可能だ。

 セベクノート体に、対セベクノートミサイル以外の手段で戦いを挑むなど、愚か者でしかない。


 それでも、フーベルトは諦めたくなかった。


「なら見逃してくれないか?」


「見逃すというのは、どのレベルの支援を言うのですか?」


「支援?」


「もっと強力な支援を期待してくれてもいいと思うのですよ」


「プロトが俺を手伝う気だっていうのか? 本当に?」


 フーベルトには信じがたい話だったが、ヨランドは微笑む。


「あなたは、プロトを誤解していますよ。あの人は、別に悪い人ではないし、人の話を聞かないわけでもありません」


「……どういう意味だ?」


「さっき、あなたは言いましたね。本気で誰かを助けたいと思ったことはあるのか、と。あれは、なかなかよかったと思いますよ」


「は?」


 何の話かとフーベルトは考え、それが売り言葉に買い言葉の中で自分が放ったセリフの一つだと思い出した。


「それが何なんだ? ……いや、あるのか? プロトにも、本気で誰かを助けようとしたことが?」


「ええ」


 ヨランドは微笑む。

 大切な思い出を懐かしむかのように。


「プロトは、誰を助けようとしたんだ?」


「私ですよ」


 ヨランドは当たり前のように言う。

 フーベルトは一瞬驚き、すぐに納得した。


「そうだったのか」


「あの時は、あくまでルールの範囲内での行動でしたけどね。今、私が研究所の外にいられるのは、彼のおかげです」


 研究所という単語も、少し気になったが……。


「それなら、」


「見逃すだけなら、16番街の前で放り出すでしょう。ここに来たのは、必要な機材を回収するためだと思います」


「必要な機材ってなんだ?」


「……それだけが、私にも見当がつかないんですよね。プロトが役に立つと判断したのだから、役に立つのだと思いますが……」


 やがてプロトが戻ってくる。

 何か箱のような物を抱えていた。


「ヨランド、助手席に移動しろ。それから、これがパーツが足りているか確認しておいてくれ」


 ヨランドはすぐに助手席に移動する。

 フーベルトの監視は必要なくなったらしい。

 プロトが乗り込み、車はやや乱暴に発進する。


「その荷物は?」


 フーベルトが聞くと、プロトは車を走らせながら答える。


「脳接続機だ。脳と脳を、正確に言えば魂と魂を接続し、対話するための装置だ」


「……」


 フーベルトが知らない機械だった。

 代わりに、多少は知っているらしいヨランドが疑問を呈す。


「これは頭に直接接触しないと使えない物では?」


「何を言っているんだ? 君はこれを頭にくっつけたことがあるのか? これは遠距離で使う物だ。普段なら、およそ十センチは離れている」


「十センチ……。それは、直接接触とほぼ同じでは?」


 ヨランドは、さすがに同意できないようだった。


「理屈の上では一キロほど離れていても作動するはずだ」


「十センチと一キロだったら一万倍の差がありますよね?」


「いや、一億倍だよ。光電磁波の拡散は、距離の二乗に反比例する」


 プロトは無茶苦茶を言う。

 フーベルトには、もはや正気とは思えなかった。

 だが、今すぐ用意できる物の中では、可能性があるのだろう。


「それでミーナの居場所がわかるのか?」


「実の所、ミーナの居場所に見当はついている。……私の考えた場所にいなければ、ほぼ間違いなく死んでいるという意味だ」


「どういうことだ?」


「ミーナはエルミーヌに会いに行った。そして、対面する所までは成功した、その後、エルミーヌはセベクノート体としての本性を見せた、と仮定する。それでまだ生きていて、軍にも補足されていないとしたら……」


「エルミーヌに捕まったんだろうな……」


 フーベルトは、ビルの向こうを見透かすように空を見る。


「そうだ。そして現在の居場所はあのセベクノート体の内側、というのが、最も妥当な結論になる」


「どうやって確認するんだ?」


「アンテナの片方をセベクノート体に、もう片方を君の頭に向ける。それで繋がればよし、ダメなら今度こそ諦めてもらうしかないな」


「いいのか?」


 フーベルトが聞くと、プロトは振り返らずに聞き返してくる。


「何がだ?」


「俺を捕らえて基地につれていくのがおまえらの仕事だったはずだ。それを、こんな……」


「それは違うな」


 プロトは言う。


「我々の仕事は、ダイル災害の脅威から人類を守ることだ。違うか?」


「ありがとう」


 フーベルトは思わず礼を言ってしまう。

 ヨランドはくすくす笑いながら言う。


「あのセベクノートに、かなり近づくことになりますね。場所は、どこにするんですか?」


「できるだけ障害物がない方がいい。理想的なのは高いビルの屋上だ。心当たりは?」


 フーベルトにとっては、心当たりは一つしかない。


「ラセントビルの屋上だな。そこしかない」


「アタナムモールの屋上の方が、距離以外の条件はいいと思うのですが?」


 ヨランドがスマホで調べながら言う。

 プロトはしばらく考えるような間を持った後、言う。


「ラセントビルで試してみよう。そちらの方がうまくいきそうな気がする」



***


 どこか遠くの方で轟音が聞こえたような気がして、ミーナは目を開いた。

 長い間、意識を失っていたような気がした。


 辺りは暗く、何も見えないが、粘つく泥の中に腰まで浸かっているようだった。

 不快な温かさに身の毛がよだつ。


「っ……」


 ミーナは息をしようとしてせき込む。

 空気は例えようがないひどい匂いだった。

 酸素も不足しているような気がする。


 泥の底に、何か硬くて細長い棒のような物がいくつも散らばっている。

 それぞれ形が違うが、何なのかと考えながら手で探っていって……

 それが人骨だと認識した。


「ひぃっ!」


 その量は一人や二人ではない。このままここにいれば、いずれ自分もこの骨の中に加わるのかとミーナは怯える。


「やだ、何これ、どこ? ここから出して……」


 ミーナはふとシスター・エルミーヌの言葉を思い出す。

 敵わないと知って焦り、逃げ出そうとする。

 今のミーナがまさにそうだ。

 思い通りになってはいけないと思い、声を張り上げる。


「シスター。近くにいるんでしょ! ここはどこ? 答えなさい!」


『おや、まだ意識があるのですか』


 どこかから声が聞こえた。音がグワングワンと反響する。


「ここはどこ? 私に何をしたの?」


『何をしたかは、説明してもわからないでしょう。場所は学園の上空ですよ』


「空?」


『おっと、質問の答えになっていませんね。あなたがいるのは、セベクノートの内側です。強いて言うなら胃袋ですかね』


「っ!」


 飲み込む準備というのは、文字通りの意味だった。

 転がっている人骨は行方不明になった生徒の成れの果てだ。

 ミーナの体はまだ溶けていないが、服はボロボロになっている。


『痛みに目を覚ましたという感じではないですね。無意識に奇跡を使って防御しているのでしょうか』


 奇跡。

 ミーナはその可能性に思い当たり元気を取り戻す。


 フーベルトからは使うなと言われていたが、この状況でも使わずに死ね、と言いたかったわけではないだろう。

 手を掲げ、意識を集中する。

 だが何も起こらない。やり方は間違っていないはずだ。

 しかしこの前と何かが違う。

 体内の何かがミーナの意思に反応するような気配がなかった。


『ああ、試しますよね。でも無理ですよ』


「どうして……」


『自力で奇跡の発動をしたあなたは、ダイル候補としては優秀なのかもしれません。私の外皮を破るほどの威力ではありませんでしたが、さすがに体内で撃たれたくはないですからね』


「何? 私の体に何かしたの?」


『私が生徒に薬を配っていた理由がこれです。食べるためですよ』


「っ?」


『あなたの体の中にあったダイル体は吸い出しました。おかげで私の本体がようやく動けるようになったのです。これは、少々燃費が悪いのでね……』


「吸い出したって?」


『あなたはもう、この前のような攻撃はできませんよ』


「でも、まだ無意識に奇跡を使ってるって……」


『食べ残しがあったのかもしれませんね。私が見落とすぐらいだから、大した量ではないでしょう』


「……そんな」


 最後の希望を砕かれたような気がした。

 液体を吸い込んで、ぐったりと重くなった服が分解されていくのを感じる。

 はっとなって、ポケットに手を入れた。

 フーベルトが持っていたスマホが入っていた。

 これで連絡を取れるかと思い、ボタンを押すが、反応はない。


「ダメだ、やっぱり電池切れてる……」


 ミーナは繋がらないスマホを握りしめて肩を落とした。


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