二十五番街の高架道路でプロトは車を止めた。
「降りろ」
プロトに言われて、フーベルトは渋々降りる。
夜風はぬるく、どこかからゴムの焼けるようなにおいが漂ってくる。
道を走る車はない。
ここは十六番街のすぐ隣。非難指示が出ている。
高架道路はビル群の上を乗り越えるように作られていた。
遠くには、十六番街に建つ時計塔も見える。そしてその隣、暗がりの中、光を放ちながら宙に浮く巨大な何かも。
「とうとうこの島にも、セベクノート体が出ましたね」
フーベルトの後ろから降りてきたヨランドが淡々と言う。
その手には拳銃を持っていて、銃口はフーベルトを向いていた。
「アイランド・グレイハイト。ダイル災害から守られた町……ということになっていた。そのお題目も今日で終わりだな」
プロトはあざ笑うように言う。
「あれが、ミーナだって言うのか……」
フーベルトが思わずつぶやくと、プロトが言う。
「それは早すぎる。いくらダイル化とは言え、人間が一日が二日であの大きさにはならない。恐らくエルミーヌだろう」
「そうか……」
フーベルトは少しほっとした。
そんな様子を見て、プロトは鼻で笑う。
「どうだね。素晴らしい景色だと思うか?」
「どこがすばらしいんだ」
「私は全く素晴らしいと思わない。だが君は違う考えを持っているのではないか? なにしろ、これは君が引き起こしたとも言える」
「何の話だ?」
フーベルトは問い返す。プロトは意地の悪い笑みを浮かべる。
「昼の時点でミーナを捉えて尋問できていれば、すぐにエルミーヌにたどり着いていた。そうなれば、こんな状況にはならなかったはずだ。君がしたことは全て無駄だった。それどころか、事態をより悪化させただけに過ぎない」
「違う、俺は、ただ……」
「ミーナを助けたかった?」
プロトはバカにしたように言う。
「そうだよ。それがいけないって言うのか」
「冷静に考えれば、絶対に助からないとわかっていたはずだ。何も知らない少女を、妹の代用品みたいに扱って、楽しかったか?」
「そんなんじゃない!」
フーベルトは思わずプロトに掴みかかった。
「……フーベルトさん」
背後からヨランドの声が聞こえる。
声音は静かだが無視させない迫力あった。
「今すぐに、その手を離してください。さもないと撃たなければいけなくなりますので」
「……」
フーベルトは手を離した。
ここで撃ち殺されるのもありかと、一瞬だけ思ったが、プロトと争っても意味がない。
フーベルトは自分が何をするべきか冷静に考え、提案する。
「なあ、俺を見逃してくれないか」
「なんだと?」
プロトは目を丸くする。この交渉は予期していなかったようだ。
「俺を捕まえたことは、まだ基地に連絡してないんじゃないか? それなら黙っているだけでいい」
「私に嘘をつけと言うのかね?」
プロトはそれだけで人を射殺せそうな目でフーベルトを睨む。
「それが何を意味するのか、君はわかっていないようだが……」
「……」
フーベルトはふと、あの奇妙な尋問が、魔術に関わる常時発動型の固有能力だったとしたら? と考えた。
相手の嘘を見逃さない代わりに、自分の嘘も許されない能力。
ありそうな話だ。
プロトはフーベルトの知らない話で攻めても意味がないと思ったか、すぐに冷静さを取り戻す。
「まあいい。仮に、私が君を開放したとする。それで? 君は何をする気だ?」
「……」
「一人で逃げる気か? それともまさか、まだミーナを助けられる余地があるなどと思っているのではないだろうな?」
「やってみなきゃ、わからないだろ」
「はっ、わからないと来たか」
「状況が変わりすぎている。とにかく現場に行かないと何も判断できない。だから……」
「ダメですよ」
後ろから、ヨランドが口を挟む。
「それはよくないやり方です。確たる情報が不足し、名案もないような状態で、この人を説得するのは無理でしょう」
「ヨランド。余計なことを言わなくていい」
プロトがたしなめるように言う。
だが事実だ。
フーベルトはやり方を変える。
「俺はミーナを助けたい、そう思うことが、間違いだって言うのか?」
「思うだけなら自由だ。だが実行に移すとなると様々な制限がかかるだろう」
「実行に移したらいけない理由は何だよ!」
「ルールの外で戦おうとするのは良いやり方ではない」
「さっきから杓子定規みたいなことばかり言ってるぞ。おまえはマニュアルお化けか!」
「……君は、壊してはいけない壁を壊そうとしている。そして壁が壊れないことに苛立っている。それは私の責任ではない。私に八つ当たりしても世界は変わらんぞ!」
「黙れ! 世界なんて知るか! おまえだって、本気で誰かを助けたいと思ったことぐらいあるだろ! ないのかよ!」
「……」
プロトは気まずそうな顔で黙り込んだ。
「なんだ? どっちの理由で黙ってるんだ?」
プロトは、誰かを助けるためにルールを破ったのか、それとも、ルールを守って誰かを見捨てたのか。
フーベルトにはわからない。
答えを求めて、ヨランドの方を見るが、あいまいな笑みを浮かべているだけだった。
ヨランドが、とりなすように言う。
「二人とも落ち着いてください。ここでケンカしても状況が良くなることはありませんよ」
「わかっている。だから現場に行く必要があるんだ」
「現場に行ったところで意味がないぞ。踏みつぶされて死ぬのがオチだ」
「あんたが心配することじゃない」
フーベルトは捨て鉢になって言うが、プロトはしつこく食い下がる。
「何かの役に立つわけでもなく死んで、おまえは満足なのか? それとも、ただ死にたいのか?」
「あんたは構わないと思っているだろう。俺みたいな無価値なやつなんか……」
途端に、プロトはむっとしたように睨む。
「無価値な人間などいない。特別な価値のある人間がいないのと同じようにな」
「本気で言っているのか?」
「注釈をつけるなら、極めて愚かな人間はいる。おまえもその一人だ。だがそれは、無価値とは違う」
ぐうの音も出なかった。
フーベルトはため息をつく。
「せめてミーナと連絡を取る方法があれば……」
「スマホはダメなんですか?」
ヨランドに聞かれ、フーベルトは車の方を見やる。
「さっきおまえらに押収されたスマホの一つがそうだよ。ミーナは、ホテルの部屋に忘れたまま出て行ったらしい」
「打つ手なしですね」
ヨランドが残念そうに言う。プロトがため息交じりに言う。
「車に乗れ。ここにいても意味がない」
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