人が怪物化する世界だとしても、この少女だけは守りたい

ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

20 問答

公開日時: 2021年8月16日(月) 19:03
文字数:2,568


 二十五番街の高架道路でプロトは車を止めた。


「降りろ」


 プロトに言われて、フーベルトは渋々降りる。

 夜風はぬるく、どこかからゴムの焼けるようなにおいが漂ってくる。


 道を走る車はない。

 ここは十六番街のすぐ隣。非難指示が出ている。


 高架道路はビル群の上を乗り越えるように作られていた。

 遠くには、十六番街に建つ時計塔も見える。そしてその隣、暗がりの中、光を放ちながら宙に浮く巨大な何かも。


「とうとうこの島にも、セベクノート体が出ましたね」


 フーベルトの後ろから降りてきたヨランドが淡々と言う。

 その手には拳銃を持っていて、銃口はフーベルトを向いていた。


「アイランド・グレイハイト。ダイル災害から守られた町……ということになっていた。そのお題目も今日で終わりだな」


 プロトはあざ笑うように言う。


「あれが、ミーナだって言うのか……」


 フーベルトが思わずつぶやくと、プロトが言う。


「それは早すぎる。いくらダイル化とは言え、人間が一日が二日であの大きさにはならない。恐らくエルミーヌだろう」


「そうか……」


 フーベルトは少しほっとした。

 そんな様子を見て、プロトは鼻で笑う。


「どうだね。素晴らしい景色だと思うか?」


「どこがすばらしいんだ」


「私は全く素晴らしいと思わない。だが君は違う考えを持っているのではないか? なにしろ、これは君が引き起こしたとも言える」


「何の話だ?」


 フーベルトは問い返す。プロトは意地の悪い笑みを浮かべる。


「昼の時点でミーナを捉えて尋問できていれば、すぐにエルミーヌにたどり着いていた。そうなれば、こんな状況にはならなかったはずだ。君がしたことは全て無駄だった。それどころか、事態をより悪化させただけに過ぎない」


「違う、俺は、ただ……」


「ミーナを助けたかった?」


 プロトはバカにしたように言う。


「そうだよ。それがいけないって言うのか」


「冷静に考えれば、絶対に助からないとわかっていたはずだ。何も知らない少女を、妹の代用品みたいに扱って、楽しかったか?」


「そんなんじゃない!」


 フーベルトは思わずプロトに掴みかかった。


「……フーベルトさん」 


 背後からヨランドの声が聞こえる。

 声音は静かだが無視させない迫力あった。


「今すぐに、その手を離してください。さもないと撃たなければいけなくなりますので」


「……」


 フーベルトは手を離した。

 ここで撃ち殺されるのもありかと、一瞬だけ思ったが、プロトと争っても意味がない。

 フーベルトは自分が何をするべきか冷静に考え、提案する。


「なあ、俺を見逃してくれないか」



「なんだと?」


 プロトは目を丸くする。この交渉は予期していなかったようだ。


「俺を捕まえたことは、まだ基地に連絡してないんじゃないか? それなら黙っているだけでいい」


「私に嘘をつけと言うのかね?」


 プロトはそれだけで人を射殺せそうな目でフーベルトを睨む。


「それが何を意味するのか、君はわかっていないようだが……」


「……」


 フーベルトはふと、あの奇妙な尋問が、魔術に関わる常時発動型の固有能力だったとしたら? と考えた。


 相手の嘘を見逃さない代わりに、自分の嘘も許されない能力。

 ありそうな話だ。


 プロトはフーベルトの知らない話で攻めても意味がないと思ったか、すぐに冷静さを取り戻す。


「まあいい。仮に、私が君を開放したとする。それで? 君は何をする気だ?」


「……」


「一人で逃げる気か? それともまさか、まだミーナを助けられる余地があるなどと思っているのではないだろうな?」


「やってみなきゃ、わからないだろ」


「はっ、わからないと来たか」


「状況が変わりすぎている。とにかく現場に行かないと何も判断できない。だから……」


「ダメですよ」


 後ろから、ヨランドが口を挟む。


「それはよくないやり方です。確たる情報が不足し、名案もないような状態で、この人を説得するのは無理でしょう」


「ヨランド。余計なことを言わなくていい」


 プロトがたしなめるように言う。

 だが事実だ。

 フーベルトはやり方を変える。


「俺はミーナを助けたい、そう思うことが、間違いだって言うのか?」


「思うだけなら自由だ。だが実行に移すとなると様々な制限がかかるだろう」


「実行に移したらいけない理由は何だよ!」


「ルールの外で戦おうとするのは良いやり方ではない」


「さっきから杓子定規みたいなことばかり言ってるぞ。おまえはマニュアルお化けか!」


「……君は、壊してはいけない壁を壊そうとしている。そして壁が壊れないことに苛立っている。それは私の責任ではない。私に八つ当たりしても世界は変わらんぞ!」


「黙れ! 世界なんて知るか! おまえだって、本気で誰かを助けたいと思ったことぐらいあるだろ! ないのかよ!」


「……」


 プロトは気まずそうな顔で黙り込んだ。


「なんだ? どっちの理由で黙ってるんだ?」


 プロトは、誰かを助けるためにルールを破ったのか、それとも、ルールを守って誰かを見捨てたのか。

 フーベルトにはわからない。

 答えを求めて、ヨランドの方を見るが、あいまいな笑みを浮かべているだけだった。


 ヨランドが、とりなすように言う。


「二人とも落ち着いてください。ここでケンカしても状況が良くなることはありませんよ」


「わかっている。だから現場に行く必要があるんだ」


「現場に行ったところで意味がないぞ。踏みつぶされて死ぬのがオチだ」


「あんたが心配することじゃない」


 フーベルトは捨て鉢になって言うが、プロトはしつこく食い下がる。


「何かの役に立つわけでもなく死んで、おまえは満足なのか? それとも、ただ死にたいのか?」


「あんたは構わないと思っているだろう。俺みたいな無価値なやつなんか……」


 途端に、プロトはむっとしたように睨む。


「無価値な人間などいない。特別な価値のある人間がいないのと同じようにな」


「本気で言っているのか?」


「注釈をつけるなら、極めて愚かな人間はいる。おまえもその一人だ。だがそれは、無価値とは違う」


 ぐうの音も出なかった。

 フーベルトはため息をつく。


「せめてミーナと連絡を取る方法があれば……」


「スマホはダメなんですか?」


 ヨランドに聞かれ、フーベルトは車の方を見やる。


「さっきおまえらに押収されたスマホの一つがそうだよ。ミーナは、ホテルの部屋に忘れたまま出て行ったらしい」


「打つ手なしですね」


 ヨランドが残念そうに言う。プロトがため息交じりに言う。


「車に乗れ。ここにいても意味がない」


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