人が怪物化する世界だとしても、この少女だけは守りたい

ソエイム・チョーク
ソエイム・チョーク

27 終局

公開日時: 2021年8月23日(月) 18:00
文字数:3,741


『あははははは、馬鹿め。隠した手札はそれで終わりだな』


 エルミーヌは高笑いしていた。

 ミーナには理解できない。


 さっき、ミーナのすぐ下にある球体が爆発した。悲鳴も演技とは思えなかった。

 エルミーヌは確実に追い詰められている。

 なのに、なぜ笑っていられるのか。

 攻撃手段を奪われ、フーベルトの乗ったCCKは上ってきている。

 なぜそんな余裕を持っていられるのか。


『確かに痛かったわね。けど、死ぬほどじゃない』


「……」


『この島のCCKがどんな武装を用意できるか、ちゃんと調べてある。遠距離武装では火力が足りなくて私に勝てないと思った。だから近距離武装で決着をつけようとしている! 手口がバレバレなのよ!』


「だから何? フーベルトが上ってきたら、あなたはおしまいよ」


『そう思わせるのが私の策だとしたら?』


「え?」


 背筋が冷える。

 そうだ、エルミーヌは隠した手札と言った。逆に、エルミーヌにも隠している手札がもあるのか。


『ずっと同じ高さで浮いているのも、最初に最大威力でビームを撃ったのもブラフ! こっちだって近距離戦闘の一つや二つ、できるわよ!』


「そんな、ズルい……」


『ズルくない! 手札を温存する余裕を与える方が悪い! そこから見ていろ! 必殺の間合いに自分から入ってきた愚か者を、おまえの目の前で引き裂いてやる!』


 今やるしかない。ミーナは決断した。

 ミーナは頭の上で脈打つ内臓に右手を当て、意識を集中する。


『え? おまえ何を……ちょっと待って! もうそれは使えないはずでしょ?』


 目を閉じ、祈るような気持ちで全身を流れているダイルの残滓をかき集める。

 物理法則を超えた力が右手に集まっていく。

 代わりに、消化液から身を守っていた奇跡が使えなくなったのか、泥に浸かった足腰が焼けるような痛みを発し始めた。


「くぅっ」


 あと一息、気力を振り絞る。

 心臓が割れるような痛みが走った。このまま死ぬかもしれない。

 それでもいい。

 奇跡の発動にさえ成功すれば……。


「……ぅぅ」


『おい、やめろ。おまえ死ぬぞ。本当にやめ』


 ミーナは賭けに勝った。光の粒子が舞い散る。

 生み出された光の矢が、ゼロ距離で天使の内臓に突き刺ささり、破裂させた。


『ぐぎゃああああああああああああああああああああっ!』


 ヘドロのような黒い液体が降り注ぐ。


〇〇〇


 振動が大気を揺らす。

 セベクノート体は狂ったように回転し始めた。


「こいつっ? 何考えてるんだ……」


 フーベルトはCCKの鞭のようなコードを振って投げた。セベクノートの首らしき部分に巻き付く。

 それが苦痛を与えたのか、さらにセベクノートは暴れる。

 だがフーベルトのCCKを引き剥がすほどではない。


 フーベルトは、ヒートブレードで球体に穴を開ける。

 穴から黒い液体がこぼれ出してきた。

 何か所にも穴を開けていく。


 ある程度液体が流れ落ちた後で、一か所に大きめの穴を開ける。

 人、のような物が顔を出した。ミーナだ。全身がヘドロのような物で汚されている。


「わっ、なんですか、ここ!」


 落ちそうになるミーナを、CCKの前側のハッチを開けて、コクピットの中に引っ張り込む。


「ひどい目にあいました……」


「ミーナ! ……本当にひどいな」


「ごめんなさい」


「気にするな。もう少し我慢していてくれ」


 ハッチを閉める。狭い空間で抱き合うような格好になってしまう。

 この体制だと、あまり無理な戦いを続けることはできない。


「もう、下に降りないと……」


「いや、こいつを俺の手で倒さないと爆撃機が来る。ここで終わらせよう」


 鞭のようなコードを引っ張って、CCKはセベクノートの肩に乗る。


「弱点は、ここだ!」


 フーベルトは断言した。


 シスター・エルミーヌが人間形態とセベクノート体を自由に行き来できるのは不自然だと思っていた。

 もしかすると、これは搭乗型なのかもしれない。

 つまり、CCKと同じようなロボット。

 どこかにコクピットがある。

 七つの球体のどれかに、エルミーヌが隠れている。


 普通に考えれば、わざわざ背中に隠したパーツが一番怪しい。

 フーベルトは、その球体に爆砕ハンマーを叩きつけた。


 使い捨ての近接兵器だ。

 棒の先端に大型の指向性爆薬を取り付けた物。

 厚さ五メートルのコンクリート壁でも貫通して穴を開ける。

 直径五メートルの中空の球体には、十分過ぎる貫通力だった。


 今度は悲鳴はなかった。

 ただ、セベクノートの動きが止まり、バランスを崩したかと思うと、墜落した。


〇〇〇


 基地の指令室で、歓声が上がった。


「セベクノート体、墜落! 制御システムを失った模様」


「……まさか本当に勝てるとはな」


 プロトが呆然と呟く。

 フランツは、疲れたように部下に指示を出す。


「爆撃機は帰投させろ。だが、セベクノート体がまだ動く可能性がある。念のためにCCK部隊で囲め。それと、憲兵隊を一つ送って、あのバカどもを全員拘束しろ」


 そして、プロトの方を睨む。


「何か言うことは?」


「ないな……」


「さっき、誰と連絡を取っていた?」


「言う必要はない」


 フランツは、しばらくの間、目を閉じ何かを考えていた。

 プロトに対して自分が使える権限を探しているのか。

 あるいは、何か効果のありそうな嫌味を考えているのか。


 そして、ようやく気付いたのか、言う。


「ヨランドはどこにいる?」


「……負傷したので、休暇申請を提出すると言っていたな」


「ふん。いい気なもんだ。こっちはしばらく徹夜になるというのに……」


〇〇〇


 CCKはもう動かなかった。 

 地面に落ちた衝撃で、どこかが壊れたのかもしれない。


 フーベルトはCCKを降りて、ミーナと共に洗浄車両へと向かう。

 二人とも、泥だらけだった。


 シューマッハが洗浄車両のことを言い出した時は何かと思ったが、結果的に、いい選択だった。

 車両の後ろ側から乗り込む。


「ほら、先に体を洗うんだ……」


 フーベルトが促すと、ミーナはボロ布のようになっていた服を脱いで裸になった。

 恥ずかしがりもしない。


「おまえ、俺も一応男なんだが……」


「だ、だって一度見せてますし、別にいいかなって」


「ま、まあな……」


 ミーナはシャワーを通ってすりガラスの向こうへ行く。


「フーベルトさんも、汚れちゃいましたね。こっち来てくださいよ」


「ああ」


 フーベルトも服を脱ぎ、シャワーを通る。

 さすがにいけないことをしているような気分になってきた。

 それでも、行くしかない。

 ミーナは頭から被るようなタオル地の服を着て待っていた。


「ほら、これを着るみたいですよ」


 フーベルトにも簡易服を差し出してくる。

 受け取って羽織る。

 ミーナは不安そうに下を見ていた。


「私、これから、どうなるんでしょうか?」


「体の中のダイル要素を全て吸い出されたなら、人間に戻れるかもしれない……」


「その後でも奇跡を発動できました。たぶん、無理ですよ」


「そうか」


「私もいずれ、シスターみたいになっちゃうんですね……」


 ミーナは悲しそうな顔で笑い、抱き着いてきた。


「……」


「フーベルトさん。私、もう少しの間、あなたと一緒にいたいです」


「ミーナ。俺は……」


 フーベルトはミーナの背中に手をまわしそうになる自分を、必死で抑えた。

 そして肩に手をのせる。


「悪いが、そういうわけにはいかないんだ……」


「どういう意味ですか?」


「やらかしたことが、ちょっと大きすぎるからな。幸せな逃亡生活を許してもらえる状況でもない」


「やっぱり、そうなっちゃいましたか……」


 ミーナはわかっていた、と言いたげに頷く。


「だったら、私はせめて……」


「はいはーい、ちょっとそれ、後にしてもらっていいですかー? 私もシャワー浴びたいんで、男はどっか行っててくれると嬉しいんですけどぉ?」


 シューマッハが向こう側から、すりガラスをガンガンと蹴飛ばしてる。


「悪かったな。すぐ行くよ」


「あ、私も……」


「ちょっとエディーと内々の打ち合わせがあるんだ。ここで待っていてくれ」


 フーベルトはミーナを残して運転席の方に行く。

 待っていたエディーは、複雑な表情だった。

 いろいろなことに納得がいっていないのだろう。


 フーベルトは、何事もないように聞く。


「なあ、この後の予定は?」


「あいつら曰く、基地に連行されるそうだ。たぶん尋問だろうな」


「巻き込んで悪かったよ」


「覚悟の上だよ。それに……友達らしいことができて良かったよ」


「ありがとう」


 礼を言うと、エディーはため息をつく。


「なあ。おまえ、いいのか?」


「何が?」


 フーベルトはとぼけた。

 もちろん、エディーが何を言いたいのかは、わかっていた。


「命を賭けて助けておいて、こんなんでお別れでいいのかよ?」


「……学生に手を出すわけにはいかないだろ」


「まあ、そうなんだが。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、だな」


「でも、一番いい道がこれだ。違うか?」


「うむ」


「そもそもミーナはミーナだ。妹じゃない。全然関係ない別人だよ」


「そうだな……」


 二人は黙って、朝焼けに染まる空を見上げた。


 この後のことはヨランドが手配してくれている。

 何も知らないのはミーナだけだ。そして永久に知ることはないだろう。


 一分ほど後、モルガナが運転席に来た。

 シャワーを浴びたのか、簡易服を羽織っている。


「ミーナは麻酔薬で眠らせたよ。それで、この後どうするんだ?」


「出頭する。というか、たぶんもう来た」


 集まってくるCCKと憲兵たち。

 フーベルトたちは、特に逃げも隠れもせず、それが近づいてくるのを待った。


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