東の空が朝焼けに染まる頃。
フーベルトたちは軍の基地に戻ってきた。
基地の前の道は入る車も出ていく車も多く、酷い重体だった。
一向に進めそうにない。
「やけに車が多くないか?」
フーベルトが言うと、モルガナが教えてくれる。
「十六番街や周辺の病院のいくつかが閉鎖されているらしい。移送先が見つからなかった重症患者はここに集めているようだ」
「なるほど、軍基地も医療体制は整っているからな」
一方、プロトはイライラした様子でハンドルを叩く。
「まったく。こんな所で足止めを食らっている場合ではないのだが……」
「……ねえ、ここまで来たら、歩いて入った方が早くない?」
シューマッハが呟き、プロトが思い出したように言う。
「そう言えば、この後の展開を考えると我々が同行した記録が残るのは、書類上の問題があるかもしれないな?」
「うえっ。おまえら、そんなケチ臭いこと考えてんの? 生きてて楽しい?」
「黙れ。情報権限の都合で説明できないが、私やヨランドの立場は、君が考えている以上に複雑なんだぞ」
言い争いになりそうだったので、フーベルトが間に入る。
「無茶を頼んだのはわかってるよ。そもそもこれは俺の愚行だ。ここで降りるよ。ここまで付き合ってくれてありがとうな」
「ちょっと! 降りるなら私も行くからね!」
「そうだな、もう少し付き合おう」
シューマッハとモルガナも同行の意を示した。
「私は一緒に行けませんけど、救出に成功した場合の策を考えておきます。がんばってくださいね」
そう言って、ヨランドは手を振る。
〇〇〇
フーベルトたちは基地の中を歩き、格納庫にたどり着いた。
ほとんどのCCKが出払って、ガランと空いた格納庫。
その隅に、一機だけCCKが残っていた。
背中のカバーが開いていて、エンジンが露出したままだ。
「何あれ? ゴミ?」
シューマッハは、崩れたりしないかな、と言いたそうな顔で、恐る恐るCCKを指でつついている。
あまりにもな言い草に、フーベルトは怒る。
「ゴミとか言うな! ちゃんと動くぞ!」
昔は、これに命を賭けて戦っていたのだ。
「他は出払っているようだが、何で一機だけ残っているんだ? 故障して出撃できなかったんじゃないだろうな?」
モルガナは不安げだった。確かにそうかもしれないが、たぶん違うだろう。
「誰かが裏で手をまわして用意してくれたらしい」
「……それは怪しすぎるな。プロトが関わり合いになりたくなかったのもわかる。まあ、動くならいいだろ。で? これからどうするんだ?」
「俺は操縦の訓練を受けている。四年前と大きく動かし方が変わっていない限り大丈夫だ」
後部に回ってハッチを開け、操縦席に潜り込む。
電源を起動。
本来ならパイロットスーツに着替えるところだが、なくても動かすだけなら問題ない。あれは負けた時に生還できる可能性を上げる物だ。
勝てば問題ない。
シューマッハが横からのぞき込んでくる。
「これって、カギとかないの?」
「そういうのは、ないな」
「えー、これ設計した人は、盗まれたらどうしようとか思わなかったのかな」
動かしていない時のCCKは、軍の基地の中に置いてある。
常に警備されている。
盗もうとする悪人が近づけるとしたら、そっちの方がまずい。
逆に、緊急時に鍵をなくして動かせなかったりすると困るので、鍵は付けない。
「おまえは、家に帰ったら財布をどこに置いてる? 鍵のかかる金庫にしまってるか?」
「そりゃ、財布はその辺りに置いとくかもしれないけどさ、武器は鍵付きのロッカーに入れない?」
「武器? そうか、弾薬も必要だな。確かにそっちは、厳重に警備されてるはずだ」
フーベルトは言ってから、計器の表示を確認する。
燃料は残り少ないし、弾薬は全て抜かれ、火薬系の武器も取り外されている。
「流石にこのまま出撃するのはまずいな、どこかで補給できないか?」
モルガナも、シューマッハとは反対側から中をのぞき込んでくる。
「十六番街の防御陣地なら、放棄された物資があるんじゃないか?」
「いや、そこまで移動する燃料もない」
放棄された物資が、ちゃんと一揃いあるという保証もない。
それに、基地から脱出したら、今出ているCCK部隊に先回りされるかもしれない。
ノンビリ補給をする余裕はないだろう。
シューマッハに聞かれる。
「燃料ってどこにあるの? ガソリンスタンドとか?」
「……近くに保管用のタンクがあるはずだ。けど、さすがに警備システムがあると思う」
勝手に補給しようとしたら、誰かに気づかれてしまう。
「別にいいじゃん。警備隊が来ても私一人で勝てるよ、たぶん」
シューマッハが無茶苦茶を言い出し、モルガナが止める。
「さすがに無理があるだろう。それに基地の歩兵部隊は、戦いをしかけていい相手じゃない」
「じゃあどうすんの? 色仕掛けとかでどうにかなるもんじゃないよね?」
「おまえじゃ無理だ。一人漫才で注目を集める方がまだ可能性がある」
「なんでやねん」
ふざけたことを言い合っている二人。
真面目にやる気ないなら黙っててくれないかな、とフーベルトが思い始めた時。
「おい、おまえら誰だ! そこで何やってる!」
通用口の方から叫び声がした。
見れば銀髪の男がそこにいた。エディーだ。
片手は警報装置のスイッチの上にある。
何かあれば、いつでも警報を鳴らされてしまうだろう。
そして警備隊が殺到し、フーベルトたちは捕まってしまう。
シューマッハがフェイルノートを握った左手を背中に隠して前に出る。
「私に任せて。ああいうのは得意」
「待て、知り合いだ。俺が話をつけてくる」
何か物騒なことを始めようとするシューマッハを止めて、フーベルトはCCKから降りた。
エディーは警報から手を離した。
「おまえ、フーベルトか? ここで何やってるんだ?」
「いや、ちょっとCCKを……」
「それどころじゃないだろ! 今までどこにいた? いろんな奴におまえの行方を知らないかって聞かれたぞ」
「すまない。ちょっといろいろ、手間取っててな……」
フーベルトは、エディーの持っている情報はどうなっているのだろうか、と考える。
特に、ミーナを連れて逃亡したことを知っているのかどうか。
シューマッハとモルガナが小声で相談している。
「私らは何も報告してない。まだ何も知らないかも……」
「いや、プロトのルートから上層部には伝わっているはずだ」
「あの石頭、マジ使えねーな」
常識的には、報告していないモルガナたちの方がおかしい。
「しかし、一般の軍人にまでは情報が回っていない可能性がある。現に、私たちも上からは何も聞いていない」
「っていうか、知ってたら、顔見た瞬間に警報鳴らされてたかな」
「何にしても好都合だ。どうにかして燃料補給を手伝わせよう」
相談の内容が、やや物騒な感じになって来た。
フーベルトは、この二人に任せているとろくなことにならないと感じたので、エディーの方に歩み寄る。
「なあ、エディー。弾薬庫のアクセス権は持っているか?」
「おまえ、何を言ってるんだ?」
「久しぶりにCCKに乗りたくなってな」
「これはオモチャじゃないんだ。いくら友人の頼みでもダメだろ。それに、俺が聞いた話は……」
エディーはなんだか言い訳めいたことを言っているが、フーベルトはエディーの両肩を掴んで黙らせる。
「頼む。今すぐCCKが必要なんだ。動かすのを手伝ってくれ」
「おいおい。バカ言うな。おまえはもう正規のパイロットじゃない。許可が出るわけがない」
「許可が欲しいんじゃない。ただCCKを動ける状態にしてくれればそれでいい」
「不可能だ。爆撃機はもう上がってるんだぞ、地上部隊の出番なんて残ってない!」
エディーはフーベルトの両手を振り払った。
だがここで引き下がるわけにはいかない。
「そんな話をしてるんじゃない。俺の話をしてるんだ!」
「誰の話だって同じだ。無理なものは無理なんだよ!」
「どんな罰でも覚悟している、銃殺刑になっても構わない! だから……」
「いい加減にしろ! おまえの妹はもう死んでるんだぞ!」
エディーは言い放った。
重苦しい沈黙が格納庫の中に広がる。
「っ……あぁ……死んだ? シーラが、死んだ?」
全身がガタガタ震えていた。
フーベルトは叫びだしそうになるのをこらえ、なんとか息を整える。
エディーは憐れむようにフーベルトの肩に手をのせる。
「なあ、フーベルト。おまえが悪いんじゃないのは知ってるよ。ただ、どうしようもないことって、あるだろ?」
「違う、違うんだ、そんな話をしているんじゃない」
「おまえは一度落ち着くべきだ」
「落ち着いているさ。全部わかっている。ここで諦めたら、俺は本当にダメになる……」
「そんなことない」
エディはフーベルトを落ち着かせようとするが、フーベルトはその手を振り払う。
「違うんだ。俺も本当はわかっていた。シーラは死んだんだ」
「フーベルト、おまえ……」
「俺はまた、あの時みたいに後悔するのは嫌なんだ。耐えられない。……頼む、協力してくれ」
エディーは静かに首を振る。
「昔、おまえと同じようなことを言うやつを見たよ。ギャンブルで負けた分を、借金した金の一点張りで取り戻そうとしてたやつだ」
「……そいつはどうなった?」
「知るかよ。たぶん最後は首でも吊ったんじゃないか……」
そういうのと一緒にするな、とフーベルトは言いたかった。
だが、望んだ結果を得られなかったという意味では似たような物かもしれない。
「本当に覚悟があるのか? おまえは自分の力じゃどうにもならない物を、コントロールできると思い込んでるだけだ」
「無茶なのはわかってる。それでも行かせてくれないか。脅されてむりやり手伝わされたとか、そういうことにしてくれていい」
「そうか……」
エディーはため息をつくと、壁際の扉を指さす。
「他のCCKが出撃した時に余った弾薬は、まだキャリアーに乗ってる。燃料も隣の部屋にジェリ缶でいくつか置いてある」
「ありがとう。後は俺だけで行く」
「いいや、ダメだ」
エディーは首を振る。
「おまえ一人じゃ上手くいくわけない。俺も現場に行く」
「いいのか?」
「ああ。その代わり絶対成功させろよ。中途半端な結果じゃ許さないからな」
「善処するよ」
そして、いつの間にか隣に立っていたモルガナが口を挟む。
「ということは、車がいるな……そしてダイルデサントがいる場所に乗り込むわけだから、優秀な護衛もいる」
「優秀な護衛って、あんたらのことか? まあ、必要性はわからなくもないが……車のアテはあるのか?」
エディーが聞くと、なぜかシューマッハがはしゃぎだす。
「ねえ! あの車はないの? ミーナちゃん回収したら、絶対必要になるでしょ! 私あれの天井に乗りたい!」
「は? あの車? 天井?」
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