ふわふわプカプカゆーらゆら。
ガタゴトぎしぎしグーラグラ。
一人の子供は崩れゆく何かをジッと見ている。
夕闇に照らされた星の海にはキラキラとした欠片のような物がバラバラと辺り一面に飛び散った。
子供は真っ赤な紅の引かれたその唇を悲しいような嬉しいような、そんな風に複雑に歪めると空に欠片を撒き散らしながら崩れ行く何かに背を向ける。
「これで、良かった……」
そう呟いて。
第三話。~入学式に出席します~
「……と、こんな話が王都では語られとってな」
「……不思議な話だなぁ……」
「で、実はこの話って昔から語られては居るんだけど、いつ頃から語られ始めたのか謎らしいんだ」
「実際にあった事だとか言う人たちは居るけど、今までの歴史上で空に浮かぶ何かがこんな風に崩れた事なんて無いらしいんだよなぁ……」
「けど、各地で謎の欠片が発見されたって話もあるらしいんよ」
「なるほど…だから今でも研究してる人が居るんだな……」
「アカデミーにも研究してる先生とか居るらしい」
「へぇ……」
「へぇ……ってあんま興味無い?」
「いや、何だろう、最初の効果音みたいのが気になってさ」
「ふわふわ?」
「そう。ふわふわプカプカゆーらゆら。ってのはまぁ多分、最終的には崩れてしまった奴が空に浮いてる時の音なんだろうけど、ガタゴトぎしぎしグーラグラ。って何かなと思って」
「グーラグラはまぁ崩れてる時の音かなとは思うけど……ガタゴトってのはちょっと気になるな」
「最近、聞いたことあるような気がするんだよな……」
うーんと首を捻りながらそんな話をしていると、ガタゴト走る馬車の中で揺れていた体がピタリと止まる。
どうやら目的地へと到着したようだ。少しして馬車の扉が開かれた。
「漸く着いたみたいやなー……」
「そうだな、流石に少し疲れた……」
「やったー!!やっと足と腕が伸ばせる……!」
「流石に男6人ともなると窮屈だったな……」
「その中でも一番デカイのはシラトだな。体重は軽そうなのに」
「それ。ピルカーもデカいけど。そういやぁ、寮って一緒に馬車に乗った奴らと同室になるって前に兄ちゃんが言ってた気ぃするぞ」
翡翠のタグネックレスを揺らし馬車から最初に降りたのは少し訛った話し方をする深い赤紫色の髪を持つ少年カイリ。猫っぽい瞳は薄紅色。普通に可愛らしい系の美少年だ。出身は料理人の国シーラシアらしい。
シーラシアの国では輸入も輸出も盛んであり、様々な国の調味料や食材が手に入る。その為か商人や漁師、料理人も多く暮らしている。
カイリの実家であるウィンディ家は代々続く宿屋ではあるが、料理にも力を入れており、海鮮物を使った料理はシーラシア……いや、マウンスリリー帝国随一と評判だ。この食事を目当てに国内外から沢山の人が毎日訪れるらしい。
次に降りたのはフレイム、そして次がアイス。
その次はこのメンバーの中でも頭一つは抜けている少年シラト。エルフの血が流れている為か耳は少し尖っておりアイスと比べると灰色に近い銀色の髪を持つ彼の出身はメディカトリー。目尻が下がったその瞳は翡翠色。穏やかな彼は間違いなくイケメン。
小さな診療所を営むヒーリム家の長男として生を受けた。メディカトリーは医療大国であり、大きな病院や小さな診療所なども多く、治癒系のスキルを持った者も多い。
国の中心に建てられた大神殿では上級治癒魔法で治療して貰う事も出来る……が、とても高額の為にほぼ王族や貴族専用と言っても良い。その為なのか上級治癒魔法などを使わずに治療する為、ヒーラーでは無く現代で言う医師を育てる機関も多いのだ。
その彼の名前を口にしたのは褐色肌に黒い髪の毛と狼の耳と尻尾を持つピルカーだ。切れ長の瞳は琥珀色。シラトと比べると身長はそこまででは無いが、筋肉が程よく付いた良い体をしている。要するにワイルドなイケメンである。グラースの出身で、実家のサミュル家は代々牧場を営んでいるらしい。
グラースの太陽を浴び、草原でのびのび育った牛や羊のミルクは甘味がありとても美味しく、マウンスリリーのパーティなどでは料理や菓子に必ず使用される。動物や魔獣などを育てる家も多く、獣魔術師の多くが此処の出身である。
最後に馬車から降りたのは青髪の少年セキル。その切れ長の瞳は深い海のように青く、一言で言えばイケメンである。出身は服飾関係などで有名なドレイカーだ。
彼の家であるクラッカー家は老舗の仕立て屋らしいが、最新の装飾品なども手掛けており、まさに流行の最先端を行っている。セキルも例に漏れず最新の流行に敏感なのか、この中では一番身につけている装飾品が多い。
左右の耳たぶ、耳の軟骨も合わせて7個程度、喋る度にチラと見える舌にも1個のピアスが揺れたり光ったりしている。
「マジか?このメンバーやったら楽しすぎん?」
「俺もそれ思った、毎日寝不足になりそうだよな」
「寝不足は勘弁してくれ」
「睡眠は大事だもんなぁ……」
「まぁでも、楽しければ良いよね!!」
「それが一番だな……と、言ってる間に目的地へ到着だ」
フレイムの言葉を合図にして顔を上げた5人は目の前に広がる光景に息を呑む。
入学式の為の飾り付けが行われた大講堂は真っ暗な闇に包まれており、天井や壁などにはキラキラとした星やキャンドルが浮いている。耳に響くのは神聖な曲なのだろうか、繊細な音色と共に囁くような声が聞こえてくる。
「……ここに来て心配事が一つ出来た」
「そら奇遇やな、俺も」
「これって絶対寝かしに掛かってるよね?」
「……まさかここで最初の試練が訪れるとは思わんかったわ……」
「寝ないように気を付けないとな」
「……フレイムとシラトは平気そうだけど、僕は寝る自信しか無いよ……?」
「まぁ、大体のメンバーは朝が早かったからな……だが、寝ることは許さん」
「そんなご無体な……」
メソメソと泣き真似をするカイリをチラと見たフレイムを先頭に目の前に浮く矢印の誘導に従って空いた席へ着く。
それから暫くして漸く壇上に人影が現れたと思うと聞こえてきていた音や声は全て消え、シンと講堂内が静まり返った。
「ようこそ、我が魔法魔術アカデミーへ。私は学園長のリオレオラ。只今より、入学式を始めさせて頂く」
その宣言と同時に講堂内が一気に昼間のように明るくなり、小さな光がふわりふわりと飛び始めた。
「と、まぁ、堅苦しい話は無しにして、先ずは妖精たちの祝福を受け取って頂きましょう。皆様、片手を開いて目の前に差し出してください」
白い長髪を揺らし、星色のローブを身に着けた学園長の言葉に倣って生徒たちが片手を差し出すと、それぞれの手のひらの上に小さな光がふわふわと飛んできてピタリと止まる。
「汝らに祝福を……」
その言葉と共に光は輝きを強め、少しすると手のひらに収まる程度の大きさで少女の姿を象る、ただし、背中には羽根が生えているようだった。
「君は、ピクシー?」
アイスの問いにふわりと笑う羽根の生えた少女は星色ドレスの裾を翻しペコリとお辞儀をした。するとその姿は消え、左手の親指に一つのリングが現れる。右隣に視線をやると、フレイムは右手の中指にリングが現れており、左隣ではセキルの右耳にピアスが増えていた。
「今、君達の体に現れたアクセサリーはこれから卒業するまでの間、君たちを守り、導いてくれる存在なる事だろう。……入学、本当におめでとう。君達の学園生活に幸があらんことを!!」
その言葉の少し後、壇上に準備された椅子に学園長が腰掛けると、その椅子はフワフワと空中で浮いたまま静止する。
それと同時に講堂内に凛とした空気が満ちる。
「それでは、新入生挨拶に移ろうか。新入生代表、シラト・ヒーリム」
「はい」
フレイムの右隣に腰掛けていたシラトが席から立ち上がると大きな光が彼の元へと真っ直ぐに飛んでくる。
次の瞬間、その光はシラトの足元でクルクルと回った後にシラトの身体を軽々と持ち上げ、教師や来賓、先輩などが腰掛ける椅子の前を通り壇上へと向かって飛んで行く。
シラトは通り過ぎる度に恭しく礼をしており、それに応えるように拍手が響いた。
「え、シラトって代表やったん……?」
「知らなかった……」
「まぁ頭は良さそうだったし妥当、か……?」
「そうやんな?メディカトリー出身やし」
カイリとセキルとピルカーはこそこそと話す。
「メディカトリーって医療系に強い国だったっけ……?」
「だな、やはりどの世界でも医師には高い頭脳が必要らしい……」
少し驚いた表情を浮かべたアイスはフレイムと目線を合わせていた。
そんなやり取りをしていると、大きな光に壇上へ送り届けられたシラトが口を開く。
「先ずはこの場に集まって下さった先生方や先輩、来賓の方々に感謝を。この度、伝統と歴史のある魔法魔術アカデミーの一員となれる事を嬉しく思います。これからは魔法魔術アカデミーの一員として、自己研鑽に励み責任ある行動を心がけて行きたいと思います。先生方や先輩方、どうか暖かいご指導をよろしくお願い致します。……以上を持ちまして、新入生代表の挨拶とさせて頂きます」
シラトのお辞儀と共に講堂内には拍手が響く。シラトが席へと戻ったと同時に学園長の一言が聞こえると新入生は講堂から退出し、入学式は無事に終了した。
「…… 学園生活は直ぐに始まるだろう、これからの君たちに幸あらんことを!!!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!