私立カスケード女学院、日本の東京都に存在するこの学園には二人の王子が存在する。
そう、私立カスケード"女"学院である。
此処に通う淑女らはこの国有数の企業の娘であったり国の重要人物だったりする、所謂お嬢様学校だ。
その中でも人望を集めるのが、黒武者 暦(くろむしゃ こよみ)と白騎士 里(しろきし さと)。
ーーーーーこの物語は、王子達(かのじょたち)が異世界に飛ばされ、友情を育んだり成長したり何やかんやしながら異世界での生活を満喫して行くお話である。
第一話。~異世界生活始めてます~
皇帝エンゼルランプが纏めるマウンスリリー帝国には7つの国が存在する。その中の一国フロンティアレイク。国王であるレイン・ガードナーが治めるこの国は色とりどりの植物が街の至る所に咲き乱れる自然の豊かな街だ。
名産品であるカプルは瑞々しい果実類や野菜類をこの国でしか育たぬと言う甘いスパイスと共に煮詰めた、所謂コンフィチュールの様な物である。
その原材料となる甘いスパイスが取れる地域、片田舎の一角ではポカポカとした太陽が緑の草原を明るく照らし、ふわりと流れる風が頬を撫でて行く。
サラサラと流れる小川の近くに二人の"少年"の姿があった。
そう、"少年"である。
カラカラと愉快そうに笑ったのは襟足までの長さのある銀色の髪に蜂蜜色の瞳を持った少年。転生する前の名前は白騎士里。現在の名前はアイス・カクタス。農業を生業としているカクタス家に生まれた双子の一人。
「いやぁ、正直驚いたね!」
軽く頷きながら返答をしたのは耳より短く切られた金色の髪に黒い瞳を持った少年だ。転生する前の名前は黒武者暦。現在の名前はフレイム・カクタス。今でこそ名産品となったカプルを伸し上げたカクタス家に生まれた双子の一人である。
「…あぁ、まさか二人同時とはな」
「本当にね。まさか神様の手違いで一緒に異世界へ性別転換転生される事になろうとは」
「しかもその異世界が友人の話していたファンタジーゲームの世界だとは思っていなかった」
「でも、僕はワクワクしてるよ!この世界では魔法が使えるんだしね」
「確かに興味深くはあるな。魔法もそうだが、性別が変わった事でどんな事が出来るようになるのか」
「それに…」
「…それに?」
「暦…フレイムと双子の兄弟にもなれたしね!」
「確かに。…向こうでもそんな関係ではあったが、実際に血が繋がっているのは少し嬉しい気もするな」
「ま、見た目は全然似てないけどね?」
「それは仕方ない、双子でも見た目が違う事はままある」
クスクスと笑う銀髪の少年の冗談交じりの言葉にフレイムと呼ばれた少年は木製のバケツを手に持ち、顔だけ笑いながら返答をする。
「さて、それじゃぁ早く水を汲んで帰ろうか、里…アイス。そろそろ帰らないと母上が心配してしまう」
その言葉にアイスと呼ばれた少年は軽く頷くと流れる透明の水をバケツへと汲む。
同じようにフレイムと呼ばれた少年もバケツを透き通った水で満たして行く。
「そうだね!しかも今日は特別な日だから、早く帰らないと」
「あぁ、可愛い妹の誕生日だからな」
「五歳の誕生日プレゼント何にしたー?」
「俺はスノーの好きな本の主人公が良く身につけてる…」
「えっ!?」
「髪飾り…をスキルで造った。…どうした?」
スキルとはこの世界に生まれたそれぞれの種族が生まれた時に普通は1~2つ持っている、特技のような物だ。
例えば頑強と言うスキルは自身の身体や装備類を強化して頑丈に出来る。
アイスとフレイムは共に彫金と言うスキルを持っていた。
それに加えてアイスもフレイムももう一つずつスキルを持っているのだが…それはまたの機会に披露させて頂こう。
「あー!マジェステ良いよね。絶対に似合うと思う!…いや、プレゼント被ったかなと思って…」
「俺たちの妹は可愛いからな。ところでアイスは何を?」
「分かる。俺はね、主人公が身につけてるループタイにしたよ」
「あぁ、そっちか。俺も最初はそっちにしようかと思ったんだが、変えて良かった」
チャプチャプと水音を立てつつもバケツからは水が飛び出さぬように気をつけながら足早に小道を進む。
暫く走り開けた場所へ辿り着くと、木漏れ日に照らされる小さめの邸宅からはふわりとした香りが漏れている。
一目散に邸宅の裏へと移動した二人を出迎えたのは黒髪に青色の瞳を持ち、白いコックコートを身につけた女性だった。
「アイス様にフレイム様、水を汲んで来てくれたのですね」
「あぁ、俺達に出来る事は力仕事位だから」
「そうそう、料理はあまり得意じゃないからねー!」
「ふふ、お二人共ありがとうございます。それでは、あとは私達に任せて下さいませ」
「よろしく頼む」
「あ、そうだ。スノーは何処に居るか知ってる?」
「今の時間は奥様と共に庭園にいらっしゃると思います。…お二人で育てていたお花が綺麗に咲いたそうで」
フレイムの問いに室内から届いたのは悠揚とした声。
その声に後ろを振り返った女性はクスリと笑い、改めてアイスとフレイムに向き直る。
「だ、そうです。今夜は腕に縒りを掛けたお料理、楽しみにしておいて下さいね」
「うん、楽しみにしてるね!じゃぁ行こうか、心配性の母君と可愛い妹君の顔を見に」
「そうだな。帰宅した事を報告して来よう」
この異世界へやって来た王子達(かのじょたち)は十年間住み続けているカクタス邸の敷地内を心なしか軽い足取りで進む。
やがて邸宅の裏門近くへと到着し、緑の芝生が一面に広がり色鮮やかな花や実を付けた植物や木が所狭しと並ぶ広い空間へと足を踏み入れた二人は複数の人影を見つけた。
人影へと近づいて芝生の上に跪き頭を下げた少年らは少ししてゆっくりと顔を上げる
「アイス・カクタス、戻りました」
「フレイム・カクタス、戻りました」
「えぇ、お帰りなさい」
朗らかな声の女性は月の光を集めたような金色の髪を揺らして微笑みながらそう返す。
「お兄様!お戻りになられたのですね」
底抜けに明るい太陽のような声の少女は輝く銀色の柔らかな髪に風を纏わせ跪いた二人の少年に抱きついた。
「ただいま、スノー」
「今日も良い子にしてたかー?」
「もちろんですわ!」
「スノー、はしたないわよ」
「ですがお母様、ここ数日は皆さん出払っていて退屈だったんですの」
「全く、仕方のない娘だこと」
「悪いな、最近は少しバタバタしてしまっていたから」
「忙しくて話もろくに出来なかったよね。でも、今日からはまた沢山遊べるよ」
「はい、嬉しいです!ですが、ここ数日は何をしていらしたのですか?」
「それは…」
「えーっと…」
視線を空に泳がせ言葉に詰まっているアイスとフレイムの様子に大きな笑い声が響く。
「お嬢、男には口にしちゃならん事もあるんですよ」
「えぇ、アイス様とフレイム様にもお付き合いと言う物がございますからね」
人影はどうやら四つあったらしい、今まで口を開かずにいた二人の男性騎士がそれぞれ不思議そうな顔を浮かべた少女に言い聞かせるように言葉を紡いだ。
そうして二人の少年に恭しく一礼をする。
「むぅ…良く分かりませんわ」
それを聞いた少女は面白くなさそうに愛らしい頬をぷくりと膨らませた。
「それよりお嬢、綺麗に咲いた花、お二人に見せなくて良いんですかい?」
「そうでしたわ!アイスお兄様、フレイムお兄様、一緒に来て下さいまし!」
「あぁ、もちろん」
「可愛い妹君の頼みなら喜んで」
背が高く恰幅のよい騎士の一言にパッと表情を明るくした少女は立ち上がった二人の手を取りグイグイと引っ張って行く。
その後を追うように歩くのは眼鏡を掛け、背が高くスラリと伸びた手足を持つ騎士だ。
「スノー、そろそろ冷えてくる時間なのだから、なるべく早く家の中に入るのよ。アイスとフレイム、それからウォルターも…良いわね?」
「分かりましたわ!」
「えぇ、善処します」
「ラフィンド、母上の事はよろしく頼むよ!」
「任せてくだせぇ坊ちゃん!」
「…少し風が出てきましたね。…お嬢様、此方を」
身に纏っていたマントを外し少女の肩へと掛けたのはウォルターと呼ばれた男性騎士だ。
引きずらぬようにとマントの裾を持ち上げた二人の少年の姿は何処かトレーンベアラーを彷彿とさせる。
「皆様、ありがとうございます」
にこりと微笑む少女をよく見れば顔が青白くなっているようだった。
「…明日、日が出ている時に見に来ない?」
「そうだな、それが良い。今日は中に入ろう」
「それが一番でしょうね」
それを見た三人は顔を見合わせて小さく頷く。
「ごめんね、スノー」
「え?」
謝罪の言葉と共にアイスに抱き上げられた少女は驚いた表情を顔いっぱいに浮かべている。
「お兄様、突然どうされたのですか!?」
「どうやら俺たちは全員、お手洗いに行きたいようだ」
「えぇ、やはり急に冷えてきたからでしょうか…」
呆気に取られる少女の様子はそのままに庭園を後にすると一行はそのまま少女の寝室へと向かった。
「すまないなスノー、この埋め合わせは必ず…」
「本当にごめんね、直ぐに戻ってくるから!!」
「申し訳ございませんお嬢様…私もこれで」
慌ただしくもしっかりと少女をベッドへと腰掛けさせ、会釈をした上で寝室を出る三人の背中を見送った少女は自分一人しか居ない部屋の中で俯いた。
「また皆様に迷惑を掛けてしまいました…早く元気になって、もっとお兄さまや皆様達と一緒に…」
少女の小さな祈りは虚空へと消える。
トサリ。軽い音を立て触り心地の良い、優しい太陽の香りを纏ったシーツが掛かったベッドへ身を沈め、ゆっくりと瞳を閉じた。
フワリ。窓も開いていないのに彼女を包み込むように風が舞う。と言うのに彼女は目を覚ます様子も見せない。
彼女の髪を揺らして居た風は暫く空中を漂っていたかと思うとやがてその存在を何処かに潜めてしまった。
…そして室内に静寂が訪れる。
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