月日は流れアイスとフレイムの双子は15歳、妹のスノーは10歳。
幼い頃は体が弱かったスノーも年齢が上がるにつれて徐々に体も強くなり、今では元気に走り回る事も出来るようになった。そして、カクタス家には一人…一匹の家族が増えていた。
スノーが7歳の頃に森の中で見つけた真っ白な毛の小さな狐は怪我をしており、看病としてカクタス家で暮らす内にあれよあれよと家族の一員になったのだ。狐は人に懐きにくいと言われているのにも関わらず、だ。
第二話。~王都へ行くため準備します~
この国では子供が15歳になると、殆どの場合は王都の学校へ通う事になる。
王都に所謂学校とされる機関は4つあり、魔法魔術アカデミー、王都機関学校、王立騎士育成学校、商人職人館となっている。
魔法魔術アカデミーは魔法や魔術を研究したり学んだりが出来る。
王都機関学校は乗り物の操縦や修理、作成などを学ぶ。
王立騎士育成学校は主に王家に仕える騎士を目指す者が礼儀を学んだり戦闘訓練などを受ける機関。
商人職人館は経営に関してのノウハウや様々な物の作り方などに特化した技術を学ぶのだ。
学校へ行かずとも家の事業の経営を手伝ったり、冒険者として稼ぐ事も出来るようになったり、家族の元を離れて自立する。など己のこれからを決める事が出来るようになるのも15歳からなのだ。
アイスとフレイムは共に王都の魔法魔術アカデミーへと向かう事を決め、今は王都へ向かう準備をしており、カクタス家はいつもの日常と打って変わってバタバタと慌ただしい。
「アイスお兄様には絶対この色が合うと思いますの!」
「僕もその色が好きかな。だけどコッチの色も良い…」
「悩ましい所ですわね…髪のお色に合わせるか瞳のお色に合わせるか…」
「そうさな…フレイム坊ちゃんにはコッチの方が良いんじゃないですかい?」
「流石ラフィンドですわ。この色はフレイムお兄様の瞳の色とも合っておりますし…」
「…何でも良いから早く決めてくれ。俺は動きやすければ何でも良い。どうせ色は魔法で変えれるしな」
「「「コート選びは重要なんだよ!?(ですわよ!?)(ですぜ!?)」」」
ピッタリと口を揃えた3人はその後もあーだこーだと話し合いながら数分後に漸くそれぞれの一着を決めた。
フレイムは青の混ざった黒色のポロコート。そしてアイスは若葉色のチェスターコートを選択。
「コートを選ぶだけで時間が掛かってしまいましたわね…」
「…家を出るのが明日で良かったですね」
「…漸く決まったみたいだな」
「うん、フレイムお待たせ。今日は他に準備とかあったっけ?」
「特に…あぁ、そう言えば父上が時間がある時にでも書斎に来いと言っていたな…」
「そうなの?じゃぁ行こうか」
「あぁ、そうしよう。…そうだ、スノー、ラフィンド、アイス、俺の物も選んでくれて感謝する」
「「「どういたしまして!」」」
ーーーーー屋敷の1番西に位置する、沢山の本棚が壁一面に並ぶこの部屋はカクタス家当主…つまり、3人の子供達の父親でもあるソル・カクタスの仕事場だ。仕事場とは言っても彼は家にあまり帰ってこない為、3人の子供達がそれぞれ購入した本や使用人達が準備してくれた様々な本や辞典なんかが本棚へ大量に収められている。
部屋の隅には絨毯が敷かれた一角があり、アンティークな木材で出来たテーブルの上に紅茶や茶菓子などを並べ、柔らかいソファか少しだけ離れた箇所に設置してあるロッキングチェアに腰掛ければ読書と紅茶が楽しめると言う、ちょっとしたブックカフェのようになっている。
「あぁ、来たか」
部屋の中程に設置されたアンティークな執務机には金色の髪と闇のような黒い瞳を持つ男性が眉間に皺を寄せつつ腰掛けており、隅のスペースのソファには3人の母親であるルーナ・カクタスがのんびりと腰掛け優雅に紅茶を飲んでいる。その隣には白狐のパウダーが体を丸めて眠っていた。
「お待たせして申し訳ございません、父上」
「申し訳ございません」
「気にするな、今日は忙しいだろうに時間を作ってくれて感謝する」
深々と頭を下げた2人の姿を見た父親が人差し指を軽く振ると、持っていた羽根ペンは意志を持つかのように自動で動きゆっくりとペン立てへと戻る。
眉間のシワを指先で伸ばしながら改めて2人へと冷たくも見える視線を向ければそのままの表情で言葉を紡いだ。
「いえ、準備も終わりましたので」
「それより、何か御用だったのでは無いですか?」
「あぁ、少し頼みたい事が…その前にその畏まった口調は止めてくれないか?距離があるみたいで寂しいだろう」
「「「……」」」
少しの沈黙の後、一番先に表情を緩め声を出したのはアイス、続けてフレイムと母親も口を動かした。
「ぷははっ!いや、何か凄く怒ってるみたいな顔だったからつい敬語に」
「えぇ、叱られるのでは無いかと思いましたね」
「全く、貴方はもう少し表情筋を動かさないとダメよ?いつも硬い表情をしているんだから」
「…そうなのか?」
ソファから立ち上がり執務机の前へ立った母親は目の前の男の眉間に指を当ててグイグイと押している。
「そうよ。仕事中はそれでも良いけど、家族の前ではもう少し色々な表情を見せて欲しいわ」
「まぁ、仕事中にヘラヘラとしていたら舐められてしまいますからね…」
「そうね…フレイムも表情はあまり変わらない方だけど、此処まで酷くないのよね…眉間にシワは寄っていないし…少しはアイスやスノーを見習ったらどう?」
「先ず、眉間に力を込める癖をどうにかして、そのくっきり残ってるシワをどうにかしないとだよね」
「…努力はしよう」
「うん、応援してる。じゃぁ改めてだけど、俺たちに頼みごとって?」
「あぁ、そうだ。お前たち、学校は魔法魔術アカデミーに決めたんだろう?」
「えぇ。色々な魔法などが学べると聞いたので」
「魔術もね!」
「魔法魔術アカデミーの講堂が建つ神聖な森、リガーハインには枯れた古井戸がある。その古井戸には保護魔法が掛けられていてな、特定の手順を踏まないと解けない魔法が」
「なるほど?」
「実はその古井戸は俺とルーナとアカデミーの仲間数人で共に造ったんだ」
「そう言えば父上も母上も魔法魔術アカデミーに通っていたんでしたね」
「そうなのよ。あそこは良い先生も多いし、何かあったら頼りにすると良いわ」
「へぇ、それはありがたいね。頼りになる大人が身近に居るって言うのは安心できる」
「そうだな。で、その古井戸がどうかしたのですか?」
母親と片割れの会話を続けると話が逸れそうになると考えたのかフレイムは短く返答して父親に話の先を促す。
「その古井戸は仲間たちで持ち寄った魔道書や魔法書の応用本など様々な書籍が沢山収められている秘密の図書館の入口になっていてな。そこで神獣について調べてきて欲しいんだ」
「「神獣?」」
「あぁ、神聖な場所に住む賢く美しい獣たちについて」
父親の視線は部屋の隅に向いたかと思うと、次の瞬間には神妙な面持ちで深く頷く。
「…神獣はもう絶滅したと言われているのでは?」
「そうそう、今は童話や歌、あとは劇なんかで語り継がれてるだけでしょ?」
「あぁ、その筈なのだが…」
「実は、さっき言った一緒に図書館を造ったメンバーの一人がアカデミーで教師になっていてね。その彼から興味深い内容の手紙が届いたの」
「…手紙?」
「…実はその森の中で神獣の物と思われる足跡や獣毛などの痕跡が見つかったと言う噂が一部で広まっているらしくてな」
「へぇ…それは興味深い話だね」
「なるほど…と、言う事はその噂について調べて欲しいと言う事でしょうか?」
「その通りよ。…噂だから本当かどうかは分からないのだけど…」
「これは別に急ぎの願いと言う訳でも無いし、絶対に調べて欲しいと言う事でも無い。もし気が向いたら調べてみてくれ」
「…もし本当に居たとしても、神獣は簡単に人前に姿を現さない慎重な性格の子が多いと聞くから、大丈夫だとは思うんだけど…」
「分かりました。出来る限り努力しましょう」
「王都に行くのが楽しみになってきたね」
「そうだな」
「…よろしく頼む」
「くれぐれも、無茶はしないで頂戴ね?貴方達に何かあったら私達は勿論、スノー達も心配するわ」
「善処します」
「そうだわ、貴方達に渡すものがあったのをすっかりと忘れてた。えーっと…」
話が一段落した所で何かを思い出したように声を上げたのは母親であるルーナ。ソファへと近づいたかと思えば少しして青い巾着を手に持ち近くまで戻ってくる。
「はい、これ。皆で協力して作ったの。何かの役に立つかも知れないから持って行って」
「これは?」
「旅立つ家族に持たせる物と言えば分かるでしょう?」
「あぁ…アミュレットチャームですね」
「ありがとう、大事にするよ」
「話は以上だ、時間を取らせて悪かったな」
「大丈夫だよー。そしたら僕達は此処で」
「明日は朝早くから出発よ、今日は早めに休んでね」
「お前達の幸運を祈っている」
小さな青い巾着を手に書斎を出た二人の少年の背中が見えなくなると、不安そうにルーナが口を開く。
「大丈夫かしら?」
真っ白な狐はのんびりと、しかし確信を持ったように口を開いた。
「問題無いでしょう、あの二人なら」
「…あぁ、そうだな。ルーナとスノーとお前が準備したんだ」
「えぇ、効き目は保証しますよ」
「それに、貴方も入れたんだから大丈夫よね。」
「…何故分かった…?」
「ふふっ、貴方の力に私が気づかないとでも?」
「あぁそうか、君にはあの力があったな。すっかりと忘れていた」
「そう言えば最近は使っていらっしゃらないですね」
「スノーに立派な守護者が付いたもの、態々使う必要は無いでしょう?」
「スノー様の事はお任せ下さい。我とウォルター様でしっかりとお守りします」
「あぁ、頼りにしている」
ふとソルが人差し指を振ると、彼の目の前には透明の液晶なような物が現れる。その画面には18と30の数字が浮かんでいる。
「あら、もうこんな時間?そろそろお夕飯の時間ね」
「そうだな、スノーも待ちくたびれている所だろう」
「それでは参りましょう!我の食事もお願いします!!」
「もちろんよ。今日はパウダーも好きな果物があるから楽しみにしていてね」
2人と1匹が部屋を出ると室内はシンとした空気に包まれる。
静かなその空間で扉をじっと見つめる真っ青な瞳は室内をじっと見回したと思うと、やがて花が散るように儚く消えて行く。
「…が、い……け、て」
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