納得、したわけじゃない。しかし、女傑の言葉には不思議な説得力があった。その目で見たからこその言葉。そして、その語る表情が、どうにも、まだ子どものように、取り繕っていなかったから。
「お話は解りました。でもそもそもなんで、パララさんはWBOに所属してるんですか? もしかして、WBOにある『異本』をハクのために、いつか奪うつもりで?」
思い至ってしまえば、それはもっとも幼女にとって、素晴らしい現実だった。
「まあ、最初はそうやったなあ」
だが、女傑は否定する。やんわりと。
「やけど、いまは……解らへん。とりあえずいまは、漫然と仕事をこなしとるっちゅー感じやな。……歳を取ってみて、いろんな事実を知って、考えたんや。はたしてハクにとって、『異本』を集めきる、その結末が、本当に幸せか……ってな」
くしゃり。と、女傑は幼女の、美しいスカイブルーの髪を、少し、撫でた。その幼い顔を――まっすぐな視線を見て、目を逸らす。
「うちはハクの味方や。やけど、ハクの望みを叶えることが――その手助けをすることが、味方として、『家族』として正しい行いかどうかは、まだ、保留しとる。……そんな答えで、ええやろか?」
悪さをした子どもが、親の顔色を窺うように、女傑は幼女を見た。その感情を向けられた幼女は、不思議と赤面してしまって、戸惑ってしまう。
「…………」
そうして黙り込んでしまった幼女を見て、女傑も苦笑いをひとつ、挟んだ。それから表情を引き締めて、しゃがんだ姿勢から立ち上がる。瞬間に、思案をひとつ。それから女流を見て、決めた。
「悪いけど、やっぱ手伝ってもらうわ」
そう切り出すと、女傑は、女流に指示を出した。
――――――――
大男は、後ろ髪を引かれながら走っていた。施設内をいくらか蛇行して、他の構成員への注意喚起も含めて。しかし――。
「……ここもかっ――!」
現在この施設に滞在する全メンバー十一人。僧侶とギャル、優男に大男。『主教』や『幹部』である、立場的に高位のこの四人を抜かせば、残り七人。そのうちの五人。彼ら構成員はみな、どうやら気絶していた。あの会合部屋に到達する前に教祖、ブヴォーム・ラージャンがやったのだろう。そう、大男は判断する。どうやら目立ったダメージはない。ゆえに、大男は軽い検分と、ベッドへ運び寝かせる程度の処置で、すぐに次へ、次へと向かった。
最後のふたり、娘子、エルファ・メロディアのふたりの娘の元へ、早く行かねばならない。その義務感に焦りながら。
「ソラ……シド……!」
ふたりの子の名を呼び、走る。世界を揺るがすほどの、大きな振動を響かせながら。もっとも入り組んだ最奥に――そこが安全ゆえに――匿ったのだが、そのため、そこへ辿り着くまでには長い道を進まねばならない。その巨体を、驚くほどの速度で動かせる大男と言えど、それには時間がかかった。あり余る時間は、不安を助長させる。
「うおおおおぉぉぉぉ――――!!」
それを振り払うように、咆哮する。気合を入れ直し、さらに加速を――。
「見つけたで――」
不意を、突かれた。咄嗟にガードに回した腕に、相手の腕がぶつかる。グ……。と、鈍い音が、大男の鼓膜に、内側から振動として、伝わった。遅れて、腕の痛みに気付く。
「何者だ!」
足を止め、身構えた。腕が、抉れている。不意を突かれ、完全に力を入れていたわけではないとはいえ、この肉体を抉れるなど、極玉を解放したEBNAのメイド並みの力である。そう判断し、足を止めたのだ。
「あんさんとは会ったことあるけど……解り良いように名乗ったるわ」
女傑は初撃に使った腕をいたわるように振り、距離を取ったまま、言う。
「WBO『特別特級執行官』、コードネーム『パロミデス』、や」
きっと無駄なんやろうけど。と、思いながらも、いちおう、言うことは言っておく。
「『異本』を渡して、『本の虫』は、解散せえや。カイラギ・オールドレーン」
隻眼を見せつけるように、やや頭を右に傾けて、女傑は、言った。
――――――――
施設の最奥、入り組んだ道の先に、なかば軟禁のように、そのふたりの娘は、いた。
「シドー、それ取ってー」
「んー」
「……シドー?」
「んえー」
「それ取ってってば!」
「ソラうるさいー」
「うるさくない!」
「うるさいー」
『仲良ク シテ 下サイ. ハイ. ソラ』
そして、その機体も、ともに。その機体は今年九歳と八歳になる娘の体よりも、やや大きい球体を基本の形とし、そこから適宜、機械である体を操作しては、子どもたちをあやしていた。
「ありがと、エフ。いいこいいこ」
姉の方が機体を撫でた。ブウウ――ン。と、内蔵されたファンを回して、機体は反応する。そして、思った。
確カニ 少シ ウルサイ.と。機体は、そのように。
「……ここか、のう?」
ほどなくして、その『音』は、到達した。別の『音』も、まだ施設内で、正常ではない様子で右往左往と、騒がしい。そのうちの、ふたつ。
「ここが、エルファさんの……?」
女流と、遅れて、幼女が、現れた。部屋に入る直前で、足踏みをして、様子をうかがっている。だから――
『ナニカ 御用デスカ?』
機体は臨戦態勢に変わり、彼らを威圧的に、見下ろす。さきほどの女傑もたいがい大きかったが、こちらの姿は、人間を超えていた。体長、三メートル弱。天井にも届きそうな大きさを屈めて、LEDが輝く視線を、向けてくる。その威圧に、幼女は一歩、引いた。
「そなたが、『EF』か」
だが、臆することなく女流は、語りかける。
「現代人が到達した機械生命体の力、見せてもらおうか。のう」
そして不敵に、笑った。
――――――――
煙のような霧が、場を占領していた。赤紫の霧。それは血液のように吹き出し、空間を充満する。すべてを、隠すように。
「やれやれ、健在だねえ。こんなじじいには、ちと荷が勝ちすぎてるか」
言葉とは裏腹に、余裕も綽々に、妖怪は待った。小柄な、初老の男だ。かなり薄くなった白髪。赤黒い肌。皺くちゃにつぶれた表情。額に走る横一文字の傷。その身に纏うは、インド人男性の伝統衣装、白いクルタ・パジャマだ。かなりゆったりとしたサイズ感の、上着とズボンで、まるで武術家のような装いとも見える。
そんな妖怪と、すでに魔法少女に変身したギャルを隔てる霧。それが徐々に晴れて、元あった場所に戻っていく。開幕一番、胸を貫かれた、僧侶の体へと。
「いきなりなにするんですか。びっくりしましたよ」
何事もなかったかのように、僧侶は言う。まるで見間違いのようにあっけらかんとしているが、見るに、その胸元には、大きな穴が空いていた。……外に纏う、黒いローブにだけ。内側の肉体には、傷ひとつない。
「本当に、忌々しい。どうやったら死ぬんだい? 世界でもたったひとり。生まれながらに極玉をその身に宿した――吸血鬼。タギー・バクルド」
低い声で、妖怪は言った。
「おまえ吸血鬼のくせに毛根死んでるって? やかましいわっ!」
おどけながらも真剣に、僧侶はひとりでボケとツッコミを担当する。そして、一撃。
「そしてハゲじゃない、スキンヘーッド!!」
渾身のハゲ頭を、妖怪に叩き付けた。
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