箱庭物語

776冊の『異本』を集める旅路
晴羽照尊
晴羽照尊

ストレス社会に生まれた不死者

公開日時: 2022年1月3日(月) 18:00
文字数:2,870

 納得、したわけじゃない。しかし、女傑の言葉には不思議な説得力があった。その目で見たからこその言葉。そして、その語る表情が、どうにも、まだ子どものように、取り繕っていなかったから。


「お話は解りました。でもそもそもなんで、パララさんはWBOに所属してるんですか? もしかして、WBOにある『異本』をハクのために、いつか奪うつもりで?」


 思い至ってしまえば、それはもっとも幼女にとって、素晴らしい現実だった。


「まあ、最初はそうやったなあ」


 だが、女傑は否定する。やんわりと。


「やけど、いまは……解らへん。とりあえずいまは、漫然と仕事をこなしとるっちゅー感じやな。……歳を取ってみて、いろんな事実を知って、考えたんや。はたしてハクにとって、『異本』を集めきる、その結末が、本当に幸せか……ってな」


 くしゃり。と、女傑は幼女の、美しいスカイブルーの髪を、少し、撫でた。その幼い顔を――まっすぐな視線を見て、目を逸らす。


「うちはハクの味方や。やけど、ハクの望みを叶えることが――その手助けをすることが、味方として、『家族』として正しい行いかどうかは、まだ、保留しとる。……そんな答えで、ええやろか?」


 悪さをした子どもが、親の顔色を窺うように、女傑は幼女を見た。その感情を向けられた幼女は、不思議と赤面してしまって、戸惑ってしまう。


「…………」


 そうして黙り込んでしまった幼女を見て、女傑も苦笑いをひとつ、挟んだ。それから表情を引き締めて、しゃがんだ姿勢から立ち上がる。瞬間に、思案をひとつ。それから女流を見て、決めた。


「悪いけど、やっぱ手伝ってもらうわ」


 そう切り出すと、女傑は、女流に指示を出した。


 ――――――――


 大男は、後ろ髪を引かれながら走っていた。施設内をいくらか蛇行して、他の構成員への注意喚起も含めて。しかし――。


「……ここもかっ――!」


 現在この施設に滞在する全メンバー十一人。僧侶とギャル、優男に大男。『主教』や『幹部』である、立場的に高位のこの四人を抜かせば、残り七人。そのうちの五人。彼ら構成員はみな、どうやら気絶していた。あの会合部屋に到達する前に教祖、ブヴォーム・ラージャンがやったのだろう。そう、大男は判断する。どうやら目立ったダメージはない。ゆえに、大男は軽い検分と、ベッドへ運び寝かせる程度の処置で、すぐに次へ、次へと向かった。


 最後のふたり、娘子、エルファ・メロディアのふたりの娘の元へ、早く行かねばならない。その義務感に焦りながら。


「ソラ……シド……!」


 ふたりの子の名を呼び、走る。世界を揺るがすほどの、大きな振動を響かせながら。もっとも入り組んだ最奥に――そこが安全ゆえに――匿ったのだが、そのため、そこへ辿り着くまでには長い道を進まねばならない。その巨体を、驚くほどの速度で動かせる大男と言えど、それには時間がかかった。あり余る時間は、不安を助長させる。


「うおおおおぉぉぉぉ――――!!」


 それを振り払うように、咆哮する。気合を入れ直し、さらに加速を――。


「見つけたで――」


 不意を、突かれた。咄嗟にガードに回した腕に、相手の腕がぶつかる。グ……。と、鈍い音が、大男の鼓膜に、内側から振動として、伝わった。遅れて、腕の痛みに気付く。


「何者だ!」


 足を止め、身構えた。腕が、抉れている。不意を突かれ、完全に力を入れていたわけではないとはいえ、この肉体を抉れるなど、極玉きょくぎょくを解放したEBNAのメイド並みの力である。そう判断し、足を止めたのだ。


「あんさんとは会ったことあるけど……解り良いように名乗ったるわ」


 女傑は初撃に使った腕をいたわるように振り、距離を取ったまま、言う。


「WBO『特別特級執行官』、コードネーム『パロミデス』、や」


 きっと無駄なんやろうけど。と、思いながらも、いちおう、言うことは言っておく。


「『異本』を渡して、『本の虫シミ』は、解散せえや。カイラギ・オールドレーン」


 隻眼左目を見せつけるように、やや頭を右に傾けて、女傑は、言った。


 ――――――――


 施設の最奥、入り組んだ道の先に、なかば軟禁のように、そのふたりの娘は、いた。


「シドー、それ取ってー」


「んー」


「……シドー?」


「んえー」


「それ取ってってば!」


「ソラうるさいー」


「うるさくない!」


「うるさいー」


『仲良ク シテ 下サイ. ハイ. ソラ』


 そして、その機体も、ともに。その機体は今年九歳と八歳になる娘の体よりも、やや大きい球体を基本の形とし、そこから適宜、機械である体を操作しては、子どもたちをあやしていた。


「ありがと、エフ。いいこいいこ」


 姉の方が機体を撫でた。ブウウ――ン。と、内蔵されたファンを回して、機体は反応する。そして、


 確カニ 少シ .と。機体は、そのように。


「……ここか、のう?」


 ほどなくして、その『音』は、到達した。別の『音』も、まだ施設内で、正常ではない様子で右往左往と、騒がしい。そのうちの、ふたつ。


「ここが、エルファさんの……?」


 女流と、遅れて、幼女が、現れた。部屋に入る直前で、足踏みをして、様子をうかがっている。だから――


『ナニカ 御用デスカ?』


 機体は臨戦態勢人間のような姿に変わり、彼らを威圧的に、見下ろす。さきほどの女傑もたいがい大きかったが、こちらの姿は、人間を超えていた。体長、三メートル弱。天井にも届きそうな大きさを屈めて、LEDが輝く視線を、向けてくる。その威圧に、幼女は一歩、引いた。


「そなたが、『EFエフ』か」


 だが、臆することなく女流は、語りかける。


「現代人が到達した機械生命体の力、見せてもらおうか。のう」


 そして不敵に、笑った。


 ――――――――


 煙のような霧が、場を占領していた。赤紫の霧。それは血液のように吹き出し、空間を充満する。すべてを、隠すように。


「やれやれ、健在だねえ。こんなじじいには、ちと荷が勝ちすぎてるか」


 言葉とは裏腹に、余裕も綽々に、妖怪は待った。小柄な、初老の男だ。かなり薄くなった白髪。赤黒い肌。皺くちゃにつぶれた表情。額に走る横一文字の傷。その身に纏うは、インド人男性の伝統衣装、白いクルタ・パジャマだ。かなりゆったりとしたサイズ感の、上着とズボンで、まるで武術家のような装いとも見える。


 そんな妖怪と、すでに魔法少女に変身したギャルを隔てる霧。それが徐々に晴れて、に戻っていく。開幕一番、胸を貫かれた、僧侶の体へと。


「いきなりなにするんですか。びっくりしましたよ」


 何事もなかったかのように、僧侶は言う。まるで見間違いのようにあっけらかんとしているが、見るに、その胸元には、大きな穴が空いていた。……外に纏う、黒いローブにだけ。内側の肉体には、傷ひとつない。


「本当に、忌々しい。どうやったら死ぬんだい? 世界でもたったひとり。生まれながらに極玉をその身に宿した――吸血鬼ヴァンパイア。タギー・バクルド」


 低い声で、妖怪は言った。


「おまえ吸血鬼のくせに毛根死んでるって? やかましいわっ!」


 おどけながらも真剣に、僧侶はひとりでボケとツッコミを担当する。そして、一撃。


「そしてハゲじゃない、スキンヘーッド!!」


 渾身のハゲ頭を、妖怪に叩き付けた。



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