四散五裂する。
もとより露出の多い服装ではあるが、それらが千々に千切れ、小麦色の肌が露わになる。……かと思いきや、彼女の周囲には、輝く謎のリボンがはためき、絶妙にその姿を隠していた。
顔を彩る多彩なメイクも消えていく。つけまつげやアイシャドウ、赤いリップクリームに至るまで、その肉体に塗りたくられたすべての塗装が剥がされて、彼女本来の姿へ変わっていった。
金髪巻き毛のツインテールも解け、徐々に色が戻っていく。彼女の元来の髪色へ。わざわざサロンで焼いた肌も、生まれたてのように白く、つるんとたまご肌に還り、それから――。
それから、ひとつひとつ丁寧に、新しい姿が構成される。
白を基調とした、可愛らしい服装。手首にフリルのあしらわれた、白のグローブ。両足を踏み鳴らせば、膝まである編上げのロングブーツが現れる。くるん、と一回転。体を捻れば、魔法のように一瞬で、その姿は純白のドレスに覆われた。たくさんのフリルや七色の宝石があしらわれた、地を擦るようなロング丈。だが、前面は大胆にカットされ、真っ白に生まれ変わった太ももが覗いている。また、そのフリルは、多くが純白だが、一部、カラフルに染まったものもあり、全身としてわずかにグラデーションがかかっていた。
右手を掲げれば、そこへ、定められたように真っ白なステッキが現れ、握られる。ステッキの先には、七つのカラフルな宝石が煌めき、それぞれがそれぞれに、輝きを放っていた。それで頭部を軽く小突けば、またも七色の、美しく瑞々しい花々で編まれた、花輪の形の頭飾り。それが彼女の姿を完成させ、横ピースとウインクで決めポーズ。
「雨降って地固まる! 曇天突き抜け、みんなに、夢と希望を届けるよぉ! 魔法少女、マジカル・レインボー!!」
もはや『ギャル』という二人称では通用しない身なりで、ギャルは、決めゼリフをキメた。
*
『きゅるん☆ 魔法少女 マジカル・レインボー☆』
2000年四月から2003年三月までの三年間、日本で放送された、日曜朝の魔法少女アニメ、『きらん☆ 魔法少女 マジカル・レインボー☆』の、二次創作作品。それは、日本で、盆と年末に行われる、世界最大規模の同人誌即売会にて販売された、漫画作品である。
とは言っても、ほとんど売れなかったらしい。販売元のサークルも、即売会初参加で知名度も低かったことが原因した。もとよりさほどの数を用意していなかったとはいえ、売れたのはその、一割ほどだったという。
すべての冊子にシリアルナンバーを入れたその作品は、その後も日の目を見ることはなく、サークル自体が数年後には解体、消滅した。そして、そのうちの一冊が、『異本』となる。
シリアルナンバー。幻の000番。それは、サークルの長が自身の保存用として用意した、特注品。しかし、サークルが解体したころにはサークル長の熱意もすっかり冷め、その一冊についても適当に手放されていた。
それが、いつしかいろいろな人々の手を転々と渡り、やがて、その『因果』が、その一冊を『異本』へと昇華させた。まさしく、魔法のように。
*
地に手をつき、うなだれる男性陣。というより、転げ回っていた。
「ぶわっはっはっはっは……ひ、ひいっひっひぃっ!!」
「ふふ……ふははははははは! は、はひぃっ……!!」
呵々大笑である。迫りくる危難も忘れ、人目もはばからずの大爆笑。それはもはや、生命の危機にも近しい、過呼吸をもたらしていた。
「笑うなよぅ!!」
当の本人も地団太を踏み、そのフリフリのスカートを震わせて、抗議した。ずびしっ、と男性陣に、その真っ白な指先を向ける。
「顔……顔が……く、くくく……顔うっす!」
笑い涙を流しながら、男は指を差し返し、言った。
確かに、普段の濃いメイクは綺麗に剥がされている。ギャルの顔はもはやギャルとは呼べず、清楚な少女のようなあどけなさを湛えていた。
「変身したら剥がれるんだから、仕方ないだろぉ!」
ギャルの理不尽への抗議も、男性陣には届かない。
「き、決めポーズが……ふひっ……セリフが……はっ、くはははは!」
ぼよんぼよん、と、泡の地面を叩きながら、優男も言う。こちらはさらに重症で、呼吸すら危うく、転げ回っていた。
「口も体も、勝手に動くんだよぅ! こういうもんなんだから、笑うなよぅっ!!」
全力の叫びも、笑い声に掻き消える。だから、もはや疲れてきた。
まあいいや。どうせすぐに、笑えなくなる。ギャルは思い、振り返る。
男どもは忘れているみたいだが、もう目と鼻の先に、巨大な敵が、迫ってきているのだから。
*
「ぎぃやああぁぁ! アリス! 早く! なんとかしてくれぇ!」
爆笑のノリが残っているのか、男は普段以上に騒々しく、叫んだ。
「めっちゃ笑ってたくせに、こういうときだけ頼るとか、ムシがいいにゃあ……」
嘆息する。だが、確かにもう時間がない。文句は、あとで言おう。
思って、ギャルはステッキを振り上げる。
「火は、効かないんだっけ?」
問う。というよりは、ただほのめかすだけに。その手段も選択できたことを、保留して。
「静穏の藍。『コールド・ヒール』。〝累氷滅花〟」
藍色に輝き、ロングブーツのヒールを鳴らして、地面を蹴る。すると、踏み鳴らした位置を起点として、放射状に冷気が広がった。それは、世界を瞬時に凍らせて、氷の花を咲かせていく。
ウタカタの、地面に近い部分は凍てつき、動きを止めた。だが、冷気が足りないのだろう。まだ、地面から高く掲げられた上部は、蠢き、攻撃態勢を保ち続けている。
「うにぃ……届かないにゃあ」
振り上げられたウタカタの動きは、下半分が凍てつき、動きを止めてもなお、愚直に、振り降ろされようとしている。無理がたたり、凍った部分にひびが入った。それでもなお――それゆえに順当に、男たちに襲いかかる寸前だ。
「慈愛の橙。『ロック・ハート』。〝牢閑塊〟」
胸元でハートの形を、その両手で作れば、橙色に上半身のドレスが煌めき、地面を揺らす。すると、泡しかなかったはずの地面から、土石で構成されたふたつの巨大な柱が、ウタカタの落下を支えるように伸びた。
だが、ウタカタは着脱自在。受け止められた瞬間に、凍っていない部分は分散し、小さな泡の群れとなり、土石の柱を伝い、なお向かってくる。
「思ったより、しぶといやつらだねぇ」
口元は緩めたまま、まだ余裕そうに、ギャルは呟く。
「純粋の緑。『ウインド・ウインク』。〝旋風狂い〟」
次は、ウインクだ。失われたまつ毛が足りないから、どうにも地味だが、そのしばたきから輝きが漏れ、風を誘う。
いや、それはただの風じゃない。そこにある大気を極限まで尖らせた、見えない刃。それは凍ったウタカタごと――どころか、さきほど生成した土石の柱ごと、向かってくるウタカタを切り刻む。
ボタボタと、刻まれ、柱から落ちる、ウタカタ。その大部分は、最小単位以下までその身を縮め、動きを止めた。だがまだわずかに、十数体の個体が生き残り、やはり愚直に、男たちの方へ向かってくる。
「……んむぅ、なんだかもう、めんどくさくなっちゃった」
ギャルは言うと、薄い顔をゆがめて、両手でなにかを掬い上げるように、掲げた。
「永劫の紫。『ジュエリー・ボックス』。〝無間獄迎宴〟」
その両手に浮かぶは、紫に輝く、豪奢な長方形の箱。その両手にちょうど乗るくらいの大きさのそれは、ゆっくり回転しながら、徐々に持ち上がり、空に登っていく。
その上昇につれて、錯覚のようにじわじわと、そのサイズは大きくなる。かと思えば、ある高さで上昇は止まり、いきなり一気に、巨大なまでに拡大した。
それは、変わらず紫の光をぼやけさせるから、どことなく棺桶のようで。それが、ギギギ、と、錆び付いた音を奏でながら開くと、強大な引力が、周囲のウタカタを纏めて吸い込んだ。土石の柱の残骸や、ウタカタから剥がれ落ちた氷片は残したまま。ウタカタのみを飲み込み、蓋が閉じる。
すると、巨大化したときの逆再生のように、それは縮小し、ギャルの両手に戻っていった。
「はい。おっしまい☆」
魔法のように両手を合わせると、その内に箱は消え、次に手を開くと、もはやなくなっていた。そこに入れられたはずのウタカタも、もちろんいない。跡形もなく消えた。あの巨大な、ウタカタの群れが。
「んでぇ。ふたりとも、あたしになにか、言うことがあるよねぇ?」
ニコニコと笑みを浮かべているが、底知れぬ圧を携え、ギャルは、大爆笑していた男性陣二人に詰め寄る。
「「あ、ありがとうございます」」
だから、二人はシンクロして、土下座する。
ふっふ~ん。と、胸を張るギャルの、ふりっふりのスカートが、小さく揺れた。
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