「ひ、ひぃぃぃ!た、たた助けてくれぇ!い、命だけは……!」
部屋の隅に追い込まれた青髭の男は、一瞬で仲間達を殺した子供へ必死に命乞いをする。
その身体に外傷は見当たらないものの、仲間の血を浴びたせいか顔も服も赤く染められていた。
「この盗賊団の人数を教えてほしいんだけど……もちろん知ってるよね?」
聞き漏らしを許さないかのようなゆっくりとした問いに、青髭は首が取れそうな勢いで頭を上下させる。
「お、俺の他は八人だけだ……!た、頼む助けてくれ!お、俺は入って間もない下っ端で……ひ、人を殺したことも無ぇんだって!」
カガリは男の悲鳴のような命乞いに眉一つ動かさず、右手の人差し指を向けた。
「全部で九人?本当?」
指を男の顔に向け、カガリが静かに問いただす。
「ほ、本当だ!も、元々は小さな傭兵団だったとかで、お、俺も働き口が無くて森で死のうと彷徨ってた時に見つかってよ!へ、兵長に"命を捨てるくらいなら、ウチで雑用させてやる!"って連れてこられた……んだ……」
自分で自分が惨めに思えてきたのか、徐々に青髭の表情が力を失くしていく。
その姿にカガリは少しだけ同情する。
(嘘をついてるようには見えないけど、とりあえずやるだけやるか)
人差し指を構えた。
「"曝け出し、吐き出せ……自白の聖法、ベラド"!」
「ひ、ひぃっ!」
カガリの人差し指に、鈍い紫色の光が纏わりつく。
「そう言えば、キミは何処の国から来たんだい?」
「え、えっ?」
殺されると思っていた青髭は、突然の質問に戸惑う。
「この森で盗賊になる前は何処にいたの?」
カガリがもう一度聞く。
「お、俺はロンダバオの生まれで温泉宿の下男をやってて……し、仕事の覚えも要領も悪くて……お、女将さんや他の女中達に毎日馬鹿にされててよ……そ、それであの日、し、仕事終わりに酒を飲んでたら俺を嫌う女中に嫌味をクドクド言われてつい……」
「……つい?」
男の言葉にカガリは眉をひそめる。
「お、思いっきり顔を引っ叩いちまったんだ!」
泣きじゃくる男。
「ま、マズいと思った時にはもう遅くてよ……!じ、女中が大声で騒ぎ出したもんだから、お、俺はそのまま走って逃げ出して……」
肩を落として項垂れる男。
「い、行くあてもなくて腹も減って……も、もう死んじまおうって森に入ったんだ!」
それだけ話して、青髭は沈黙してしまった。
「なるほど。そんな事があったんだね」
自白の内容が想像していたものと違ったことにカガリは安心し、自白の聖法を解いた。
「もしキミがボクの出す条件を飲めるなら……キミを見逃しても良い」
その言葉に青髭は驚いた表情を見せる。
「ほ、本当か!?」
「勿論、条件を飲むなら……だけどね」
カガリの言葉に、男は再び頭を上下に振る。
「わ、わかった!な、なんでもするっ!」
「いい返事をもらえて良かった。キミ達が盗んだ物を置いている場所はどこ?」
「そ、倉庫ならこっちにある!つ、着いて来てくれ!」
男は震える膝を手で抑えながら、ゆっくりと歩き出す。
足の遅さに若干の苛立ちを感じつつも、カガリは無言で付いて行った。
「こ、こっちだ……す、少し暗いから気を付けてくれ」
青髭の案内で歩き続け、カガリは他の部屋より一際大きな部屋に入った。
「へ、兵長の部屋だが、か、帰って来てない今の内に……」
兵長が二度と帰って来ない事を伝えるべきか悩んだが、カガリは黙秘することにした。
「ぬ、盗んだ物はいつもこの部屋からだけ入れる隠し部屋に仕舞ってるんだ」
青髭はしゃがみ込み、机の下に手を入れて何かを探す。
「あ、あった!」
カチッ
ゴゴゴゴと硬いものが擦れ合う音がして青髭が立ち上がる。
「こ、これで岩が動くようになるから……」
部屋の壁からせり出していた岩を青髭が押すと、岩が抵抗なく横に滑り奥に通じる道が現れた。
「こんな仕掛けをわざわざ作るなんて……。よっぽど用心深い人だったんだね」
もうこの世に居ない男を偲ぶようにカガリは呟く。
「明かりが無いけど、いつも真っ暗なままで運び込んでたの?」
「ち、ちょっと待っててくれ……た、松明に火をつけるからよ」
男は火打ち石を取り出して壁掛けの松明に向けて石を鳴らした。
二回、三回と鳴らすと松明に火が灯って周囲が照らされる。
松明の明かりに照らし出された宝石や金貨銀貨を見回した後、カガリは盗品に近づき物色し始めた。
箱を開け、被せてあった布を横にどけて箪笥の引き出しも開けていく。
全体の半分ほどを物色したかという頃、カガリの動きが止まった。
「……あった!」
探し物が見つかったのか、カガリは手にした赤い何かを懐に仕舞う。
「盗んだのがキミ達で運が良かった。善意の第三者が拾っていたら話がややこしくなるところだったし……」
ジッと動かずに待っていた青髭を見る。
「これでボクの目的は達成できた。キミはこれからどうするんだい?」
青髭は少し辛そうな表情をしたが、カガリの問いに声を絞り出すようにして答えた。
「お、俺は……ま、周りに流され続けてこんなとこまで来ちまった……だ、だけどこれからは、こ、心を入れ替えてやり直そうと思ってる……!」
辛そうな表情は変わらないが、その声には少し決意らしき力強さが見え始めていた。
「ふぅん……。キミがそう言うなら、ここは信じて見逃すことにするね」
青髭が大した悪さをできる男ではないと考えるカガリは、無感動な表情で出口へと向かう。
「キミ達が奪った鬼馬はボクが乗っていくけど……もし他の国に行きたいなら一緒に乗せて構わないよ?」
歩いて国を渡るのもひと苦労だろうと、カガリは青髭に提案した。
「い、いやいい……あ、あんたはさっきの子供二人と合流するんだろ?だ、だったら俺と一緒じゃない方が良いだろうし……」
「だろうし?」
「い、今は少し|一人になりてぇ」
そう話す男はどことなく何か吹っ切れたような表情だ。
「ふうん?もし、また会った時はキミが真面目に働いている事に期待するよ」
男を背にしてカガリは隠れ家を後にした。
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