「カガリ……街まであとどのくらい……?」
木の根が剥き出しの道なき道を、僕達はかれこれ二日ほど歩き続けていた。
「この調子で行けば予定通り、あと四日だね~。」
"予定通り"の言葉に安心感を覚えるが、それでも残り四日は歩き続けるという事実に気が重くなる。
横を歩く灯花はと言うと。
「おっ!ユウ氏!なにやら見たことの無いキノコ的なものがショッキングピンクの花から生えてるでござるよ!」
小屋を出てからずっとこんな感じだ。元気すぎて正直鬱陶しい。
元々、自他ともに認めるスーパーアスリートな灯花は僕よりずっと体力がある。
それでもこれだけ高いテンションを維持できているのはここが異世界だからなのだろうか?
「ユウ氏ぃ!せっかくのファンタジー異世界なのに楽しまないのは損ですぞ!この世界に無い新たな知識でサクッとひと財産を成す事だって可能なのでござるから!」
「……具体的に、どんな知識で儲けるつもりなんだ?」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、灯花は得意気な表情をする。
「拙者が昔読んだ異世界モノで登場した由緒ある方法……。それはっ!」
「それは?」
「マヨネーズを作って売りまくっ」
「二人とも、ちょっと来て!」
灯花が何か良からぬ企みを披露しようとする直前に、カガリがいいタイミングで声をかけてきた。
手招きされるまま静かに近付き、木の陰からカガリが指差した方向を覗く。
「誰かが争った形跡がある……」
たしかに壊れた木箱や車輪、動物の毛のようなものが散乱している。
「あれは……」
「お、おい灯花!」
灯花は苔の生えた地面の一点を見ながら、そこへ吸い寄せられるように近づいて行く。
「カガリ氏、ここだけ他と色が違うでござるが、やはりこれは……」
カガリが頷く。
「うん……血の跡だね」
血痕の残る部分を、カガリは落ちていた木の棒で擦った。
「血は乾いてるみたいだから、ある程度の時間が経ってるとは思うけど……」
血痕の広さを見る限りだと、致命傷じゃなくてもかなりの大怪我をしているように見える。
「やはり、人の血でござるかな?」
灯花に聞かれてカガリは考えこんだ。
「これだけじゃなんとも言えないかな……動物の毛みたいなものも落ちていたし、傷を負ったのも人じゃなかったのかも」
それを聞いて二日前の出発時にしたカガリとの会話を思い出す。
「カガリ、"縄張りの隙間"を進んでいても襲われることってあるの?」
例の獣に囲まれて襲われたら……。考えるだけでも背筋がヒヤリとする。
カガリは手帳を取り出して、何かを確認しつつ答える。
「いや、縄張りの中に入らない限り樹獣は人を襲わないし、この辺りは縄張りの隙間でも比較的広い隙間だから大丈夫。ただ……」
カガリは散乱していた動物の毛を拾うと、手帳のページをじっと見つめる。
「これは樹獣が人を襲ったような、そんな単純な話じゃ無いのかも……」
「どういうことでござるか?」
「落ちていた毛は、樹獣のものとは毛質も色も違う……多分、落ちている木箱なんかから考えて荷物の運搬や騎乗用の鬼馬じゃないかな」
荷物を運搬……家畜みたいな生きものか?
「その鬼馬ってやつに乗ってた人が縄張りの中から逃げてきて、ここで樹獣に襲われたんじゃないのか?」
「近道をするために縄張りを通るなんて余程の素人だし、仮にそうだったとしても木箱の中身が全て無くなっているのは変だよ」
"侵入者への攻撃"が目的なら荷物までは奪わない……ってことか。
「引きずったような痕跡も無いから、これは樹獣の仕業じゃない……つまり」
カガリの顔がいつのまにか険しくなっている。
「これは人が人に襲われたんだ」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!