泉のほとりに着いた僕達は馬を止め、焚き火用の枯れ枝を集めていた。
「それにしても、今日に限ってなんで焚き火をするんだろ?」
これまでは昼間に歩き、夜は三、四本の木にヒモをぐるりと 回して布を被せた簡易テントで眠った。
最初、テントを張るカガリを見ていた灯花は「オー!ジャパニーズニンジャ!」などと意味不明なハイテンションで騒ぎ始め、カガリの真似をして自分と僕のテントを素早く張ってくれた。
焚き火の理由を考えるなら恐らく……お風呂?
それなら水場を野営地に選んだのも納得できる。
三日も入らなければ流石に色々と臭うし……。
「風呂かぁ」
汗や汚れを落としたい気持ちはあるものの、ここには灯花という年頃の女の子が居るわけで。
(……っていうか、カガリはどっちなんだろう?)
一人称から男と決めつけていたけど、本人から聞いたわけでもなければ特に確認をしてもない。
長い髪に高めの声……しかし見た目が子供なので外見から判断するのは難しい。
僕は頭を抱えた。
もしカガリが男だったら、僕とカガリの二人で入るだろう。多少気は遣うけど、それなら何事も無く終わる。
問題なのはカガリが女だった場合……つまり、僕が一人だけで入る事になった時だ。
間違いなくヤツが来る。
「ユウ氏、枯れ枝集め終わりましたぞ~」
前が見えているのか怪しいくらいの、身長以上の高さに積み上がった枯れ枝の山を抱える灯花。
「お、おう。じゃ、カガリの所に戻るか」
「灯花ちゃんすごいね……!」
カガリも予想外だったのか、大量の枯れ枝に驚く。
「ムフフ……!拙者はすごいでござろう!」
褒められてドヤ顔の灯花。
「カガリ、枯れ枝をこんなに集めてどうするんだ?」
「うん、こんなには必要なかったんだけどね」
少し引きつった表情から普段の顔に戻ってカガリは話す。
「これから二人のどちらかに"洗礼"を受けてもらいたいと思っててね」
予想していなかった答えに僕だけでなく灯花も驚く。
「予定外の盗賊との接触でボクは聖法を使うための法力を消耗してしまった。だから、もしもの時のために二人のどちらかに”洗礼”を受けて聖法を使えるようになってほしいんだ」
「…………?」
「…………?」
あまりに突然の話に頭がついて行けなかった僕と灯花は、何も言えずにお互いの顔を見合わせていた。
「……二人とも?」
「カ、カガリ氏?聖法とはそんなに簡単に使えるものなのでござるか?」
戸惑いを隠せずにいながらも、灯花が質問する。
「"洗礼の儀"を受ければね。使えるようになる聖法は儀式を担当する聖法使い次第だけど」
僕としては、異世界という非日常に対してあまり恐怖を感じてない灯花が適任に思える。
「拙者とユウ氏の二人で儀式を受けた方が使い手が増える分、効率的なのではござらぬか?」
「儀式に使う"聖王樹の灰"は貴重品で、ボクが持ってるのも一回分だけ……。だから二人一緒に使うには量が足りないんだ」
カガリは少し残念そうな表情をする。
恐らく、カガリも出来ることならそうしたかったのかも知れない。
「ボクとしてはユウ君に頼もうかと思ったけど……どうだろう?」
僕に向けてカガリが問いかける。
「うーん……僕よりも灯」
「やはり!ユウ氏は凄いでござるなぁ!」
清々しいほど強引に、灯花が横から言葉を割り込ませる。
「灯花?」
「男の子憧れの魔法使いになれるチャンスを、こうもしっかりと引き当てるとは……拙者も是非その強運にあやかりたいものでござる!」
どうしていきなり灯花が割り込んできたのか、ここまで言われて僕は気付いた。
「で、でも灯花……」
言いかけた僕の口を灯花が人差し指で抑える。
「ユウ……やりたい事があっても自分より周りを優先させるとこ、カッコよくて好きだよ。でも、今はユウのしたいようにして良いんだからね」
いつもと違う雰囲気の言葉から感じる優しさは、今まで見てきたどの言動とも程遠い……灯花から僕への叱咤激励のようだった。
「ユウ君に"洗礼の儀"を受けてもらうって事で……良いんだよね?」
不安そうな表情のカガリ。
ここまでお膳立てされて引き下がるわけにはいかない。
パンッと、僕は自分の顔に 手を当てて気合を入れた。
「うん。洗礼は……僕が受ける!」
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