「えっと、まずは自己紹介から……ボクの名前はカガリ。世界中を旅して回ってる旅人だよ!」
カガリと名乗った子供は元気よく自己紹介をした。
「僕が天海 夕、でこっちが……」
「稲代 灯花でござる!カガリ氏は日本人っぽく見えないのでござるが、もしかしてハーフなのでござるか?」
「おい灯花……いきなり失礼だろ」
灯花は疑問に思ったことをすぐ口にしてしまう。
向こうにとっては踏み込まれたくない質問かも知れないし、なにより子供とはいえ初対面の相手だ。
「ニホン……さっき、アマガイ?君も言ってたけど、それは何処の国なの?」
いくら外国人でも今いる国のことを知らないはずはない。
ここが日本じゃないなら、きっと僕らは眠っているあいだに外国へ連れて来られたかしたんだろう。
となると、さっきの動物はなんだ?生物兵器?実験動物?
連れてこられた僕達も同じように人体実験でもされるのか?
「……日本は拙者たちの住んでる国でござる」
考え込んでいた僕を見て、灯花が代わるように話しだす。
「小さな島国で、拙者たちは学校に通う普通の学生だったのでござるよ」
「島国……ウオスマの事かな?でもニホンって言う場所は聞いたこと無いなぁ……」
灯花の話を聞いてもカガリにはいまいちピンときていないようだった。
「カガリ……くん?この国の事を聞いても良いかな?」
「カガリで良いよ。今いる場所はカヤノク大陸の中心から北東の……ドラグ・コトラとラルニオンの中間地点にある"記憶の森"だね」
全く知らない大陸の名前と、恐らく国名であろう単語を聞いても僕には何も解らなかった。
「ユウ氏……これは恐らく…………」
灯花が何かを理解したような顔をしている。
「異世界転移ってヤツですぞ!」
何も解っていなかった。
「灯花……僕たちは知らない国に連れてこられて、実験動物が放し飼いにされてる危険な場所で生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ」
灯花にオタク趣味があるのは知っていたが、現実と空想の区別がつかなくなる程とは思っていなかった。
「うぅん……。確かにユウ氏の考えは間違いとは言い切れないでござるが、それだといくつかの疑問点が出てきますぞ」
そう言うと灯花は席を立ち、腰の後ろで手を組みながら部屋を歩き回り始めた。
「まず、……拙者たちを実験に使うのなら、なぜ研究施設のような場所ではなくこんな森の中に放置したのか?」
歩き回りながら疑問を口に出す。
「そもそも、倒れていた所にカガリ氏が来てくれてなかったら、寝たままあの犬に食べられていたでござろう」
「そんなの、そういう実験をするためだったのかも知れないじゃないか」
そもそもアレは犬だったのか?
「わざわざ、外国で人攫いをするという大きなリスクを犯して、せっかく手に入れた実験体を犬の餌にするのはかなり不自然でござる」
それは……確かに。
「大体、日本なんかじゃなくても人体実験ならお金で解決できる国もあるはずでござるし……」
リスクの低い国でやった方が合理的で後腐れもない……か。
「それに、カガリ氏はここが”大陸”と言ってるでござる」
カガリの方を向くと、僕と目が合ったカガリが頷いた。
「大陸と言えば、ユーラシア・アフリカ・南北アメリカ・オーストラリア・南極の6大陸でござるが、カガリ氏が言う"カヤノク大陸"なんて名前は聞いたことが無い……」
カガリが嘘を言っていたり、そもそも騙されてるんじゃないのかと聞こうとしたが、灯花に手で制される。
「ユウ氏の言いたいことはわかるでござるが、それでも説明できない出来事を拙者たちは見てしまったのでござる!」
灯花はカガリをちらりと一瞥して続けた。
「先程、拙者に今にも襲いかかりそうな巨犬を追い払う際にカガリ氏が使った魔法でござる!」
カガリが犬に対してやったように灯花が指を振る。
「これらの事から、ユウ氏の言う"拉致説"より"異世界転移"の方がずっと現実的なのでござるよっ!」
言い終えると同時に、灯花は拳を高々と掲げた。
「……まぁ、灯花がそこまで言うならそうなんだろうよ」
灯花は昔から何かと頭がキレるしカンも鋭い。
今は下手に僕が常識的な考え方をするよりも、灯花の知識に任せたほうが良いのかもしれない。
「で、"異世界転移"ってなんだ?」
灯花が言う聞き慣れない単語だから、多分アニメやゲームの言葉なんだろうけど。
「"異世界転移"とは、自分たちの居た世界から別の世界に飛ばされる事でござる。ファンタジーな世界に飛ばされる場合もあれば、科学技術が大きく発展した世界に飛ばされる話もあるでござるな」
「灯花がそれだけ詳しいって事は……」
「もちろん、最近読んでるライトノベルの知識でござる!」
へぇ、意外に小説なんかも読むんだな。
「えっと……少し良いかな?」
それまで灯花の話を大人しく聞いていたカガリが口を開く。
「話を聞いた感じだと、二人はここからずっと遠くの国から来た……のかな?」
僕は少し戸惑いながらも頷く。まあ、外国だろうし近くはないだろうし。
「樹獣も聖法も知らないみたいだし、もしかして海の向こうの果てにあるボクの知らない世界の住人……」
カガリは懐から取り出した分厚い手帳のようなものをパラパラと捲りながら話す。
「色んな国を旅して調べたんだけど、この大陸で育つ樹はどれも塩水に弱くて海を渡る船には使えないんだ」
手帳の一部を指差しながら説明をするが、見たことのない文字で書いてあるせいで内容がわからない。
「ボク達は子供の頃から"海の向こうには誰も知らない世界が広がってる"って話を聞かされて育ってきてね……」
手帳を閉じるその姿はどう見ても子供なのだが、野暮なことは言わないでおく。
「つまり、もし二人が海の向こうからボク達の知らない方法でやって来たのなら……」
カガリは子供のように目をキラキラさせながらこちらを見ている。
「あ~……カガリ、悪いけど僕達もどうやってここに来たのかわからないし、それに……」
「どうやったら戻れるのかもわからないのでござるよ」
わかってたらさっさと帰ってバイトに行ってるし。
それを聞いたカガリは少し落胆した表情を見せる。
「灯花、その最近読んだ小説だと、どうやって元の世界に戻ってるんだ?」
「アレは主人公が気が付くといつの間にか異世界に来ていたパターンでござるし、そもそも完結してないからまだ元の世界に戻ってもいないのでござるよ……」
ここが異世界なら続きも読めない……か。
打つ手なしの状況にため息をつく僕と灯花を見て、カガリがまた手帳を開いて何かを探す。
「ここと違う"異世界"……」
何かを呟きながら手帳をめくる。
「昔、師匠がそんな秘術があるとか言っていたような……」
"秘術"という単語に灯花が食いつく。
「それはどんな魔法でござるか!?だったらカガリ氏に使って貰えれば帰れるかも知れないのではっ?」
カガリが魔法らしきものを使うところは見たし、確かにそれがいちばん現実的なのかもしれない……。
「ボクが使えるのは"聖法"だからね……。人界で魔法を使えるのはごく一部の人達だし、魔族みたいに高い精度の使い手|なんて存在するのかもわからないし……」
"魔法"と"聖法"という二つの言葉に、僕は興味を持った。
「カガリ、その聖法って言うのはなんなんだ?」
知らないことが多すぎるから、疑問に思ったことはすぐ聞くことにしよう。
「聖法は光の神の洗礼を受けた者が使える"人を超えた力"で、怪我や病気を癒やしたり、心を落ち着かせたりする力だよ」
「ふむふむ……回復とバフ担当の僧侶系のジョブでござるな」
心を落ち着かせる……さっきの犬に使ったやつか。
「そう言えば、あの犬はなんなんだ?見たこと無い生き物だったけど」
ライオン程の大きさに六本の足なんて動物、一度見たら忘れるわけもない。
「あれは樹獣って言って、この大陸の色んな所に生息する動物の一種だね」
樹獣……。
「街に行けば人間に慣らされたものもいるし、怒らせたりしなければ害の無い生き物だよ」
なるほど、僕達の世界で言うまさに”犬”みたいなものか。
「……そろそろ出ようか。別の樹獣が集まってきたら面倒だし」
カガリは手帳をリュックに詰める。
「カガリ氏……もし良かったら、拙者達も一緒に連れて行ってはくれぬでござらんか?」
灯花がおずおずと尋ねる。
さっきみたいな謎のデカい生き物に囲まれたら困るし、なによりカガリと一緒の方が安全だろうと僕も思う。
「……?もちろん、丸腰の子供二人を置いて行けるわけないよ。ボクについて来てもらう形になるけど良いかな?」
どのみち行くあてもわからない状態なので、そのままカガリに近くの街まで連れて行ってもらおう。
「それじゃ、よろしくお願いします。……ところで、どのくらいで次の街に到着するのかな?」
車やバイクなんて無いだろうから、恐らく徒歩だ。
新聞配達のバイトもしてたから体力には自信あるけど……。
「樹獣の縄張りの隙間を通って進むから……」
カガリが指を折りながら数える……。
「ざっと六日かな」
一週間近くも歩くのは予想外だった。
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