「二人共、街に着いたよ」
カガリの声で僕と灯花は起きる。
周りを見まわすと、大きく堅固そうな石の門が見える……どうやらこれが街への門らしい。
門番らしき屈強そうな男が両脇に立っている。
「ユウ君、街に入る前にこれに着替えて」
渡されたのは薄緑色の布の服。
お風呂に入れていなかったことを思い出して、いそいそと着替える。その間、灯花はこっちを舐めるような視線で見ているが無視だ。
「着替え終わったかな?じゃあ”清めよ アニモ”」
指先から飛んできた水色の光が僕の体と脱いだ制服に沿ってグルグル回る。光が消える頃には汗臭さと身体にへばりつくようなベタベタ感や泥汚れが消えていた。
「聖法ってホントに便利だね」
「ユウ氏も使えるようになったでござらぬかw」
言われてみればそうだった。ふと気付いたが灯花の服はフード付きで僕のと少しデザインが違う。
そうこうしているうちに門に着いた。
「どうも、お疲れさま」
カガリが門番に挨拶をして中をくぐると、小屋から鎖帷子を着た茶髪の男が近づいてきた。
男は手に鉛筆と木でできたバインダーのようなものを持っている。
「これはこれは、カガリ様じゃないですか」
「お久しぶりですチャノさん。ただいま戻りました」
どうやらカガリの知り合いらしい。
「歩いて出発されたのに、鬼馬でのお帰りですか?」
チャノと呼ばれた男は馬を優しく撫でながら話す。
「森の中で盗賊と出くわしちゃってね。盗品らしい鬼馬がいたからこっそり拝借しちゃった」
「さすが御使い様。後ろの御二方は?」
チャノさんはこっちを不思議そうな顔で見てる。
「金髪に褐色の肌……?売り飛ばされそうな子供でも助けたんですか?」
僕達の姿を不思議に思ったらしい。金髪はこの世界だと珍しいのだろうか?
「ん~、まぁそんなところです」
説明をするのが面倒だったのか、カガリは言葉を濁す。
「何か事情があるようですが、御使い様なら心配いりませんね」
そう言うと、チャノさんは紙にサラサラと何か書いて小屋に戻った。
「それじゃ行こうか」
カガリは再び馬を歩かせる。
荷車の後ろから顔を覗かせると、小屋の中のチャノさんと目が合った。
「とりあえず、手でも振っとくでござるか?」
そう言うと灯花は軽く手を振り、僕もなんとなく手を振った。
「おぉ、振り返してくれたでござる」
どうやら悪い人ではなさそう。
「さっき男の人と話してたのを聞いてたんだけど、"御使い様"ってなに?」
僕はカガリに聞く。
「仕事での階級みたいなものだよ。ドラグ・コトラは聖王国と関係が深いから、それなりの階級だと色々と融通を利かせてくれるんだ」
「ふ~んそうなんだ。それでこれからどこに行くの?」
異世界の初めて来た街に、僕の心は少なからずワクワクしている。
「大使館だよ。まずは仕事の報告をしないとね」
大使館……海外旅行の経験が無いからそんな場所に入るなんて初めてだ。
「いやぁ、それにしてもカガリ氏が"御使い様"なんて呼ばれているとは……やはりここは異世界なんでござるなぁ」
灯花が感慨深げにうんうんと頷く。
「二人の居た世界には無かったの?」
「少なくとも一般的ではないでござるな。一部の宗教団体の中でならそういうのもあるかもでござるが」
「へぇ……。だったら洗礼や巡礼ってどうなってるの?」
「僕達のいた国はそこまで宗教との結び付きが強くなかったから、そういうのはほとんどやってないかな……」
お遍路さんは巡礼になるのか?
「この世界とは違うんだねぇ……」
文化の違いを聞いて、カガリは遠い目をしていた。
石畳の道路を進み続けて十分ほど経った頃。
「着いたよ。ここが聖王国大使館」
カガリが馬を止め、僕と灯花が降りる。
「なんと言うか……”大使館”と聞いて大きなお屋敷を想像していたでござるが、えらくサッパリした建物でござるな」
灯花の言う通り、カガリが大使館と呼んだ建物はお世辞にも"立派な建物"とは言えない物だった。
オブラートに包んだ言い方をするなら"大きめのコテージ"かな。
「それじゃ入るよ」
僕達の感想を横に、カガリはコテージ……もとい、大使館の扉を開けて中に入る。
カガリの後に僕と灯花が続いて入ると左手側に受付があり、部屋の中央には円を描きながら下へと続く螺旋階段があった。
受付後ろの部屋以外に入れそうな扉が無いのを見ると、どうやら地下がメインらしい。
「聖王様の勅命任務完了の報告に来ました」
受付嬢に何やら文字が書かれている紙と金属のタグのようなものをカガリが提出する。
「任務達成の手続きをしますので、地下の方で少々お待ち下さい」
そう言うと一人の受付嬢さんは奥の部屋に行ってしまった。
「二人はお腹減ってない?下に食堂があるからなにか食べようよ」
「それは名案でござる!」
カガリに続いて螺旋階段を降りていくと、人の話し声や何か金属同士が当たる音が聞こえてきた。
『知ってるか?今ヒュペレッドの塩が値上がりしているらしいぞ』
『ロンダバオに新しい温泉宿ができたんだってさ!』
『聖王がまた単独で外遊に行ったんだと。手配書が出てる』
『俺様がこの間、盗賊団の宝物庫にコッソリ侵入した時の話なんだけどな……』
僕が想像していた食堂とは違ったが、灯花は目をキラキラと輝かせている。木製のテーブルを囲んでベンチみたいな椅子に座った人達がコップに注がれた飲み物を飲み、皿に盛られた料理を食べて談笑していた。
「おぉ!カガリじゃないか!もうかれこれ……えっと、どのくらい空けてたんだっけ?」
赤いエプロンに黒い短髪の若い男がカガリに親しげに話しかけてきた。
「おっと?後ろの二人は初めましてだね?どちらさん?まさか新しい仲間かい?」
僕達の事が気になるのか、男はカガリを質問攻めする。
「この二人は森で迷っていたところを拾ったんだ。これからしばらく一緒に旅をすることにした」
それを聞いて男は驚く。
「え!?カガリに仲間!?いつも一人でいることで有名な”孤高”のカガリが!?」
「その呼び方はやめてって言ったでしょ!」
珍しくカガリが顔を真っ赤にしている。
「孤高?なにそ」
「いいから!気にしないで!」
僕の質問を遮るほど恥ずかしいらしい。
「テッサ!仕事に戻って!いろいろと話すことがあるんだから!」
「へいへい……」
カガリに追い立てられて"テッサ"と呼ばれた彼はカウンターへと戻る。
「二人とも何食べる?……あっ、そういえば文字が読めないんだったね」
どうしよう……と一瞬カガリは考えていたが、近くにいた女の人を呼んだ。
「フゥマちゃーん!」
給仕をしていた赤毛の女の人がその声に振り向く。
「あら、カガリじゃない!久しぶりね」
「久しぶり。この二人に何かおすすめの飲み物と食べ物を持ってきてくれる?」
「は~い、おまかせで二つね!」
女の人はそう言うと厨房の方へと行った。
「これで良し。じゃ、二人共テーブルで待っててくれるかな?食事がきたら先に食べてて良いよ」
「う~ん、至れり尽くせりでござるな……はっ!何気に初のちゃんとした異世界飯!これはレアな体験では!?」
現時点で数えきれないくらい"レアな体験"をしているだろうに。
僕と灯花は空いていた近くの席にカバンを置いて座る。
「どっこいしょ、でござる」
女の子が"どっこいしょ"はどうかと思うが、それ以前に。
「なんで隣に座った?向かいが空いてるだろ」
何故か灯花は僕の隣に座った。
「まぁ、そんなカタイ事を言わずに。拙者とユウ氏の仲じゃないでござるか」
意味がわからない。
「なんか周りからの視線が痛いんだよ!」
『金色の髪……聖王国の人間か?』
『カガリのツレだってよ』
『あの"御使い様"の?よっぽど腕が立つんだろうな』
『見たところまだガキだが……』
《おそ》恐ろしくて目を向けられないが、|確実に僕達の事を話している気がする。
「こわ~い♪ユウは拙者を一人にする気でござるかぁ~?」
こいつ、バレバレの怖がってるフリをしやがって!
「はい、お待たせ!こちら、”龍の脚亭"名物の、鼻兎の柔らか煮になりま~す!」
先ほどの"フゥマ"と呼ばれていた女性が料理を持ってきた。
少し深めの木の皿にカレーやビーフシチューのような色の濃厚そうなスープが盛られていて、所々に野菜や肉の塊が入っているように見える。
グゥゥゥ
食欲をそそる良い匂いにお腹が鳴ってしまった。
「あらあら、そんなにお腹が空いてたのね。二人はカガリの友達?隣同士に座っちゃってアツアツね!」
「ち、違います!こいつは恋人なんかじゃなくて……!僕達はただの……」
「ただの嫁でござる!!」
灯花が横から割り込んでとんでもないことを言い放った。
「ばっか!おまえ!」
驚いて二の句が継げずにいた僕を見て、フゥマさんは何を思ったのか「ウフフ。若さって素晴らしいわね」と言いながらまた厨房に消えていった。
「旦那様!お腹減ったので冷める前に食べるでござるよ!」
「誰が旦那様だ」
僕の抗議を他所に、すでに灯花は手を合わせて食べ始める体勢だ。
「あーもう……。いただきます!」
この世界で初めて食べる"料理"をスプーンらしき食器で口に運ぶ。
「……美味い!」
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