アンティークな花のアーチを抜けると、そこは西洋風の街中だった。
青々とした空の元で澄んだ空気の中を沢山の人々が歩き回っている。その中でも目を引くのは、何と言っても獣耳や尻尾を持つ種族だ。
この景色にも当然見覚えはある。ゲームのOPで流れる景色だ。
それはそれとして…マジで来たんだ、リマーナに!
ファンの皆が憧れる場所!!!
俺は今、獣様と一緒。の舞台であるリマーナ、獣様と一緒。略してけもっしょの聖地に降り立ったのだ!!!
今までは獣人って言って来たけど、ちょっと言い難いからこれからはけもっしょのファン界隈で獣人キャラを表す時に使われるべスティアの略、ベスを使わせて頂く事にしよう。
べスの皆が普通に生活してるこの空間に来れて本当に良かった…仲良くなったら耳とか尻尾とか触らせてくれたりしねぇかな…?
それにしても…
「再現度エグっ…つか思った以上にでっけぇ…」
遠くからでも存在を感じることが出来るドデカい建造物、教えられなくても分かる。
あれこそがキャティーリア学園。俺がこれから通う事になる全寮制の男子校だ。
「…そう言えば学校って建造物と建築物とどっちになるんだろ…」
そんな事を考えながら、取り敢えずは学園を目指しつつ街の中を軽く歩いて見る事にした。
このゲームでは海外を参考にしているのか、入学式は9月15日となっている。
まぁ俺は17歳から始めたから入学式には在校生として参加する事になるんだけど。
入学式は海外に合わせてるのに学年の分け方なんかは日本式って言うちょっと不思議な世界観なんだよな、けもっしょ。
ちなみに修学旅行、学園祭、体育祭、遠足、合唱コンクール、競技大会なんて言うゲームとか漫画とかで良く聞く学校行事は当然ある。
全寮制と言う事もあるのか分からんけど、ハロウィンパーティ、クリスマスパーティ、ニューイヤーパーティ、プロムとかもあったりする。俺はイベントが大好きなオタクなので今からとてもワクワクしている。
「先ずは入学式だろ?次にハロウィンパーティー…一番最初のイベントだし是非ともケイト先輩と参加してぇよな…って訳で先ずはペットショップに…いや、先ずは寝る場所の確保からか…?確か陽ノ目さんはもう寮で過ごせるって言ってたよな…?」
陽ノ目さんってだぁれ?とお思いの方の為に少しだけ時間を遡ろう。
志鴨駅の三番出口から出れば、見慣れた後ろ姿を直ぐに見つける事が出来た。俺が声を掛ける前にゆっくりと振り返った彼は恭しくお辞儀をする。
わーお!!来ましたね案内人!!!
彼は獣様と一緒。の主人公が一番最初に出会う事の出来る攻略対象者である。
だが攻略難易度はほぼMAXと言っても過言ではない。
「観音坂様、ようこそいらっしゃいました。そして、お疲れ様でした」
名前は陽ノ目 夜。年齢は不詳。
真っ白な髪を軍帽の元で緩く結び、真っ赤な組紐を吉祥結びにしたピアスを耳元で揺らす彼の涼しげな紫黒色の瞳は瞳孔に赤の十字が描かれているようだ。
真っ黒な軍服の襟元でキラリと光る襟章は赤い球を転がす金色の猫の形をしている。
ちなみにこの襟章を身につける事が出来るのは現在のリマーナでは案内人である彼のみ。
攻略する際に必須なのは職業案内人となる事。
そして彼の好感度を上げてイベントを回収。
そして最後の1つ…順を追って説明して行く。
第1段階、職業案内人になるには。
第2段階、完全ランダムで出会える彼の好感度を上げて彼の全イベントを回収する。
第3段階、彼以外の攻略対象者半分以上のBAD ENDを回収する。
このゲームではデータの引き継ぎがオートで出来るので全然マシかも知れないが、それでも職業やアイテムなんかの数は膨大である。
そして何より最後の条件は心がしんどすぎる。
俺がフられたり不幸になる位なら全然良いんだけど、ENDに拠ってはキャラが酷い目に遭ったり不幸になったりする物も多く、心が何回も折れかけて陽ノ目さんの攻略を諦めようかと何度も思った…だがしかし完全コンプを目指し、途中途中で他のキャラのHAPPY ENDやTRUE ENDを挟みつつ、漸くクリアした。それが昨晩の事だ。
陽ノ目さん自身のBAD ENDもこれまたエグい…まさか世界の崩壊を目の当たりにするとは思わなかった…突然自分の周りが闇に包まれて何事だ?と言う事も出来ないまま視界が暗転して、最後に聞こえたのが陽ノ目さんの一言。って感じ…だったかな?しんどくてもう殆ど覚えてないけど…
BAD ENDを沢山浴びてしまって心はボロボロだったが、陽ノ目さんのHAPPY ENDとクリアしてやったぞー!の達成感で本当に少しは心が落ち着いた…それを誤魔化す為にいつもより呑んでしまったのかも知れない…
まぁ、今は置いといて…早速質問をする。
「ありがとうございます。今回、抽選係から連絡が入って…此処に来ればリマーナへ招待すると…?」
「えぇ、お待ちしておりました。貴方と出会えた事、嬉しく思います」
「そう言われるとすげぇ嬉しいです。で、どうしたらリマーナに行けるんですか…?」
「良くぞ聞いて下さいましたね。リマーナへ行くにはあの花のアーチを潜ればOKです」
「それだけで行けるんですか!?」
「えぇ、簡単でしょう?」
「簡単過ぎてヤバい…」
「さて、何も質問などが無ければ早速向かって頂きたいのですが…」
「あ、学校の事とか寮の事なんかはどうなってるんでしょう?向こうに着いてから自分で手続きしないとなんですかね?」
「あぁ、其方に関しては問題ございませんよ。諸々の手続きは此方で終わらせていますので。学園の制服も寮のお部屋に準備させて頂きました」
「え?もう寮部屋で過ごせるんですか!?」
「もちろんです。あぁ、そうそう。観音坂様は転入生と言う形になりますので、今回は一人部屋とさせて頂いております。もしまた転入生が来られた場合は2人部屋となりますので、ご了承お願い致しますね」
「あー…そう言えば届いたメッセージで最初のゲストとか書かれてましたね…って事は…今後、俺と同じ条件をクリアした人が現れる可能性もあるのか…ちなみに条件を教えて貰うことは…?」
「残念ながら、機密事項となっておりまして…」
「ですよねー!」
「えぇ。他にご質問は?」
「あー…えっと、メッセージの最後辺りに書かれてた…「代償の事でございますか?」
「そうですそうです、アレって一体…?」
「そのままの意味でございますよ、願いを叶えるにはそれ相応の代償を支払って頂く、と言う事です」
「それって、命…とか言いませんよね?」
「そうですね…命より大事な物、と言う事になりますかね?」
「それってどう言う…」
「さぁ?それはお相手様に拠って変わりますので」
「なるほど…?」
「他にご質問はございますか?」
「うーん…特には無い…ですかね?」
「左様でございますか。では、また何かございましたらご連絡を」
「分かりました」
「行ってらっしゃいませ、観音坂様。貴方様にとって良い旅になる事を祈っております。…心の準備が出来ましたら、どうぞアーチの先にお進み下さい」
恭しく礼をする陽ノ目さんに背中を向けて花のアーチへ進む。
アンティークな花のアーチを抜けると、そこは西洋風の街中だった。
…と、言う事である。理解できただろうか?
さて、現在に戻った所でこれから何をするかなのだが…取り敢えず寝る場所を確認に行こうと思います。
携帯の画面に表示された日時は9月5日10時05分、日付は俺が志鴨駅に向かった日。
家を出たのは昼過ぎだった筈だから…どうやら時間は少しだけ巻き戻っているようだ。
よーし、んじゃぁ此処で例のアレをやる事にしよう。
目を閉じ心の中で大きく深呼吸をした後に頭の中で狼の姿を思い浮かべる。
数秒そのままで居れば心の奥底で何か暖かい物に触れられた感じがした。
次の瞬間、目を開けると先ほどより地面に顔が近づいている事に気づく。
近くのショーウィンドウに映る自身の姿は銀色の毛並みを持つ狼になっている事がしっかりと確認できた。
「おし。これでOK、かな。…さて、それじゃぁ早速学園に向かう事にしよう…人間の姿よりこっちのが絶対早く着ける」
…そう言えば9月5日って何かあった気がするんだけど何だったっけ…?
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