「は?え、嘘だろマジか…」
俺が動揺しているのには勿論ワケがある。
目の前の鏡に写ったのは見慣れた顔ではある、見慣れた自分の顔ではある、のだが…
「何か若返ってねぇか…?」
肌はピチピチで弾力が凄い。長年の徹夜で目の下にこびり付いてしまっていた隈は綺麗さっぱり無くなっており、白髪一つない髪は心なしかハリとツヤがあるように感じる。
そして何より俺の目を引いたのは鏡に表示されている文字の並びだ。
"名前、年齢、職業、種族、誕生日、身長、体重、容姿を選択してください"
俺はこの文字の並びを見たことがある。
「親の顔より見たけもっしょ初期画面…?」
もっと親の顔を見ろと言われるかも知れないが居ないものは仕方ない。
昨晩まで熱心にプレイしていた獣様と一緒。を起動してタイトル画面の最初からを押せば後にこの画面が表示される。
「でも性格の欄がないな…でもそれ以外はゲーム通り…何だこれ夢か?」
そう思って自身の頬を抓るとバッチリ痛い。鏡に映った頬が赤くなった事からどうやらこの状況は夢では無いようだ…
マジマジと鏡に映りこむ自身の姿を見ていると、部屋の中に軽快な音楽が響く。この音も何度も聞いた事がある。
ゲームの中で主人公が持つスマホから流れてくる曲調とテンポが全く一緒なのだ。
「もしかして何か届いた?」
洗面脱衣所からリビングへと戻って机の上に放り出したままにしていた自身のスマホを手に取ると、受信を伝えるランプが点滅している。
内容を確認しようと緑色が特徴的な無料通話アプリを起動すれば一番上のメッセージを送ったのがFrutta marcia.抽選係と書かれているアカウントと言う事に気づく。
抽選係?何か応募したっけ…?不思議に思いつつも内容を確認する。
”おめでとうございます!!
貴方様は特定の条件を満たし、
『最初』のゲストモニターに選ばれました!
鏡で身支度を整え、お出掛けの準備が出来ましたら最寄り駅から志鴨駅の三番出口へといらして下さい。
そうすれば貴方をリマーナへ招待します!
なお、リマーナでの一年は現実世界での一時間となっておりますので、
余程の事が無ければ私生活などに問題は無いでしょう。是非楽しんで行かれて下さい。
此方からお伝えする事がありましたら『このアカウント』からご連絡を差し上げますので、
ブロックは控えて頂けるようにお願いします。
もし貴方様から弊社に聞きたい事が出てきた場合、
『どんな質問でも』『答えられる内容であれば』返答させて頂きますのでお気軽に。
ただし、
『このアカウント』へ『このスマートフォン』から
9:30~21:30までの間に連絡をお願い致します。
21:30を過ぎた場合は翌日の9:30以降の返答になりますのでご了承下さい。
ご利用料金は通常通り掛かりますので、ご利用の際はご注意下さい。
向こうの世界で金銭が必要になった場合は、向こうの世界で仕事をして労働の対価として金銭を受け取るか、
もしくは大人の力技(=課金)でどうぞ。
スマホにインストールされている『KEMOKA』に入金して頂ければ、
『いつでも、何処でも』即時入金させて頂きます。
最後にはなりましたが、行くも行かないも貴方の自由です。
もしこの件をお断りされたとしても特にペナルティなどはございません。
ですが、貴方が望むのであれば、
大好きな彼、彼らと共に暮らすことも出来るかも知れません。
それ相応の代償は必要になりますが。
それでは、あちらの世界でお会い出来る日を楽しみにしております。
Frutta marcia.抽選係”
「リマーナってけもっしょの舞台になってる世界じゃん?え、もしかしてけもっしょのVR体験が出来るとか?それのモニターに選ばれたって事!?それは是非とも行かねばなるまい!!!!!つかもしかしたらもう既にVR世界の中なんかも知れん、なら鏡の表示も可笑しくないし…にしてもいつの間に…?もしかして弟妹とFrutta marciaが組んだサプライズ…?てかサラッとヤベェこと書いてない?推しと一緒に暮らすことが出来るとかなんとか…?めっちゃ気になるけど代償っての怖いな…今はソッとしておくか…」
このメールを見てからの俺の行動は素早かった。
洗面脱衣所に戻り鏡を触ってみると名前入力や選択が出来るようになっていた。
「名前は本名で良いか。腐った男オタクだけど狼谷ケイトに関しては壁にならずガッツリ絡みに行きたいタイプだし。…あれ、もしかして俺って夢男子?いやでもキャラ同士の絡みも好きなんだよな…その場合は全力で壁になりたい」
ブツブツと呟きつつも設定を進めて行く。
「おし、これでOK、かな…?」
”名前は観音坂 柊、年齢は17歳、職業は高校生、種族は獣人(銀狼)、誕生日は12月17日、身長182cm、体重73kg、髪はシルバーホワイトのケミストルマッシュ、瞳は切れ長の金色で設定します。よろしければ決定ボタンを押してください。”
年齢・職業・種族・髪・目の色以外はただの俺。
その方が感情移入も出来るってもんよ。
「決定、っと…ん?」
”髪色や髪型以外の設定はこれから自由に変更出来ません、よろしいでしょうか?”
「問題なしだな」
”畏まりました。それでは、いってらっしゃいませ。”
誰かが指を鳴らしたようなパチッと言う音がしたかと思うと鏡に表示されていた文字は消え、鏡には設定したばかりの姿が表示されている。それ以外の部屋の雰囲気などは全く変わった様子が無い。兎も角、パパっとシャワー浴びて準備しねぇとな…
「つーかマジでこのゲームのキャラメイクすげぇよな…髪型の種類も髪色の種類も半端ねぇんだけど…そうだ、獣人って事はもう此処で狼になれる可能性…?……いや、万が一の事を考えてまだ人型で居た方が良いような気もするな?これから街中に出る訳だし…」
うん、そうしよう。
心の中でそう頷けば手早くシャワーを浴び、髪を乾かした後にリビングで財布や携帯など最低限の物を準備する。
いつもの癖でシガレットケースをポケットに入れようとした所でピタリと手を止めた。
「この見た目だと煙草持ってたら色々面倒そうだし置いとくか…幸いな事に俺はヘビースモーカーじゃないし。けど、飴ちゃんとガムくんは持って行こう」
カジュアルシャツにアンクルパンツを合わせ、アウターにはマウンテンパーカー、靴はレザーシューズを選択。
推しに会うからには身綺麗にしとかねぇとだよな、これ大事。
元栓は締めたし…戸締りも…おし、これでOK。
「…いざ、出陣!」
そう高らかに宣言して玄関から出ればしっかりと施錠した後に最寄り駅へと向かう。
心なしか体が軽い気がする…ビバ、若い肉体。
「に、しても再現度エグいよな…風景なんか元々のまんまだし…俺が料理してる時に誤って焦がしてしまった壁もそのままだった。そう言えば制服とか寮部屋はどうなってんだろ…志鴨駅でスタッフさんが待ってるだろうしその時にでも聞いてみるかな…」
ふわりと肌を撫でる風が気持ち良い。あ、吉岡のツネさんだ。
偶に作りすぎた煮物とかを届けてくれて良くお世話になってる。
「今日も良い天気ですね」
「…」
あれ?聞こえなかったか…?
いつもなら掃除する手止めて返事してくれるのに…あ、見た目変わったからか。
そりゃそうだ、見た事ねぇ知らねぇ奴に声掛けられるとか俺ならビビッて腰抜ける。
にしても、目も合わないって…これは相当だな…
「すみません、知り合いと勘違いしました…失礼します!」
「…」
ガバッと頭下げたのにずっと掃除してる…幾らなんでも酷くない?
いやまぁ仕方ないよな、もし俺が同じ立場だったら関わらない方が一番だと思うだろうし。
今は最寄り駅に急がねば!!
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