「レン〜、たで〜ま〜」
テラスでおにぎりを食っていると、路地の向こうにグラグラ歩く人影が見え、それがヘロヘロの声で帰宅を告げる。
「あ、シノさんおかえり」
俺は席を立って、店の外までシノさんを出迎えた。
「うわっ、重っ! 大量だったね」
「ねんか予感はしたけど、ここまでとは思わなかったぜ〜。あ〜、腹減った! お? おにぎり? 俺のもある?」
帆布のバッグを床に降ろして、シノさんはテラスの椅子にドッカと座った。
「手ェ、洗ってきなよ」
「おっ、そっか。おにぎりだもんな!」
シノさんが手洗いをしに行っている間に、俺は大量のレコードを屋内に運び込んでおいた。
夏真っ盛りってわけじゃないが、それでも直射日光の当たるテラスの床に置きっぱなししておいて良いシロモノじゃないからだ。
「にしてもシノさん、こんな時間まで、出先で何も食べてこなかったの?」
「ん〜、チョと食いっぱぐれた。あの会場の近所って、マトモなメシ食わせてくれる店が全然ナイじゃん!」
「いつもの蕎麦屋とかは?」
「わざわざ電車降りて寄るのもメンドーでさぁ」
「そっか、今日はバイクじゃないもんね」
敬一クンにカブを貸してしまっているから、途中でちょっと寄り道が出来なかったらしい。
俺もカブのことをうっかり忘れていたので、なるほどと頷いた。
「おにぎりはあるケド、冷蔵庫から出したまんまだから、スッゲ冷たいよ?」
「腹減ってるから、全然オッケー!」
シノさんは座ると、ガッツとおにぎりを掴み、かぶりついた。
「味玉おにぎりうめぇ〜〜! やっぱウチのおにぎり、一番うめぇ〜〜!」
って。
めーめーヤギみたいな音を出しながら、冷たいまんまの味玉おにぎりをガツガツ食べている。
おにぎりが美味しいからか、ただハラペコなのか解らないケド、敬一クンがココに来てまだほんの一ヶ月なのに、ウチのおにぎりってなんなの…ってツッコミしたいけど、言うと面倒になるだけだ。
「しかしあの会場から、よくもまぁあんな量の荷物持って帰ってきたね。電話くれれば、迎えに行ったのに」
「待ち合わせとか、メンドーじゃんか。持ち上がらんってワケでもねかったし、宅配頼むと金掛かるなぁ…って思ったら、もうなんかヤケクソんなった」
そこでシノさんから即売会の様子なんかを聞いていたら、坂の上からイケメン王子が戻ってきた。
爽やか笑顔はどこへやら、なんだかガンガンに腹を立てているように見えたが、俺と目が合ったところで不機嫌を引っ込めて、キチンと会釈をしてくる。
思わず俺も会釈を返したら、シノさんが振り返った。
「あれえ、アマミー! どしたん、こんな時間に?」
「え? あのイケメン、シノさんの知り合い?」
「うん、この上ンとこのマンションに住んでて…って、あれ? あれれ?」
シノさんがイケメン王子を二度見してて、イケメン王子も戸惑った顔で、シノさんを見ている。
「俺、どこかでお会いしましたっけ?」
「あー…、ごめん! 俺の知り合いに激似だったから間違げーたわ」
「激似…って、シノさん今、上のマンションに住んでるって言わなかった?」
「だってアマミーにそっくりなんじゃもん、このヒト」
「アマミーって…俺の苗字、天宮なんですが」
「そうなの? 俺の知り合いは、アマミヤミナミってゆーんだケド」
なにその呪文みたいな名前…と俺が思ってたら、イケメンが驚いたように言った。
「えっ、南の知り合いなんですか?」
「よーく知っちるよ。アマミーは、ウチのカフェの出資者じゃもん」
「ええっ! じゃあココが伯母さんの言ってた、レコード・オタクのオンボロカフェ?!」
イケメン王子の口から飛び出したセリフは、シノさんの逆鱗を紙一重でほんのり撫でた。
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