殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

第六話 鈴太郎視点

篝火の下へ

公開日時: 2022年1月30日(日) 12:38
更新日時: 2022年1月30日(日) 13:02
文字数:2,708


 重苦しい震動が四方から響く。

 僕の持つ波の力が、殺し屋マンションに殺到する数えきれない殺し屋の力を察知する。


広域宣戦ドゥームズデイ〟が仕掛けられた以上、僕たちのいるここもいつ襲われるか分からない。

 悠生ゆうせいが迎撃に上がってくれたけど……きっと僕たちに残された時間は少ない。


「あの……っ! 本当に〝僕の力〟なんかが役に立つんですか……?」

「はいっ! むしろ、四ノ原しのはらさんの力がないと、小貫こぬきさんの力をエリカさんの心の中まで運ぶのは難しいと思うんです! 私の〝第七感セブンセンシズ〟がそう言ってますっ!」

「せ……せぶ……? なんですかそれっ!?」

「と、とにかく……! エリカさんを助けるためには、四ノ原君の力が必要なんだ! こんな時だけど……君のことは僕たちが絶対に守るから、どうか力を貸して欲しい……お願いだよ!」


 今も円卓の攻撃を受け続ける殺し屋マンションの地下。

 そこにある広々とした医療施設に寝かされたエリカさんの前で、僕と永久とわさんは連れ出した四ノ原君に必死に懇願していた。


 実は、僕の力をエリカさんの心と力に届かせるには、永久さんの力だけじゃ難しかったんだ。出来なくなくはないみたいなんだけど……さっきも永久さんが言ってたけど、永久さんの力は〝目に見える物〟への作用の方が強い傾向があるんだって。


 だから、そこに四ノ原君が持つ〝なんでも跳ばす力〟を合わせて、永久さんが上手く四ノ原君の力をリードしながら〝僕の進む道〟を作る――――そうすることで僕の意識と力をエリカさんの心に跳ばして、直接殺し屋の力を破壊する。それが僕たちの作戦だった。


「わ、分かりました……っ。僕の……〝こんな力〟でいいなら……っ! どうぞ、使って下さいっ!」

「ありがとう四ノ原君……! 多分、四ノ原君は何もしなくて大丈夫だと思うから……」

「ですねっ! 四ノ原さんの力は、最初と最後にちょーっとだけ借りるだけですっ!」


 僕たちの話を聞いた四ノ原君は不安そうな表情を浮かべながら、それでもはっきりと頷いてくれた。


〝こんな力〟


 確かに、四ノ原君は突然目覚めた殺し屋の力で生活を滅茶苦茶にされてる。

 こんな力に目覚めてなければ……今みたいな危ない目にも遭ってなかったし、きっと今だって家族と一緒に平和に暮らせてたはずなんだ――――。


 でも……〝こんな力〟だからこそ。


 僕も悠生も、他の殺し屋殺しのみんなも、だからこそ誰かのために……少なくとも、自分が正しいと思ったことに使いたいって、そう思ってる。


 もし上手くエリカさんを助けることが出来たら……その時は、いっぱい四ノ原君にお礼をしよう。


 僕はそう心に決めて、今も辛そうな表情で眠るエリカさんの前に立つと、静かに両手で印を結ぶ。


 エリカさん――――。


 エリカさんは四ノ原君よりも……きっと誰よりも自分の力に苦しめられて、それでも前を向く強さがあったから……だから昔の悠生の手を取ったんだ。


 けど……円卓の父にとってエリカさんのその強さは〝邪魔〟だった。


 安易に力に身を委ねて、殺意のままに殺戮を楽しむ。

 そういう殺し屋の根源を、エリカさんは拒絶できるくらい強かったから。


「我は月! そして星辰の極に座する者――――!」


 印を結んだ僕の周囲に神々しい曼荼羅が浮かび上がり、ただ一人の月を掲げた神様の姿が僕に重なる。同時に僕の背に三日月の光輪が具現化して、僕に宿る力の名――――〝月天星宿王ストリ・ソーマ〟様の力を発現させた。


〝許せない〟……!

 絶対に……絶対に許すことなんて出来ない――――!

 

 エリカさんの辛さも、苦しみも、優しさも。

 何もかもを歪めて、直視させないように覆い隠して。


 本当のエリカさんが持っていた強さを、自分の都合の良いようにねじ曲げた。そして、ようやくそこから抜け出す出口を見つけたエリカさんを、今度は殺そうとするなんて――――!


「永久さん、四ノ原君……っ! お願いできますか!?」

「はいっ! でも小貫さん……どうか、〝あなたらしさ〟を忘れないでくださいね。きっとエリカさんも……〝いつも通り〟の小貫さんが来てくれるのを待ってますから……」

「え……っ?」


 心の中から沸き上がる怒りを頑張って抑えると、僕は二人に合図を送った。

 けど、そんな僕の心も永久さんには全部お見通しだったみたい。


 永久さんは怒りに燃える僕の心を落ち着かせるように……まるでぐずる子供をなだめるみたいに僕の頭に手を乗せて、〝よしよし〟って撫でてくれたんだ。


 は、はわわ……なんだか、すごく恥ずかしいけど……とっても落ち着く……。

 もしかして……これが悠生がいつも大興奮で叫んでる、〝女神様〟ってことなの……? は、はわぁ~~……。


「って……! も、もう大丈夫っ! ごめんなさい永久さん、もう落ち着いたから……っ!」

「あはっ! それなら良かったですっ! エリカさんのこと、お願いしますねっ!」


 永久さんの〝よしよし〟であっという間に心を落ち着かさせられてしまった僕は、ふやけそうになる顔をなんとか維持してぶんぶんと顔を振った。


 あ、危ない……! こんなところ悠生に見られたら怒られちゃうよっ!

 でも、あの悠生がすっかり優しくなった理由、今のでよく分かった気がする……。

 

 気を取り直し、今度こそ頷いた僕に、永久さんはいつも通りの笑顔を浮かべてくれた。そして四ノ原君にも目配せすると、僕の手を取って意識を集中させる。


 永久さんと悠生が持っている、〝殺し屋の力を殺す力〟。

 

 それが握られた永久さんの手を通じて、僕の月の器に流れ込んでくるのを感じる。

 後は、僕の意識をエリカさんの心に跳ばして、この力を直接に届ければ――――。


「ではっ! 小貫さんの意識を、エリカさんの心に跳ばしますっ! どうか気をつけて、絶対に二人で帰ってきて下さいね……っ!」

「頑張ってくださいっ! 僕もここで待ってますっ!」

「うん! 絶対にエリカさんと一緒に戻ってくるからね!」



 でも、その時だった。



 後は僕がエリカさんの心に飛ぶだけになったその時。

 僕の意識が僕の体から抜け出して、不思議な浮遊感に包まれた、その時。



〝その声〟は確かに聞こえたんだ。



『ようやく見つけたぞ、〝エール〟……。困った子だ……勝手に外に出るなと、あれほど言っただろう……?』


「あなた、は――――!? 小貫さん……行って――――ッ!」


 まるで凍り付いたような。今まで一度も聞いたことがない永久さんの声と、突然飛び込んできた、もう一人の男の声。


 そしてその声が聞こえたのと同時。僕の意識と視界は一瞬で暗い闇の中に吸い込まれて、椅子に座る僕と、その前に立つ永久さんと四ノ原君の姿が闇の中に遠ざかっていく。


 だけど、僕はその遠ざかる視界の中で見たんだ。


 僕たちを飲み込もうとする紫色の閃光と、その閃光をすんでの所で切り裂く、〝刃〟のような力の軌跡を――――。

 



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