『森羅万象、あまねく全てが救われ、赦される……それこそが、我らが定めし真の楽園……!』
怒りに満ちたエヌアの絶叫が木霊する。
僕たちがいる地下も、地上のアマテラスも、なにもかもを呑み込んで、太極の根が際限なく広がっていく。
『その楽園創造を放棄した聖人に……もはや価値などないッ!』
世界が砕けた。
僕たちが立っていた地面も壁も、全てが真っ暗な闇の中に消える。
見えるのはその場にいた僕たちと、闇の中で成長を続ける太極の根。
今まで埋まっていた地面が消えて、その全貌を現わした太極。
それは本当に途轍もない大きさだった。
『ふん……汝らが惨めに縋るエールの力。それを生み出したのが我々であることを忘れたか? 我らがこの世の滅びと再生を願えば、エールはたちどころにして我らの願いを――――!』
「いいえ……!」
「そんなことは、私たちがさせませーんっ!」
『なに……っ!?』
だけどそのとき。全てが砕けて、真っ暗になった世界に光が射す。
その場にいる全員が視線を向けた先。
そこには二人で手を繋ぎ、〝青い炎の輪を掲げた女神〟の聖像を輝かせた永久さんとエリカさんがいたんだ――!
「貴方がこの世界の滅びを願うというのなら――――!」
「私たちは――――この世界が明日も続くことを願っちゃいますっ!」
「永久……! やっぱり俺の永久は女神だったんだ……ッッ!」
「エリカさんっ! ありがとうっ!」
『馬鹿を言うな……! とうに受肉し、惰弱な人の器に収まったエールになにができる!?』
閃光が奔る。
一方は全てを呑み込む暗闇から伸びる紫色の。
もう一方は、砕けようとする世界を繋ぎ止める、どこまでも明るい純銀の光。
二つの光は僕たちを境にして完全に拮抗。
真っ向から激突する。
「いこう悠生っ! みんなっ! もう六業会も円卓も、殺し屋マンションも関係ない! 僕たちの世界は……僕たちみんなで守らないと!」
「ああ……! 言われるまでもねぇ!」
瞬間。
僕と悠生は目を見合わせて頷くと、永久さんとエリカさんの光を背に受けて加速。
あまりにも大きすぎて距離感も掴めない太極……ううん、エヌアの根元めがけて駆け抜ける。
『愚かな! エールの力を使わずとも、宇宙創造の力すら持つ我々にかかれば、汝らなど塵と同じよ!』
不気味に蠢くエヌアの根と枝。
紫色の閃光を纏ったそれが、僕たちめがけて襲いかかる。だけど――!
「フフ……ならば、今から貴方はその〝塵に負ける〟ということ。絶望と恐怖に歪む貴方の顔……楽しみにしていますよ……?」
「なーーーっはっは! 最高だ! 感無量だ! 私は常々このような〝巨大ボス〟を相手に、愛機と共に決戦を挑んでみたかったのだ! いくぞガネーシャVマーク4! 今こそロボの力を見せるのだッ!」
「あのぉ……どう考えても俺って場違いじゃね? 投げる石とかもうないし……いや、最後まで落としますけどもッ!」
だけどそのとき。
僕たちの周囲に迫っていたエヌアの体が一瞬で燃えて、爆発して、押し潰される。
神々しい陽光の光輪を背負った母さんが。
なんだかもの凄くカッコイイロボットに乗ったシュクラさんが。
そして申し訳なさそうに永久さんから石を分けて貰っているシャニさんが。
六業会のみんなが、僕たちの道を切り開いてくれたんだ!
「母さんっ! みなさんもっ!」
「この局面で、エリカさんだけに活躍させるわけにはいきません……。さあ……いきなさい鈴太郎……やはり、貴方は私の誇りでした」
「……はいっ!」
母さんたちの力は一瞬で目に見えるエヌアの攻撃全てを焼き払う。
僕と悠生。それに他のみんなも、その炎を縫うようにしてエヌアに迫る。
だけどエヌアの攻撃はその程度じゃ終わらない。
今度は広がった枝や葉の一つ一つから、数え切れない程の光の弾丸が降り注ぐ。
「心から感謝するよロード・フィスト……。どうやら君は、我が主〝アルト〟を長きにわたる呪縛から解放してくれたようだ。 ――――ありがとう」
だけど、僕たちめがけて降り注いだ無数の弾丸は、突然現れた何枚もの鏡と、それこそエヌアの体と同じくらいに大きく広がった金属の傘に防がれる。
加速する僕たちを守るようにして、鋼の王と鏡の女王。
二人の円卓の王がエヌアの前に立ち塞がる。
「スティール……お前……」
「エレガント……実にエレガントだったよ、ロード・フィスト。さすがはアルト様の息子……君の成長をこの目で見れたことは、本当に幸せなことだ」
「ハハッ! 私だって君には感謝してるんだよ悠生ッ! こんなとんでもない獲物……何万年生きてたって戦えるもんじゃない! せっかくだから、骨の髄までしゃぶらせてもらう――――!」
「ああ……! 任せたぜ!」
二人の援護を受けて、降り注ぐ光の雨を抜ける。
エヌアの怒りに満ちたうなり声が世界そのものを震わせる。
『おのれ……! なぜ人の身に堕ちたエールが我が力と拮抗する!? 我欲にまみれた矮小な人の身で、なぜ……!?』
「ククク……ッ! 生きてきて良かった……! 死ななくてよかった……! アタシは今……キラキラしてる……! 幸せ……! アタシ自身がリア充になることだ……!」
「む……俺にはよくわからないが……世界がなくなるのはとても困る……。俺はまだ……サ終したくない……!」
『ぐぎゃ――――ッ!?』
そしてエヌアの上方。
僕たちとは別方向から、二つの光がエヌアの本体に到達する。
それは光り輝く箒を構えたサダヨさんと、おもちゃの剣を構えたレックスさん。
二人の光はエヌアの体を一気に抉り取り、紫色の光の勢いを大きく減らした。
『がああああ――――!? 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な! この程度の力で、我々が滅びるわけがない! 滅びるのは汝ら……我が作りし道理から外れた汝らだ!』
「っ!?」
「うわ!?」
ようやく、僕と悠生あと一息って所までエヌアに肉薄した。
けどエヌアはそれに抗うようにして、僕たちめがけて黒い暴風を巻き起こす。
それは僕たちの体を強烈に押しのけて、真っ暗な闇に吸い込もうとした。でも――――!
「俺にはお前を裁くことも、糾弾することもできない……。お前の言う通り……俺は我欲に溺れた大罪人だ……」
『お、おお……アルトか!? ならば、そう思うのならば今すぐ我に傅け……! さすれば我が直々に汝の罪を緩し、エールの力で全てをなかったことに……!』
「いいえ……! すでに我が君は、そのような甘言に惑わされることはない……!」
「父さん……っ!」
僕たちを襲った黒い渦が純銀の刃に断ち切られる。
自由になった僕たちの横を、アルトさんと山田さんが追い越していく。
「我が君……! どうか……私の力も共に!」
「俺はもう……どうなってもいい……! だがユーセは……! イーアが愛し、俺の息子が生きるこの世界は、絶対に壊させはしない……! この刃は、そのためにある――――!」
『アガ……アバアアアアアアアアア――――!?』
一閃。
あまりにも大きすぎて、切っ先も見えないほどの純銀の刃が、エヌアの巨体を真っ二つに両断する。
エヌアの光は一気に弱くなって、永久さんとエリカさんの光に押し潰されていく。
『なぜだ……!? 我々の終わりなき夢が……願いが……! このような一瞬の命しかもたぬクズ共の願いに負けるというのか……!? あらゆる苦しみも、悲しみもない……真の楽園……! その願いが、こんな……低俗な欲望に……!?』
「ハ……ッ! 何度も言わせるなよ。そんなに楽園が作りたかったんなら、どうして〝自分の力〟でやろうとしなかった!? そうまでして叶えたい願いを……聖人とかいう他人に頼ってんじゃねぇッッ!」
「そうだよ! そんな他力本願な楽園なんて……最初から叶うはずなかったんだっ!」
『黙れ……黙れ黙れ――――! なにが他力本願なものか……! お前たちは〝我々が生かしてやった〟、導いてやったのだ! それらは全て我々の力……! 我が力があったからこそ、お前たちはここまで生きていられたのだああああああああッ!』
崩壊する体をなんとか繋ぎ止めて、エヌアが最後の光を放つ。
ううん……。
それはもう光なんてものじゃなくて……どこまでも暗い、後ろ向きな闇だった。
永久さんが……エリカさんが……。
ここにいるみんなが持っている願いの光とは、全然違う闇だった。
そして――――。
『ありがとう、鈴太郎くん……君たちは私の最後の願いを全て叶えてくれた。本当に、どんなに感謝してもしきれない……』
「お、お前は……」
「ソウマ様……っ?」
僕と悠生めがけて襲いかかるエヌアの闇。
それを受け止めようと身構えた僕たちの前に、一人の人影が現れたんだ。
『君は私ができなかったことを全て成し遂げた……それは紛うことなく、君たちが自分で掴んだ未来だ。そして……』
「ソウマ……? ソウマなのか……? お前は……あれからずっとそこに……!?」
『うん……そうだよ、アルト。長い間、君を助けてあげられなくてごめん……』
僕たちを助けてくれた光。
それは、今までもずっと僕のことを助けてくれたソウマ様だった。
「謝るなど……っ! 俺は……共であるお前をこの手で……!」
『もういいんだよ……君の苦しみは、私もよく知ってる……。だから、どうか覚えておいて。今までも、そしてこれからも……私はずっと、君の〝友だち〟だよ……アルト』
「ソウ、マ……っ…………!」
ソウマ様は僕たちに一度頭を下げた後、離れた場所にいたアルトさんを見つめた。
交わした言葉は少なかったけど……二人には、それだけできっと十分だったんだ。
『ソウマだと……ッ!? 役立たずの使徒が、まだこうも力を保持していたというのか!? なぜだ……なぜなにもかもが我の邪魔をする!? 我はこんなにも、お前たちのことを考えて――――!』
「お前の悲鳴もいい加減聞き飽きたな……! 教えてやるよ……はなから俺たちに、お前の導きなんざ――――!」
「――――〝大きなお世話〟なんですよっっ!」
そうだ!
悠生も永久さんも。
僕もエリカさんも。
ソウマ様とアルトさんも。
神さまに導いて貰わなくたって。
自分で考えて、自分で生きて……そうやって仲良くなったんだ。
一緒にいたいって、そう思える大切な人になっていったんだ――――!
「僕らを照らす星月の光よ! 僕の大切な友だちの……悠生の道を照らし出せ――――!」
『や……やめろ……! 嫌だ……嫌だあああああああああああッッッ!』
「黙って喰らえよ……! これが……〝俺たちの答え〟だ――――!」
閃光。
無音のまま弾けた僕と悠生の一撃。
それは最後まで残っていたエヌアの光を、今度こそ完全に打ち砕く。
いくつもの光が闇の中を広がる。
どこか清々しさ感じる光と風。
その風に乗って悠生が僕の所に戻ってくる。
見つめ合った僕と悠生は笑みを浮かべて。
そのまま一度だけ、握った拳同士をぶつけあった――――。
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