あれはたしか、六業会から逃げ出して半年くらいが過ぎた頃。
なぜかそれまで全然やってこなかった追手が、凄い勢いで現れるようになって。
毎日逃げ回っていた僕を助けてくれたのが、悠生と永久さんだった。
「――――大丈夫か?」
「おぇぇぇぇ……ッ! ご……ごめん……月城さん……っ。僕、何も出来なくて……っ」
「無理に戦おうとするなって言ってんだろ……治るものも治らなくなるぞ」
「そうですよ小貫さん……。私の力で体の傷は治せても、小貫さんの心の傷までは治せないんですよ……?」
その頃。僕は〝九曜の月〟としての力を使えなくなっていた。
使おうと思えば使えるんだけど……その度に六業会で見た〝あの光景〟と、僕の腕の中で冷たくなっていた〝あの子〟の横顔が浮かんで。
力を使おうとすると目の前が真っ赤になって、酷いときにはその場で失神したり、錯乱したりしてしまって……。
そのせいで、悠生と永久さんにも、もの凄く迷惑をかけてしまっていたんだ。
「〝それでいい〟んだよ。こんな力……使わなくて済むのなら、使わないままジジイになって死んだ方がいいに決まってる。どこまでやれるか分からねぇが……俺がやれる限り、お前も絶対に守ってやる」
「どうして……? どうして月城さんは僕にそこまでしてくれるの……? 僕と君は元々敵同士で……っ! しかも、僕は数え切れないくらい大勢の人の命を……っ!」
悠生も永久さんも、そんな僕を何度も守ってくれた。
二人がどうして僕にそこまでしてくれるのか。
不思議に思った僕は、ある時悠生にそう尋ねたんだ。
「――――お前とは何度も戦って、会う度に〝僕はヒーロー〟だの、〝みんなを守る〟だのキラキラした顔で叫んでただろ? ぶっちゃけ最初は〝ただの馬鹿〟かと思ったが……違ったな」
「え……?」
そしてその時。
悠生は、まだ〝ぎこちない笑み〟を浮かべながら言った。
「お前は〝本物のヒーロー〟だったよ。今だって、お前は自分がやらかしたことから〝目を背けたりしてない〟。だから毎回ゲロ吐いて、泣き叫んで、もがき苦しんでる……そして、それでもこうして〝生きてる〟んだ。 ――――誰がなんと言おうと、立派なヒーローさ」
「月城、さん……」
ヒーロー。
僕はずっと六業会が正義のヒーローだと思っていて。
だから六業会の一員である僕も、きっとヒーローなんだって思ってた。
でも悠生は……六業会でもなく、神様の力も使えなくなった僕を本当のヒーローだって言ったんだ。そして――――。
「お前は俺の〝憧れ〟なんだよ。今はまだでも、いつか俺も〝お前みたいに〟強くなってみせる。そう決めてるんだよ――――」
〝憧れ〟
隣合って座っていた僕に向かって、悠生は確かにそう言った。
あのとんでもなく強い悠生が、こんな僕を憧れだって。
あの時の僕はあまりにも驚いて言えなかったけど……僕だってそう思ってる。
君はいつだって強くて、格好良くて、永久さんのために命を賭けて。
昔はあんなに怖かったのに、今は誰かのために優しく笑えるようになった。
人は変われるんだって、僕に希望を教えてくれた憧れの存在なんだ。だから――――。
「う……ああ……っ!」
だから、こんなところで君を――――。
「あああああああああ――――ッ!」
死なせたりするもんか――――!
「っ!?」
「まさか、鈴太郎――――っ!?」
動かなくなった右腕はそのままに。残った左手で印を結んだ僕は、悠生に向かって堕ちていた母さんの太陽の前に飛び出していた。
母さんの悲鳴みたいな声と、悠生の声が聞こえた気がしたけど。その中身はもう聞こえなかった。目の前で僕の波紋が押し潰されて、僕は真っ赤な太陽に呑み込まれた。
悠生を殺すために放った母さんの太陽。それを僕は渾身の波紋で耐えようとするけど――――駄目だ。
弱ってしまった今の僕じゃ、とてもじゃないけど母さんの太陽を受けることは出来ない。
普段の小さな太陽なら、母さんも途中で解除したり出来たのかもしれないけど――――今回はそういうのじゃなかったみたい。
僕は悠生みたいに不死身じゃない。
母さんの太陽に呑み込まれたら、ただ死ぬだけ。
あの日。六業会を逃げ出して、自分の罪から逃げ出したあの時。
悠生に励まされて、こんな僕でも何か出来るかも知れないって思って生きて。今日まで泣きながら頑張ってきた。
僕は、うまく出来たのかな。
もし死んだ後にあの子たちに会えたら、ちゃんと謝らないと。
エリカさんと、もう少しお話したかったな――――。
最後に残った意識でそう思いながら、僕は母さんの太陽に焼き尽くされていく。
後はただ死ぬだけだって、僕は意識を手放した。
でも、その時――――。
〝貴方の願いを聞かせて――――〟
え……っ?
母さんの太陽に焼かれて、きっと凄い眩しいはずなのにもう何も見えなくなって。
死んだのか、生きているのかも分からなくなった時。
まるで耳元で囁くような、歌うような〝女の人〟の声が聞こえてきたんだ。
〝私が全部叶えてあげる――――〟
〝貴方のことが好きだから――――〟
誰……?
君は……誰なの?
『――――彼女は〝力〟そのもの。それゆえに、永劫に利用され続ける因果の虜囚』
今度はまた別の声。
それは耳元じゃなくて、僕の内側の一番深いところから響くような――――。
『嬉しいよ。再び彼女のために戦おうとする者が、〝私たち九人〟の中に現れてくれて』
彼女……?
訳がわからないんですけど……っ?
『随分と長くこの巡りを見てきたけれど、この道を選んだのは〝君〟とそこの〝彼〟が初めてだ。大切に使うんだよ。ようやく巡ってきた、この道を。そして――――』
その声は、僕の奥底からまるで鼓動のように響いていた。
まるで、消えかけた僕の体を繋ぎ直すみたいに。
『私の名。それは既に〝君の中〟にある。さあ、思うままに振るうといい。これから先、たとえ何度因果が巡ろうとも――――私は常に君と共に』
波が来る。
今まで感じたこともないような。ううん――――ずっと僕の中にくすぶっていた、うねり続けていた無限の波。そして、煌々と光り輝く〝白い月〟。
焼き尽くされて、体だって残っているのかもわからない。
だけど、僕はその押し寄せる波に促されるように静かに印を結んで――――確かにその名前を呼んだんだ。
「――――〝月天星宿王〟――――」
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