『我が君……アルト王は、一万年前に貴方の〝以前の姿〟であったユーセ様とエル様を破壊しました。しかしそれによって全ては滅び、アルト王が望んでいた本来のエール神の力も元には戻りませんでした』
時間は一月半前に遡る。
山田の持つ聖書の力で過去の出来事を見た俺たちは、数日の間を置いて、もう一度殺し屋マンションの専用ネットワークに集まっていた。
俺と永久は二人でソファーの上に座り、目の前に立てかけたタブレットの画面に視線を注ぐ。そこにずらりと並ぶ参加者のリストは、その〝全てがオンライン表示〟になっていた。
あの光景を見たのはなにも俺や永久、鈴太郎やエリカだけじゃない。
山田の話では、殺し屋マンションに住む全ての人間が、なんらかの形であの過去の時代にも関わっていたのだという。
『あ、あの……! じゃあ、僕が見たあの光景も……?』
『ええ……そうですよ四ノ原君。貴方も、私の力で貴方自身の過去をご覧になったはず。たとえどのような立場だったとしても、私たちはあの時から、同じ因果の中にいるのです』
無事他の二人と一緒にあの戦いをくぐり抜けた四ノ原が、ネットワーク越しに山田に尋ねる。四ノ原の質問に答えた山田は、その言葉通り四ノ原にも、それどころかすでに殺し屋の力を失っている四ノ原の仲間二人にも過去を見せたらしい。
しかも、それは俺が見たユーセとしての過去じゃない。
四ノ原には四ノ原の、他の二人には他の二人の。そして鈴太郎やエリカみたいな、殺し屋マンションに住んでる奴ら全員にもそれぞれの過去を。
山田はその力で、あの時ネットワークで繋がっていた全員の過去と因縁を見せた。
それは俺がそうだったように、他の奴らも自分自身の因縁には思うところがあったらしい。
『私の力に呼応してあの光景を見ることが出来た。それが、貴方たちが過去から続く〝当事者〟であるなによりの証なのです』
『僕たちも……当事者……』
山田のその言葉に、四ノ原と二人のダチはすっかり神妙な顔で大人しくなった。
とっくに前を向いていた四ノ原はともかく、どうやら残りの二人にもきっと俺には分からない因縁があったんだろう。
「なら、そろそろ教えてくれるか? この状況で親父はなにを企んでる? 俺たちはなにをすればいい?」
『ええ、悠生さん。ですがその前に、あの一万年もの間アルト王と我々殺しの者の一団が何をしていたのか。そして、二十年前の〝虐殺の二月〟はなぜ起きたのか。その二つをお話しします』
俺の声に応えた山田は、画面の中で再びあの分厚い本を手の上に出現させると、ゆっくりとそのページをめくっていく。
淡い光を放つページがめくられる度、目の前にいるわけでもない俺たちの脳裏に、とんでもない量の光景が流れ込んでくる。
これだけの情報を正確に、この大人数相手に一瞬で伝達する。
はっきり言ってとんでもない力だ。
親父が九人の王とは別に山田を――ヤジャ先生を片時も自分の傍から離さなかった理由がよくわかる。
『エール様と全てを失ったアルト王の力は大きく弱体化しました。その後に攻め込んできた使徒たちとの戦いでも我々は苦戦を強いられ、私たちは生き残った民を連れ、西へと逃れたのです』
俺たちの脳裏に、激しい戦いの光景が浮かぶ。
エールの力を失った親父とは反対に、九人の使徒にはエールの力を宿したままの〝聖火〟……エナがいた。
見れば一発で分かるが、このエナって女は間違いなくエリカだ。
エリカが永久と似たような癒やしの力を使えたのも、恐らくこの時期に一度エールの力の器として戦っていたからなんだろう。
さすがの親父もそこまでは気づけず、ただ殺すには惜しい力としてエリカの力を支配下に置いた……ってところか。
とにかく、現在進行形でエールの力を使ってくる使徒相手に親父は敗走した。砂漠を越え、今の地中海沿い。古代エジプトの辺りに落ち延びていったようだった。
『そして、その頃にはアルト王は使徒の用いていた〝聖火の法〟を流用し、自らの魂を別の人間に移し替える術を手に入れていました。私はこの〝聖書の力〟によって元々不老不死でしたが、アルト王はそうではなかったのです』
エールの力をぶっ放してくる使徒相手には苦戦したが、それがないエジプトの奴らは親父の敵じゃなかった。だが、ここで親父は使徒の追撃から逃れるため、エジプトの王ではなく、その王の影に潜む殺しの者……つまり暗殺者の地位に就いた。
そうすれば、無関係な異国の民を巻き込むことをよしとしない使徒の軍勢は、エジプトに攻められないと踏んだんだろう。
『そうして、再び闇に生きる殺しの者へと戻ったアルト王と我々は、しかしそれでも散逸したエール様の力をかき集めました。そして……そうしている間に気付いたのです』
山田が画面越しに俺と永久に目線を合わせる。
俺は永久の手を握りながら、その視線を正面から受け止めた。
『集まり始めたエール様の力は、普段はまるで眠っているように凍り付いていました。しかしある〝一定の周期〟で活性化し、かつてと同じような力をもたらすことが分かったのです』
「一定の周期だと?」
『はい……そしてアルト王は気付きました。エール様が目覚めるのと同時期に、悠生さん……貴方もまた、姿を変えて世界の何処かに再構築されていることに』
山田のその言葉に合わせ、また別の光景が目の前に浮かび上がる。
再びその輝きを取り戻すエール。だがそのエールはやはり親父の言葉に耳を傾けず、すぐにどこかへと向かって勝手に飛んで行ってしまう。
親父や円卓の殺し屋がエールを追っていくと、そこにはまだ生まれて間もないガキ……つまりユーセの生まれ変わりがいるってわけだ。
『アルト王は激怒し、〝最初の三度〟は生まれたばかりの貴方を村ごと、町ごと焼き尽くして殺しました。しかし不思議なことに、再構築された貴方が死ぬとエール様もまた深い眠りについてしまい、目覚めることがなかったのです』
「クソ親父が……俺にも話が読めてきた。つまり、今の俺が殺されずに親父の下で生かされてた理由は……!」
『そうです……貴方を生きたまま、しかし本来の貴方が持つ魂の輝きを閉じ込め、曇らせる。そうすることで、エール様を目覚めさせつつ、エール様が貴方を〝見つけられないように〟した……』
ちっ……そういうことかよ。
永久が俺と会ったときに教えてくれた、〝俺の本当の色〟。
俺がそれに気づけないようにしていたのも、あのクソ親父だったとはな。
『悠生さんが本来持つ魂の輝きは、全てを穏やかに暖める〝太陽〟。それは、貴方が背負う聖像からも明らかです。ですが、アルト王は永劫に続く六業会との戦いの最中、東の果てで見出した文字と言葉による封印の術を用いて貴方の陽光に雲をかけました。〝月城〟という、貴方本来の力とは対極の名を与えたのも、その一つです』
山田はそう言うと、画面の中で静かに聖書の一ページをめくった――。
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