「気をつけてな……父さん」
「ああ……お前もな、悠生」
朝焼けの光が東の空を白く染める。
朝陽に照らされた殺し屋マンションの前。
俺は永久と二人、旅立つ父さんの前に立っていた。
「あの……っ! 本当にもう行っちゃうんですか? せっかくみんな仲直りできたのに……もっとゆっくりしていっても……」
「……それはできない。たとえエヌアが滅びても……俺の犯した罪は、俺自身が背負うべきものだ。それを終えるまで、羽を休めることはできない」
父さんはそう言うと、固い決意に満ちた瞳で俺たちを見た。
円卓と六業会。そして殺し屋マンション。
全ての殺し屋組織と東京全域を巻き込み、最終的にはエヌアという共通の敵と戦ったあの日から二週間が過ぎていた。
壊滅的な被害を受けた東京都心は今も復興作業の真っ最中だ。
だが四ノ原の活躍のお陰で、一般人の被害は最小限に抑えられた。
太極の根は跡形もなく消えて、二つに割れていた月は一つになった。
もう二度と、月が紅く輝くことはないだろう。
この二週間。
俺たちは六業会の奴らとも、円卓の奴らとも。
ついでに政府のお偉いさんたちとも話した。
あの戦いを最後に、円卓と六業会は停戦した。
そしてその直後。父さんは正式に円卓の縮小を掲げ、最終的には〝円卓の解散〟を目指すと宣言した。
「俺が生み出してしまった円卓という殺意の芽……まずはそれを終わらせ、殺しの者に幕を引く。俺の贖罪は、そこからだ……」
「もし俺たちの力が必要になったら、いつでも言ってくれよ」
「私もっ! 悠生と一緒にお義父さまの力になりますっ!」
「……そのときはよろしく頼む。不甲斐ない父ですまない……」
「父さん……」
俺たちの言葉に、父さんは静かに頭を下げた。
それはきっと……今までの父さんなら、絶対にしなかったはずの行為。
エヌアが死んで。
月が元通りになって。
円卓と六業会が戦いを止めても。
それでも、すでに存在する殺し屋の力は〝なくならなかった〟。
それはつまり、殺し屋が起こす混乱や事件はこれからもなくならないってことだ
父さんはその混乱を少しでも減らすため、円卓の父に戻った。
突然円卓が解散すれば、円卓に所属する大勢の殺し屋をコントロールすることも、把握することもできなくなる。
あの戦いの後……父さんはそれこそ、見るのも辛いほどに自分を追い詰めていた。
けど、ここで俺と永久……ヤジャ先生やスティールと話していくうちに。父さんは自分が始めてしまった円卓という組織を終わらせることが、今の自分がやるべき役目だと考えるようになった。
「俺はあまりにも多くのものを歪めてしまった……。円卓によって殺し屋になることを強制された者たちは、それ以外の生き方を知らない……。俺は、彼らをそうしてしまった責任を果たさなくてはならない」
「きっとできるよ。父さんなら……」
「はい……私もそう思います」
俺たちを見る父さんの顔には、もう円卓の父としての殺意も、楽園の王だったころの威厳もなかった。
でもきっと今のこの父さんこそ、俺が生まれる前……母さんや仲間と暮らしていた頃の父さん本来の姿なんだろう。そして――――。
「ありがとう、悠生……。俺の息子でいてくれて……。俺は、お前のお陰で贖罪を始めることができる……」
「父さんはいつだって父さんだよ……何があっても、絶対にそれは変わらない……」
俺は父さんの肩を抱いて目を閉じた。
すると父さんも俺の背中に手を回して、静かに目を閉じた。
それはずっと昔……俺がまだユーセだった頃。
たしかに感じた父さんのぬくもり。
それをこうして取り戻せたこと。
それがどれだけ幸せで、恵まれているのか。
〝もし私たち家族に次があるのなら……どうか、ユーセのことを許してあげて……。私たちの大切な、ユーセを……。
消える間際、母さんが父さんに願った思い……。
俺は二度と、このぬくもりを失ったりしない。
きっと母さんも、今の俺たちをどこかで見てくれているだろうから――――。
「あーっ!? ずるいずるいずるーいっ! それなら私も! 一緒にぎゅーってさせてくださーいっ! ぎゅ――――っ!」
「ははっ! そうだな、なんたって俺たちは家族だもんな」
「ありがとう、永久……どうかこれからも、悠生のことをよろしく頼む……」
「はいっ! 悠生のことは妻である私がっ! 二十四時間年中無休で面倒みちゃいますっ! すごく好きなのでっ!」
弾けるような永久の笑みに、俺と父さんは揃って顔をほころばせる。
永久はそんな俺たちの手を握ってぴょんと跳ねると、女神そのものの笑みを浮かべて俺たちを包んだ。
「……だからお義父さまも、いつでもまた会いに来て下さいねっ! 私たちは家族……いつだって私たちは、お義父さまと一緒ですからっ!」
「ああ……また会おう。悠生、永久……」
「またな……父さん」
最後。
俺たちを一度だけ振り向いて、父さんはそのまま朝焼けの街に消えていった。
父さんの進む道は途轍もなく険しい。
殺し屋が残した殺意の傷跡は、想像すらできないほどに深い。
けど……きっと大丈夫だ。
父さんには俺たちがいる。
そして、俺には――――。
「ね、悠生……」
「ん……?」
「これからも、ずっと一緒です……。もう絶対に、悠生から離れませんからっ」
「ああ……俺もだよ、永久……」
俺には永久がいる。
鈴太郎とエリカ、レックスやサダヨさん。ヤジャ先生。
殺し屋マンションのみんながいる。
父さんが失ってしまった大切なもの。
それはそのまま、父さんが俺に教えてくれた大切なものでもある。
俺たちの願いと幸せは、俺たちの力で守る。
俺は永久の暖かな手を握り……とっくに見えなくなった父さんの背中を、いつまでも想い続けていた――――。
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