〝この闇に火を灯せ〟
〝この闇を続けるために〟
〝お前は灯火〟
〝闇を照らす炎〟
〝ただそれだけであるように〟
ユーセと一緒に眠るたび、黒い世界から声が届く。
あなたは誰?
私はエル。
ユーセのことが大好きなエル。
初めの頃は、もっと色々なことを覚えていた気がするのに。
ユーセのところにいって、ユーセとお話しするようになって。
その日々はとても楽しくて、それだけが私の全てになって。
いつの間にか、私はユーセと出会う前にどんな日々を送っていたのか、思い出せなくなっていた。
たくさんの光が消えるのを見た気がする。
たくさんの光が私の中に集まってきた気がする。
私はその光を見るのが好きで、その光を見ると、あたたかな気持ちになって。どんな色の光も、大切にしたいと思っていた。
でも……。
「命って、死んでしまったらもう元には戻らないんだ。それは僕たち人間も、猫さんも、虫さんも、お花や葉っぱや木だってそう……」
「命……」
「うん……死んでしまったら、何もかも消えて。地の底の世界に帰るんだって。ヤジャ先生が教えてくれたんだよっ」
「死んだら、消える……」
ユーセが教えてくれた。
大切にしたいと思っている光が、どうしてすぐに消えてしまうのか。
終わりがあるから。
私が見て、感じている全ての光には、終わりがあるから。
どんなに綺麗で強い光も、ずっと輝いていることはできないから。
だからとても美しくて、大切なんだって、ユーセが教えてくれたから。
「偉大なるエール……どうか、我らの捧げる強き願いをお受け取り下さい……」
ある時、私は気付いた。ユーセと一緒にいるようになってからも、私の目の前で強い光が輝いていることを。
その光に惹かれた私は、その光の方に手を伸ばす。
だけど……その強い光はいつも、私が胸に抱こうとすると消えてしまう。
「む……今回は二人とも死んだか。しかし、それならばより強い願いがエールの元に届いたことだろう。二人の亡骸は丁重に葬っておけ」
どうして?
どうして、この光はすぐに消えてしまうの?
消して、いるの?
誰かが。
この強い光を……〝命〟を消しているから。
そんなことをするのは誰?
どうして、そんなことをするの?
光は……命は……強いときも、弱いときもある。
色も変わって、形だって変わる。
私は、〝全部の光〟が好き。
たとえ弱くても。
他の光とは違う形をしていても。
不思議な色をしていても。
私は、全ての光が好き――――。
だから、嫌。
私から光を奪わないで。
この暗い世界から、光を奪わないで。
〝この闇に火を灯せ〟
私は、この暗い場所を照らすためにいるの。
そう言われたの。
せっかく、こんなにきれいで、あたたかな光が満ちているのに。
それを消したりしないで。
〝やはり……今回もこうなってしまいましたか〟
〝真の聖人とは、なかなか現れぬものですね〟
「なんだ……? お前の後ろにいる〝その娘〟は……?」
「え……っ?」
「エル!?」
気付いたら、怖い人が私を見ていた。
すぐに分かった。光を消していたのは、この人だって。
怖い。
平気で光を消せるこの人が。
とても怖かった。
「っ……!? こっちだ、エルっ!」
「ユーセ……っ!」
ユーセに手を引かれて。
私たちは一緒に走った。
冷たい石で出来た階段から、私の体に固い感触が伝わって。
それは、さっきまでよりもずっと私の感覚を鋭くして。
「大丈夫、心配しないでっ! 僕が、ちゃんとエルのことも、後でお父様に……っ!」
ああ、ユーセ……。
どうしてかは分からない。
なんでこうなったのかも分からない。
だけど、ユーセに手を引かれながら走る内に、私にも少しずつ分かってきた。
あの時。私があの怖い人に見つかったあの瞬間。
昔の私はどこかに消えて。
私はユーセと同じになったんだって。
大好きなユーセと同じ光になれたんだって――――分かったんです。
「私はこれからもずっとユーセと一緒にいたい……! ユーセの傍で、エルのままで……! だってこの名前は、ユーセが〝私にくれた〟……私にとって一番大切なものだから……!」
ユーセと同じになった私には、もう昔のことを思い出すことが出来ませんでした。
昔は、もっと色々なことが出来たはずなのに。
昔の私なら、ユーセを助けてあげることができたかもしれないのに。
「ありがとう……エル。守ってあげられなくて、ごめん……っ。大好きだよ……っ」
「私も、大好きです……ユーセ」
そして私は、目の前でユーセの体がなくなるのを見ました。
ユーセは最後まで私に笑顔でいてくれました。
本当はとても辛くて、苦しくて、怖かったはずなのに。
それでも、最後まで私のことを見てくれていました。
ユーセと一緒に砕かれた私は、ユーセと同じようにバラバラになりました。昔の私も、エルになれた私も。全部砕けて、バラバラに。
でも……砕けたのは私の体だけではありませんでした。
目の前で最愛のユーセを失った私は、その時に〝心も一緒に〟砕けてしまった。
悲しくて。辛くて。
どうしていいか分からなくて。
もう何も見たくないという私が。
光を守りたい私が。
みんなの傍にいたいという私が。
そして……ユーセを大好きな私が。
みんなバラバラになって、どこかに飛んで行ってしまいました。
「な……なんだ!? 天上神殿が、ヴァーレルの塔が崩れる……!?」
「アルト王! 西の大地から、山のような大津波がやってきます!」
「なんだと……ッ!?」
砕けた私の心。
それは、私が今まで集めてきた光の終わりでした。
私は力を失って、私の力で生み出された物の殆ど全てが白い綺麗な粒になって消えました。
「イーア……ッ!? イーア!? なぜだ……お前は、エールの力で……ッ!」
「可哀想な、アルト……どうか、自分を責めないで……。そして……もし私たち家族に〝次〟があるのなら……どうか、ユーセのことを、許してあげて……。私たちの、大切な……ユーセ、を……」
男の人が泣いていました。
白い結晶になって消えていくもう一人の女の人を抱きしめながら。
崩れていく塔の上で。ずっと泣いていました。
「偉大なる神を我が物とし、真の神の所有者たる我らの手から奪った大逆の徒アルト! 我が子ソウマの仇……我らが〝聖火〟と共に今こそ晴らしてくれようッッ!」
「先生……見ていて下さい。そして、どうか私に力を……っ!」
大きな戦争がありました。
〝昔の私〟を宿したままの虹色の光が。その戦いの中で輝いていました。
「殺してやる、殺してやる、殺してやるッ! 俺から奪おうとする者は、全て殺してやる! どこだエールよ!? もう一度俺の殺意に、憎悪に応えてくれッ! 俺はかつてよりも遙かに強い憎悪と殺意を、今もこうして願い続けているのだッ!」
男の人はずっと戦っていました。
何十年も、何百年も。何千年経っても。
その人はずっと殺意と死の中に埋もれていました。
そうすることで、昔の私にまた会えると信じているようでした。
「エールは無数の欠片に分かれている。それを集め、一つに戻す器が必要だ。使徒共が編み出していた〝聖火の法〟……エールの力を人の身に宿す絶技。あれを模倣し、エールを再び一つとする」
男の人は、バラバラになった私を一つにしたいようでした。
でも……そんなことをしても、きっともう私は元には戻らない。
だって、私が思い出せる名前はもう一つだけ。
エル。
大好きなユーセがくれた、私の大切な名前。
それだけ。
たとえまた一つになったとしても。
私はきっと、ユーセを大好きなエルだから――――。
殺し屋殺し 第四章 完
第五章 首都決戦編
悠生視点に移行――――
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