殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

僕の全てを

公開日時: 2022年2月1日(火) 12:26
文字数:2,609


「ろ、〝創世主ロード・ジェネシス〟……!? あなたが、円卓の父……!?」

『そうだ』


 確かに心を繋いで、手を握り合って。

 二人で一緒に、みんなのところに戻ろうとした僕とエリカさんの前。


 そこに突然現れたその人――――創世主ロード・ジェネシス


 金色の長い髪に金色の瞳。まるで、研ぎ澄まされた刃のような眼光。

 その鋭い眼差しからは、生き物なら誰だって持つ熱を少しも感じなかった。


 そして、その冷えきった感覚とは不釣り合いな、圧倒的〝殺意〟。


『久しぶりだな、〝鬼火ウィル・オ・ウィスプ〟。俺が手を加えたお前の力のお陰で、俺たちは労せずエールを連れ戻すことが出来る……こうして俺がこの姿を晒したのも、今までのお前の働きに敬意を表したからこそ……』


 何を……。

 何を言ってるんだ、この人は……!?


「敬意……? 敬意だって……っ!? エリカさんは、あなたのせいで今も死にそうな目に遭ってるのに……っ!」

『違うな……今〝死ぬ〟のではない。今日まで〝生きられた〟ということだ。〝篝火の娘〟よ……お前の力は美しい。気まぐれとは言え、この俺がその力が消えることを惜しいと思うほどに。 ――――そしてだからこそ……俺はお前の力と命を結び、手を加え、今日まで生かしてやった』

「あ……あなた、は……っ!?」


 なに……!?

 なんなの……これ……っ!?


 こんな殺意……見たことない……っ。


 それは全ての感情も力も、何もかもを塗り潰して殺す。

 ただ視線を向けられただけで殺される。そう思わずにはいられない殺意だった。


『だが……まさかお前までここにいるとはな、ソーマよ。篝火の娘を敬意と共に殺し、〝俺の力〟を回収して戻るつもりだったのだが……』


 違う。

 この人は違う。


 悠生ゆうせいとも、他の王とも。

 それこそ、母さんとも違う。


 この絶大な殺意。

 まるで空気のように、隙間無く充満するこの殺気。


 抑えてる訳じゃない。

 誇示している訳でもない。


 見れば分かる。


 この人にとって殺すこと、命を奪うということは、僕たちが息を吸って吐くことと同じ。ただそこにあるから殺す。全ての命は、この人に〝殺されなくてはならない〟。


 エリカさんを助けたくて、母さんという僕が知る中で最も強い力を持つ人を乗り越えて。月天星宿王ストリ・ソーマの力も使えるようになったのに。


 そうして色んな事を乗り越えてきた筈の僕でも、何をやっても殺される。

 そういう相手だった。


 だけど。


 だけど――――っ!


「こ、小貫こぬきさん……っ」

「っ……!」


 僕の腕の中。小さく震えるエリカさんが、同じように震えていた僕の腕を掴む。


 はっとなってエリカさんに向けた僕の視線と、エリカさんの怯えとも、絶望ともつかない視線が交わる。


 そうだ。

 そうだった。


 怯えてる暇なんてない。

 今は迷う時じゃない。


 守るんだ。

 エリカさんを守るんだ……!


 今ここでエリカさんを守れるのは僕しかいない。

 そして最初から、僕はそのためにここに来た。


 たとえ相手が誰だろうと。

 たとえ僕が勝てるような相手じゃなかったとしても。



 たとえ……ここで死ぬことになったとしても。



 君だけは、絶対に僕が守ってみせるっ!


「我は月! そして星辰の極に座する者――――!」

『良い判断だ』


 動いた。


 どうしてこの人がここにこれたのとか、なんのために来たのとか。

 そういう色んな疑問も、迷いも全部置き去りにした。


 全部だ。


 僕の中にある思考も、力も、命も全部。

 今の僕が持つありったけを全部、エリカさんを守るために使う!


「天照らす億万の星神よ! 我が身に宿す月輪の元に――――!」

 

 僕はエリカさんを抱きしめながら、一瞬で十を超える印を片手で結ぶ。

 すると眩い閃光が辺りを照らして、それはさっきまで暗かったエリカさんの心の中に光を灯した。


 そしてそれと同時、僕の背に月の光輪が具現化して、僕たちを守るように二十七の星が展開。その光に寄り添われながら、一気に頭上目掛けて飛翔する。


 目の前に立つ創世主の姿が一瞬で小さくなって、明るくなったエリカさんの心の中に消えていく。


 でも……僕がこうしたのは逃げるためじゃない!


「エリカさん……僕、君と友達になれて良かった。エリカさんが僕のお部屋に来てくれたり、飲み物を作ってくれたり……一緒にお話しするのも、お出かけするのも……とっても楽しくて、嬉しかったんだ。もしエリカさんさえ良ければ、これからもずっと仲良く……もっと仲良くなれたらいいなって思ってる」

「え……っ?」

「君は先にみんなの所へ! 僕の星が、エリカさんを連れて行ってくれるから……!」


 瞬間。


 僕は幾つかの星をエリカさんの傍に灯して、そっとエリカさんの体を宙に逃がした。僕の腕の中から解放されたエリカさんの体はふわりと浮かんで……でも、そこで僕の考えに気付いたエリカさんは目を大きく見開いて、僕に向かって必死に手を伸ばしていた。


「そん、な――――っ!? 嫌……っ! 嫌です小貫さんっ! 私も、貴方と一緒に……っ!」

「駄目だよ、エリカさん……この心の世界で君が傷ついたりしたら、それこそ君の身に何があるか分からない……! 大丈夫、外には永久とわさんもいる……エリカさんが意識さえ取り戻せば、きっとみんながなんとかしてくれる!」

「だめ……っ! 小貫さん――――! 私は、まだ貴方に――――っ!」


 最後の瞬間。


 悲痛な表情で手を伸ばすエリカさんに、安心させたくて笑って見せて。

 僕は静かに印を結んだ。


 すると僕の星に導かれたエリカさんの小さな体が更に加速して、頭上に輝く光の中心目掛けて飛んでいく。よし……これで大丈夫。


『――――力だけでなく、その心の有様も同じとはな』


 そして、その声は背後から。


 隠す気もない、ただその辺りを散歩でもしているような。

 でもそれだけで全ての命が腐って死ぬ。そういう殺意が僕に触れる。


「もうこれ以上……エリカさんを傷つけることは僕が許さない……ッ!」

『それがお前の願いか? ならば見せてみろ……お前の願い、その強さを』


 それは、全てを殺す死の象徴。

 これは、全てを殺す殺意の根源。


 きっと昔の僕なら、目を合わせることもできなかったはずの恐怖。

 

 だけど。


「月よ! 森羅万象を抱き、星辰の道行きをここに示せ――――ッ!」


 だけど、もう震えることはない。

 泣き叫ぶことはない。


 あんなことをした僕が。

 一度は全てを失って、何もかもを後悔した僕が。


 今の僕がこうあれるのは、悠生が、永久さんが……エリカさんが。

 みんなが、僕の傍に居てくれたから――――!


 僕はただその想いだけを。

 僕がみんなから受け取った、今までの全てを月の器に詰め込んで。


 即座に構築した月輪の錫杖を握り、その殺意に挑んだ。



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