「ろ、〝創世主〟……!? あなたが、円卓の父……!?」
『そうだ』
確かに心を繋いで、手を握り合って。
二人で一緒に、みんなのところに戻ろうとした僕とエリカさんの前。
そこに突然現れたその人――――創世主。
金色の長い髪に金色の瞳。まるで、研ぎ澄まされた刃のような眼光。
その鋭い眼差しからは、生き物なら誰だって持つ熱を少しも感じなかった。
そして、その冷えきった感覚とは不釣り合いな、圧倒的〝殺意〟。
『久しぶりだな、〝鬼火〟。俺が手を加えたお前の力のお陰で、俺たちは労せずエールを連れ戻すことが出来る……こうして俺がこの姿を晒したのも、今までのお前の働きに敬意を表したからこそ……』
何を……。
何を言ってるんだ、この人は……!?
「敬意……? 敬意だって……っ!? エリカさんは、あなたのせいで今も死にそうな目に遭ってるのに……っ!」
『違うな……今〝死ぬ〟のではない。今日まで〝生きられた〟ということだ。〝篝火の娘〟よ……お前の力は美しい。気まぐれとは言え、この俺がその力が消えることを惜しいと思うほどに。 ――――そしてだからこそ……俺はお前の力と命を結び、手を加え、今日まで生かしてやった』
「あ……あなた、は……っ!?」
なに……!?
なんなの……これ……っ!?
こんな殺意……見たことない……っ。
それは全ての感情も力も、何もかもを塗り潰して殺す。
ただ視線を向けられただけで殺される。そう思わずにはいられない殺意だった。
『だが……まさかお前までここにいるとはな、ソーマよ。篝火の娘を敬意と共に殺し、〝俺の力〟を回収して戻るつもりだったのだが……』
違う。
この人は違う。
悠生とも、他の王とも。
それこそ、母さんとも違う。
この絶大な殺意。
まるで空気のように、隙間無く充満するこの殺気。
抑えてる訳じゃない。
誇示している訳でもない。
見れば分かる。
この人にとって殺すこと、命を奪うということは、僕たちが息を吸って吐くことと同じ。ただそこにあるから殺す。全ての命は、この人に〝殺されなくてはならない〟。
エリカさんを助けたくて、母さんという僕が知る中で最も強い力を持つ人を乗り越えて。月天星宿王の力も使えるようになったのに。
そうして色んな事を乗り越えてきた筈の僕でも、何をやっても殺される。
そういう相手だった。
だけど。
だけど――――っ!
「こ、小貫さん……っ」
「っ……!」
僕の腕の中。小さく震えるエリカさんが、同じように震えていた僕の腕を掴む。
はっとなってエリカさんに向けた僕の視線と、エリカさんの怯えとも、絶望ともつかない視線が交わる。
そうだ。
そうだった。
怯えてる暇なんてない。
今は迷う時じゃない。
守るんだ。
エリカさんを守るんだ……!
今ここでエリカさんを守れるのは僕しかいない。
そして最初から、僕はそのためにここに来た。
たとえ相手が誰だろうと。
たとえ僕が勝てるような相手じゃなかったとしても。
たとえ……ここで死ぬことになったとしても。
君だけは、絶対に僕が守ってみせるっ!
「我は月! そして星辰の極に座する者――――!」
『良い判断だ』
動いた。
どうしてこの人がここにこれたのとか、なんのために来たのとか。
そういう色んな疑問も、迷いも全部置き去りにした。
全部だ。
僕の中にある思考も、力も、命も全部。
今の僕が持つありったけを全部、エリカさんを守るために使う!
「天照らす億万の星神よ! 我が身に宿す月輪の元に――――!」
僕はエリカさんを抱きしめながら、一瞬で十を超える印を片手で結ぶ。
すると眩い閃光が辺りを照らして、それはさっきまで暗かったエリカさんの心の中に光を灯した。
そしてそれと同時、僕の背に月の光輪が具現化して、僕たちを守るように二十七の星が展開。その光に寄り添われながら、一気に頭上目掛けて飛翔する。
目の前に立つ創世主の姿が一瞬で小さくなって、明るくなったエリカさんの心の中に消えていく。
でも……僕がこうしたのは逃げるためじゃない!
「エリカさん……僕、君と友達になれて良かった。エリカさんが僕のお部屋に来てくれたり、飲み物を作ってくれたり……一緒にお話しするのも、お出かけするのも……とっても楽しくて、嬉しかったんだ。もしエリカさんさえ良ければ、これからもずっと仲良く……もっと仲良くなれたらいいなって思ってる」
「え……っ?」
「君は先にみんなの所へ! 僕の星が、エリカさんを連れて行ってくれるから……!」
瞬間。
僕は幾つかの星をエリカさんの傍に灯して、そっとエリカさんの体を宙に逃がした。僕の腕の中から解放されたエリカさんの体はふわりと浮かんで……でも、そこで僕の考えに気付いたエリカさんは目を大きく見開いて、僕に向かって必死に手を伸ばしていた。
「そん、な――――っ!? 嫌……っ! 嫌です小貫さんっ! 私も、貴方と一緒に……っ!」
「駄目だよ、エリカさん……この心の世界で君が傷ついたりしたら、それこそ君の身に何があるか分からない……! 大丈夫、外には永久さんもいる……エリカさんが意識さえ取り戻せば、きっとみんながなんとかしてくれる!」
「だめ……っ! 小貫さん――――! 私は、まだ貴方に――――っ!」
最後の瞬間。
悲痛な表情で手を伸ばすエリカさんに、安心させたくて笑って見せて。
僕は静かに印を結んだ。
すると僕の星に導かれたエリカさんの小さな体が更に加速して、頭上に輝く光の中心目掛けて飛んでいく。よし……これで大丈夫。
『――――力だけでなく、その心の有様も同じとはな』
そして、その声は背後から。
隠す気もない、ただその辺りを散歩でもしているような。
でもそれだけで全ての命が腐って死ぬ。そういう殺意が僕に触れる。
「もうこれ以上……エリカさんを傷つけることは僕が許さない……ッ!」
『それがお前の願いか? ならば見せてみろ……お前の願い、その強さを』
それは、全てを殺す死の象徴。
これは、全てを殺す殺意の根源。
きっと昔の僕なら、目を合わせることもできなかったはずの恐怖。
だけど。
「月よ! 森羅万象を抱き、星辰の道行きをここに示せ――――ッ!」
だけど、もう震えることはない。
泣き叫ぶことはない。
あんなことをした僕が。
一度は全てを失って、何もかもを後悔した僕が。
今の僕がこうあれるのは、悠生が、永久さんが……エリカさんが。
みんなが、僕の傍に居てくれたから――――!
僕はただその想いだけを。
僕がみんなから受け取った、今までの全てを月の器に詰め込んで。
即座に構築した月輪の錫杖を握り、その殺意に挑んだ。
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