前後を漆黒のトレーラーに挟まれた俺たちの車は、高速を降りてからざっと小一時間ほど国道を走った後、人気の無い山中へと入った。
どうやら、〝互いの狙いは同じ〟だったらしい。
それを感じ取った俺は、思わず笑みを浮かべる。
〝いずれ、君と本気で戦ってみたいものだ〟
あの時の言葉……どうやら冗談じゃなかったらしい。
「着いたな……行くぞ」
「うん……っ! 頑張ろうね、悠生っ! サダヨさん、小貫さんも!」
「あわわ……! ど、どうしてこの僕がこんな目に……っ!? あっ……そうか! これは夢……きっと夢だっ! 目を覚ませば僕はまだベッドの上で、朝食のパンをこれから焼いて……!」
「クヒヒッ……! ところがどっこい……! 夢じゃありません……ッ! 現実……これが現実……! さっさと車を降りな……鈴太郎……ッ!」
「アバーーーーッ!?」
ゆっくりとドアを開け、決意と共に車を降りる俺と永久。
そしてその後方では、サダヨさんの持つ箒で文字通り車から掃き出される鈴太郎。
最後に地面すれすれを這うようにしてサダヨさんがその場へと降り立つ。
時刻は丁度昼の二時を回っている。
周囲を見回せば、どうやら廃棄されたゴミ焼却場跡のようだ。
錆び付いた薄い板金の壁は塗装が剥げ落ち、赤茶けた錆とくすんだ灰色で塗り込められている。この場に〝見た目以上の仕掛け〟が無いのなら、ここは相当に公平な戦場と言えた。
先んじて廃工場へと進んでいたトレーラーが止まる。
車から降りた俺たちを囲むように、軽く〝十を超える殺し屋の気配〟が現れる。そして――――。
「――――よく来たね、〝拳の王〟。私の招きに応じてくれたこと、とても嬉しく思っているよ」
「久しぶりだな〝スティール〟。流石に一対一で俺とやり合う勇気はなかったか?」
俺の耳に、聞き覚えのある深いバリトンの声が届いた。
目の前に停まるトレーラーの影。
小さな車椅子に乗った〝老人〟が姿を現わす。
「保険だよ……そう心配せずとも、彼らには私と君の戦いには手を出すなと命じてある。もしそのような無粋な真似をする者がいれば、君の代わりにこの私が断を下そうじゃないか」
「ハッ! 相変わらず気取ったジジイだ」
錆び付いた金属を思わせる赤銅色のタキシードを纏ったその男。
この車椅子に乗る痩せた老人こそ〝鋼の王〟。
世界最強の殺し屋組織〝円卓〟の最上位。
かつての俺と同じ、九人の王の一人。
白と銀に染まった豊かな髪を後方に流し、生気と瑞々しさを全身から失いながらも、その濁った両目の眼光はまるで鷹の瞳のように鋭い。
スティールは筋と骨の浮いたしなびた手を自身の膝の上でゆったりと組み合わせると、俺たち四人に穏やかな笑みを浮かべてみせる。
「お、王……! そ、それも……〝円卓の始まりから王だった〟っていう……鋼の王……っ!?」
「心配すんな鈴太郎。見ての通り、ジジイは俺をご指名だ。 ――――お前は永久を頼む」
「っ…………! わ、分かった……分かったよっ! やってやるよ……っ! 死ぬなよ、悠生……!」
「クックック……! ここに〝ビデオはない〟けどね……! 雑魚掃除なら任せておきな……ッ!」
ついさっきまで一切の気配がなかったその場に、渦巻くような殺気が立ち昇る。
異変を感じ取った周囲の鳥が絶叫を上げて空へと逃避し、逃げることの出来ない植物は、自分たちの運命を悟って力なく頭を垂れる。
「悠生っ! 私も一緒にっ!」
「いや……俺は奴のタイマンを受ける。その方が永久を守りやすいしな。それより、永久は〝今ここにいない奴〟のことを見てくれ。頼めるか?」
「あっ! そっか……そうでしたっ! わかりました、やってみますねっ!」
俺と一緒に戦おうと身構える永久。
だが俺は彼女の手をそっと握って目配せすると、静かに制する。
確かにスティールは策を弄するタイプじゃない。
奴が一対一だと宣言した以上、それが破られることはまず無いだろう。
だが、それと同じくスティールの円卓への忠誠心は間違いなく本物だ。
円卓が切羽詰まってるこの状況。このまま何も無いとは到底考えられなかった。
「おお……これはこれは。〝レディ・トワ〟……相変わらず、なんとお美しいことか。少々遅れてしまいましたが、貴方様と拳の王のご成婚、祝福させて頂きます。 ――――〝おめでとう〟」
「え……っ!? あ……あの…………ありがとう、ございます…………」
「怖がるのも無理はない。一度は貴方様の廃棄を決めておきながら、また必要になったから戻ってこいなどと…………全くもって、エレガントとは言えませんな」
その深い皺を刻んだ顔に笑みを浮かべ、鋼の王が動く。
車椅子から腰を上げ、一切の淀みなく自らの足で大地に立つ。
そしてその時には、スティールが先ほどまで腰掛けていた車椅子は、〝跡形もなく消えていた〟。いや、正確には消えたんじゃない。
車椅子だった金属は〝喰われた〟のだ。
目の前に立ち塞がる、円卓の王に。
「――――どうか許して欲しい。貴方様が手に入れたその幸せを、この私の手で終わらせることを」
目の前の空間が歪む。
立ち上がり、先ほどよりも〝明らかに若々しい姿〟となった老人は、ゆっくりと自身の手の甲を天に掲げた――――。
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