殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

エピローグ

その夜は続く

公開日時: 2022年3月27日(日) 18:16
文字数:2,112


 夜の闇と街の光。光と闇のコントラストがきらめく大都市の狭間。

 夜空には大きな丸い満月が浮かんで、僕たちのことを静かに見下ろしている。


『殺し屋への殺人依頼は法律で禁じられた重大な犯罪です。殺し屋、ダメ。絶対!』

『殺し屋に依頼する前に! 貴方が殺したい相手にも大切な家族や友達がいます。都の相談センターはこちら』


 ビルに設置された大きなディスプレイには、今も殺し屋への警告が流れている。

 それでも、最近は殺し屋絡みの事件もすっかり少なくなった。


 僕は流れていくその広告を見送ると、改めて目の前に立つ殺し屋に意識を集中させる。


「落ち着いてくださいっ! 僕はあなたを傷つけたりしません! 言う通りにしてくれれば、ちゃんと弁護士だってつきますから!」

「殺し屋殺し……! なぜ俺がここで標的を狙うと知っていた!?」

「もう円卓も六業会も、あなたみたいな無所属の殺し屋の動きはみんなで共有して監視してるんですっ。今ならあなたの〝再就職先〟も斡旋しますから、大人しく投降してくださいっ!」


 その間にも、冷たいビル風が僕たちの間を駆け抜けていく。


 今僕とお話ししているこの人は〝アイスマン〟さん。


 昔に一度悠生ゆうせいにやられたことがあるらしいんだけど、円卓で力を取り戻した後で円卓を抜けて、今ではフリーの殺し屋として活動してるみたい。


 悠生のお父さんが円卓の段階的な縮小を宣言したことで、円卓を抜けた殺し屋は多い。初めの頃はそれで色々大変だったけど……今は円卓と六業会、それに現地の組織とで協力して、殺し屋の活動を未然に防ぐ努力を続けている。


 だから僕たち〝殺し屋殺し〟の仕事は今も継続中。


 そうはいっても、いつまで殺し屋殺しを続けられるかはわからないから、警備員や要人警護の仕事を始めた人もちらほらいるけどね。


「ぐぐ……! そういうことだったのか……!? 円卓め……腑抜けおって!」

「今時殺し屋なんてやってても大変なだけで儲かりませんよ! 今日は僕だったから良かったですけど、また悠生が来たらどうするつもりだったんですっ? ボコボコにされちゃいますよっ!」


 いかにも殺し屋という仕事に誇りを持ってます……って感じのアイスマンさんに向かって、僕は必死に呼びかけた。


 実際、円卓も六業会も縮小に動いてる今の殺し屋界隈で、これからもずっと殺し屋として活動するのは厳しいと思う。

 再就職の話だって本当だし、アイスマンさんにとっても絶対に悪い話じゃないと思うんだけど……。


「ぐぬ、ぐぬぬーー……! わかった……投降する。先の話、忘れるなよ!」

「ほっ…………分かってくれて良かったです」


 よ、良かったぁああああ……っ!

 なんとか分かってくれたみたい。


 アイスマンさんは両手を挙げて降参を伝えると、そのままがっくりとうなだれてビルの屋上に腰を下ろした。


「フン……お前のことは知っている。〝殺し屋マンションの月〟だろう? 二年前の拳の王といい、お前も到底俺の勝てる相手ではないからな……」

「あ……僕のこと、ご存知だったんですね」

「一度目は王にやられ、そして二度目は九曜か……どうやら、俺は殺し屋に向いてない。あまりにも運がなさ過ぎる」

「た、たしかにそうかも……。その……心中お察しします……」

「同情するな! 余計惨めだろう!」


 すっかり戦意を失って首を振るアイスマンさん。

 僕はそんなアイスマンさんに乾いた笑いを浮かべると、スーツの胸ポケットからスマホを取り出して画面を確認する。


『大好きな鈴太郎りんたろうさん。標的となっていた皆さんの安全は確保しました。鈴太郎さんもお気をつけて。無事の帰りをお待ちしています――――エリカ』


 僕のスマホの画面には、エリカさんからの想いのこもったメッセージと、〝五百個くらい〟の愛情スタンプの連打が続いていた。うん……ありがとうエリカさん。


 それを見た僕はすぐにエリカさんに返事を送ると、送ってもらった気持ちに負けないくらいのスタンプを僕からも送り返した。

 そして今は大切な〝家族になった〟エリカさんの笑顔を思い浮かべて、思わず顔をほころばせる。


 エリカさんからのスタンプの数にも最初は驚いたけど……今ではすっかり慣れちゃった。もう僕も同じくらい送ってるし!


「なんだ……このラブいやりとりは……? これはお前の恋人か?」

「えへへ……実は、つい最近結婚したんですっ! だから彼女は僕の大切な恋人で……大好きな妻ですっ」

「ぐおおおおおお!? のろけおってからに貴様!? もういい……! さっさと俺を送り届け、一刻も早く家に帰れ! 俺まで砂糖の柱になりそうだッ!」

「は、はいっ! ありがとうございますっ!」


 いつのまにか後ろから僕のスマホを覗き込んでいたアイスマンさんに急かされて、僕たちはそのままビルの屋上から階下を埋め尽くす街の光の中に飛び込んでいく。


 続いていく僕たちの日々。

 

 その日々の中で変わらないこと。

 変わったこと。

 

 僕たちが過ごす日々に明確な区切りなんてなくて。

 色々なことが積み重なって続いていく。


 だから今は……一秒でも早く大好きなエリカさんのところに帰ろう。

 何度でもただいまって言って、何度でもエリカさんをぎゅって抱きしめるんだ。


 僕はそう願いながら、あの日から続く夜の下を歩いていく。

 


 そして、きっとそれは悠生も――――。


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