〝月天星宿王〟
僕の発したその言葉。その名前。
それは僕が生まれてから今まで、一度だって聞いたことのない名前だった。
でも、それを僕は知っていた。
なんでかは僕にも分からない。だけど、確かに僕はこの名前を――――いや、〝この名前で〟呼ばれていたことが――――。
「鈴太郎……!?」
「小貫さんっ!? まさか、その力は……っ」
「この光……小貫さんから……?」
「ああ……っ!? ああああ……っ! 鈴太郎……! やはり、貴方は……!」
母さんの太陽。その熱が遠ざかる。
ううん、遠ざかるんじゃない。僕の中に、母さんの力が〝流れ込んで〟くる。
母さんの力だけじゃない。
この場で戦っている、永久さんやエリカさん。シュクラさんやシャニさん。
そして悠生の力まで。ありとあらゆる力が、僕の中に飛び込んでくるのを感じる。
そうだったんだ。僕が宿していた〝ソーマ様〟の本当の力。それは、波を操る力なんかじゃなかったんだ――――。
「月よ――――」
僕を包む太陽の中で、ゆっくりと目を開く。すると母さんの太陽が跡形もなく消えて、そしてそれと同時に、僕の背後から優しい光が辺りを照らした。
直接見なくても分かる。
今、僕の背には母さんが掲げる〝太陽の光輪〟と同じ、〝三日月の光輪〟が現れていた。それはつまり、僕がソーマ様の力と完全に一つになったっていうこと。
「お前、それは――――っ?」
「ごめん悠生……いつもいつも、心配かけてばっかりで。でも、もう大丈夫……! 今度こそ、君と一緒にやってみせる……っ!」
「……何言ってんだ。お前は今までも、いつでも一緒にやってくれてただろうが……っ」
炎の中から戻ってきた僕を見て、悠生は本当に嬉しそうに笑ってくれた。
そして、上空から僕を見下ろす母さんは――――。
「見事……っ! 見事です、鈴太郎……っ! やはり貴方こそ六業会の……いいえ、この〝私の宝〟です……っ! ああ……っ! なんて強く、優しい光……!」
「母さん……。僕は母さんのこと、今でもとっても〝大好き〟だよ……」
「ああ……鈴太郎……っ! 母も、貴方のことを……っ!」
僕の姿を見て、ボロボロと大粒の涙を後から後から溢れさせる母さん。
僕はそんな母さんを見上げながら、傷だらけになった悠生を庇うように静かに印を結ぶ。
「でも……! 僕はもう二度と母さんの所には戻らない! そして……母さんが僕の大切な友達や、僕の大好きな人たちを傷つけるというのなら……! それを僕は絶対に許さないっ!」
「……っ!?」
その言葉に呼応して、僕の光輪が力を増す。ふわりと体が浮かび上がって、頭上に浮かぶ母さんと正面から視線が交わる。
いつだって迷いのない母さんの目が少しだけ泳ぐ。けど母さんは、すぐにぎゅっと目を閉じて歯を食いしばると、いつも通りの毅然とした声で言葉を発した。
「鈴太郎……残念ですが、貴方の願いは許されません。貴方がその身に〝神の力〟を宿している以上、貴方には生まれながらにして与えられた責務があるのです。 ――――貴方がその責務を放棄し、あまつさえ六業会に叛逆するというのなら……太陽たる私もまた、私の責務を果たさなくてはなりません……!」
「母さん……っ」
その時。母さんはとても悲しそうな、辛そうな表情を一瞬だけ浮かべて。
でも次の瞬間には、背中の光輪を燃え上がらせて、両手で印を結んだんだ。
「我は〝日曜〟。万象一切を照らし、見出す者――――!」
「我は〝月〟。そして〝星辰〟の極に座する者――――!」
灼熱の太陽。初手から放たれた母さんの力は、さっきまでの力とは比べものにならない力だった。
ただそこに現れただけで、ホール全体を覆っていた金属製の壁が真っ赤に染まる。母さんの後ろに残っていた骨組みの残骸は一瞬でドロドロに溶けて、ショートした配電線からいくつもの火花が散る。けど――――!
「星よ――――!」
母さんの太陽が全てを焼き尽くすより前。僕の周囲から二十七個の〝星の光〟が現れる。
それは母さんの太陽の周りをまるで衛星のように一定の軌道でぐるぐると周り、やがてその熱と力を受け止めて、全てをその軌道の中に完全に押しとどめてしまう。
「……っ!? この光は……っ!」
「全部、〝母さんの言う通り〟だった! 確かに僕は、みんなの光を受けているからこそ輝ける、生きていけるんだっ!」
奔る。
星の光で母さんの太陽を封じ込めた僕は空中を滑るように、月と星の光で作った道の上を加速する。
ずっと昔。まだ僕が小さな子供だった頃。
母さんは僕の手を握って夜空を見上げ、何度も何度も聞かせてくれた。
〝月は器〟
神様が作った、なんでも受けることの出来る大きな器なんだって。
善も悪も。どんなものでも入れておける、大きな容れ物なんだって。
外の光を受け、より力を増す。
受け、止める。そしてそれを波として外に放つ者。
それが僕に宿る〝九曜の月〟様の、ううん――――〝月天星宿王〟様の力だったんだ!
「はぁあああああ――――!」
僕はそのまま印を結びながら加速。母さんの太陽を押さえ込む光とは別に、僕が持つ月の光輪が後光を放つ。
印を結んでいない左の手の平に光が集まる。その〝輝きは五つ〟。
母さんから受けた〝太陽〟の。
シュクラさんとシャニさんから受けた〝金と土〟の。
エリカさんから受けた〝炎〟の。
永久さんと悠生から受けた〝純銀〟の。
この時、この場所で振るわれた全部の力が僕の中に集まって、杖頭に三日月型の月輪が天を仰いで輝く一振りの〝錫杖〟に変わる。限界まで加速した僕の視界に、太陽の障壁に守られた母さんの姿が映る。
母さん――――っ!
振り抜く。
敵も味方も。全ての力を束ねた月光の錫杖が、母さんの障壁を木っ端微塵に打ち砕く。そしてその向こうにある、全てを焼き尽くす太陽の力も貫いて――――。
閃光。
そして、音の無い静かな光の波。
僕と母さんの激突で放出された全ての力は、僕の光輪の中に収まって、辺りを震わせることも、何かを壊すこともなかった。
「ごめん、母さん……。でも……!」
そのまま交差して錫杖を振り抜いた僕の背後。
燃え続けていた母さんの太陽が砕ける。
「これが、僕の答えだ――――!」
僕は両目にちょっとだけ涙を浮かべながら。それでも、もう母さんのことを振り返らずに、はっきりとそう言ったんだ――――。
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