「何を見ている?」
「…………」
あれはまだ俺がガキの頃。
親父に連れられ、数え切れない死体の山の中を歩いていた頃。
珍しく数週間も滞在したとある町も、親父の気まぐれ一つで血の海に沈んだ。
「ともだち……」
「ほう……? その〝足〟がか?」
俺は目の前に広がる乾ききった血の海のほとりで、見覚えのある靴を履いた子供の、千切れ飛んだ足を指さしてそう言った。
それは、物心ついてから一度もどこかに留まることのなかった俺に初めて出来た、同じくらいの歳のダチの足だった。
「どうして……ころすの?」
「どうしてとは?」
「だって……ころしたら、もうあそべないよ……おはなしも、できないよ……」
きっとその時、俺は生まれて初めて親父のやることに疑問を抱いた。
それまで、ガキの俺にとって目の前で人が死ぬのは〝現象〟だった。
常に親父の腕に抱かれながら、目の前で人が肉片と血煙に変わるのを、ただの現象としてじっと見ていた。
だが……その時俺は初めてその死んでいく奴らにも心があり、意思があり、自分と気持ちを通わせられる、同じ存在なんだと気付いた。
常識的に考えればそれだって狂ってる。
それでも、俺がそのことに気付けたのは、きっと奇跡的なことだったんだろう。
「友達が死ぬのは悲しいか?」
「うん……っ! うぅ……っ」
「そうか……」
命に取り返しは付かない。
死ねば、何もかも終わり。
どんなに願っても、悲しんでも。
もう二度と戻ることはない。
初めて知ったその喪失感と苦しみに、俺はただ泣きじゃくることしか出来なかった。だが、そんな俺に向かって親父は……あの男はこう言い放ったんだ。
「お前の友達は俺より弱かった。力も、願いも、欲望も、運も……全てが俺に劣っていた。それでは、俺に殺されるのは当然だ」
「よわい、から……?」
「そうだ……悠生。俺は誰よりも強い。それは力だけではない、俺は俺の願いを叶えるために、全てを捧げてここまで来た。この世で〝最も強い願いを持つ存在〟だ」
「……っ」
その時の親父の顔を、俺は今でもはっきりと覚えている。
ただ一人のガキ相手に、あの男は凄み、脅し、大人げなく殺気を漲らせてそう凄んで見せたんだ。
「いいか……? 俺がお前を傍に置くのも、お前が俺の目的にとって重要だからだ。お前がそうでなくなれば、今すぐにでも殺す……ッ」
「いや、だ……こわい……っ。こわい、よぅ……っ!」
「ならば強くなれ……力を磨き、願いを持って俺を超えて見せろ。俺がお前の力を有益だと判断する間は、生かしておいてやる……」
――――――
――――
――
「う……おおおおおおおおお――――ッッ!」
加速する視界の中。
俺の脳裏に浮かんだかつての記憶。
そうだ……ッ!
ごちゃごちゃと理由を並べてはいたが、俺はただ親父にビビってただけだッ!
怖くて、死にたくなくて。その恐怖に縛られて、最後には何もかも無意味だと、ゾンビみてぇな考えに囚われた。
親父には勝てないと、最初から戦う事なんてこれっぽっちも考えなかった!
「らぁああああああ――――ッッ!」
『どうした? その程度では〝新しい器〟を得た俺には勝てんぞ』
「くっ……ッ!」
俺の繰り出した渾身の拳。
それは親父の――――いや、創世主の展開した無数の〝刃〟によって止められていた。
『怖いか? たとえエールの力を手に入れ、俺の元から離れても、俺がお前に施した恐怖はそう簡単に消えることはない』
瞬間、創世主と交錯する俺の全方位に紫色の閃光を纏った刃が並列。俺は即座に後方に飛ぼうとするが、光速すら上回る速度で一切の躊躇無く放たれた刃に、俺の迎撃は間に合わず――――。
「リア充は――――ッ!」
「俺の……保護者は……!」
「マスターはッ!」
「私の――――私の大好きな悠生を、傷つけさせはしませんッッ!」
だが、俺が被弾を覚悟したその刹那。
横から突っ込んできたサダヨさんが俺を箒で弾き飛ばし、放たれた創世主の刃を半ばで折れた聖剣が受け逸らす。弾かれた俺を蒼い炎が優しく包み、更には創世主と二人の王がいる位置目掛け、天上から純銀の破壊をもたらす永久の光芒が叩き付けられた。
「クックックック……! 悪いけどね悠生……コイツに借りがあるのはアンタだけじゃないのさ……ッ!」
「そうだ……この男は俺の自由を奪った……! それだけは、絶対に許せない……ッ! たとえ……俺のランキングが下がったとしても……ッ!」
「マスターっ! 私もやります……っ! 鈴太郎さんや永久さんに救われた私の命……みんなのために使わせて下さい!」
「お前ら……!」
窮地に陥った俺を救い、そのまま一斉に乱戦へと雪崩れ込んだサダヨさん、レックス、エリカ。そして――――。
「大丈夫ですよ……悠生。今の貴方にはみんなが……そして、なんと言ってもこの私がついてますからっ! ね?」
「永久……」
その背に四枚の翼を広げ、俺の隣に舞い降りる永久。
永久は初めて会った時と同じ……いや、それよりも遙かに深い愛情の込められた金色の瞳で俺を見つめ、手を握ってくれた。
「悪い……先走っちまった。なら、こっからは――――!」
「はいっ! 私たちみんなで、あのわるーいラスボスをフルボッコにしましょーっ!」
そう言って、いつも通りの満面の笑みを浮かべる永久。
それを見た俺の心から沸き上がる怒りと憎悪が波のように引き、入れ替わるようにして力強い決意と勇気が湧いてくる。
ああ……いつだってそうだ。
いつだって俺は、永久の笑顔に助けられてばっかりだ。
そしてだからこそ――――。
「やるぞ! 俺たち二人の力で!」
「おー! 行きますよ、悠生っ!」
だからこそ……絶対に俺は永久の笑顔を失うわけにはいかない!
「ハハッ! 悠生の次は君たちが遊んでくれるのかいッ!? いいねぇ……! ゾクゾクするよ――――!」
「クク……! テメェらがそのつもりなら、お望み通り跡形もなく消し飛ばしてやる……! 後悔する暇も与えねぇ……ッ!」
放たれた光芒と無数の衝撃の後。
創世主の左右を固めていた鏡と渦。二人の王が同時に動く。
「お前の鏡にはもう慣れた――――ッ!」
「悪いな……俺は渦も斬れる……!」
しかしそれと交錯するようにして、ユールシルの鏡は俺の拳が、渦の王の放つ荒れ狂う無数の湾曲空間はレックスの聖剣が断ち切る。
『お前がまだ〝生きている〟と報告は受けていた。あの男に飼われ、命を繋いだか?』
「黙れ……ッ! アタシはねぇ……〝アンタに捨てられて〟感謝してるんだよ……ッ! お陰でアタシは……たくさんのキラキラをこの目で見れた……ッ!」
二人の王と交錯する俺のすぐ横。サダヨさんが渾身の力で箒を振り下ろし、創世主の刃を数本へし折りながら肉薄。激しい閃光の華で俺たちまで照らし、大気を震わせる。だがなんだ……!? この二人、なに言ってやがる……?
「〝折れた刃〟に〝神の近似値〟……そして〝お前〟。ここはまるでゴミ溜めだな……?」
「ゴミ溜めで結構……ッ! アンタの作った楽園なんかより、ここは遙かにキラキラしてる……ッ!」
「気をつけろサダヨさん! そいつの刃はッ!」
その時。サダヨさんの頭上から創世主の刃が降り注ぐ。
俺はユールシルの鏡を打ち砕いた勢いそのままにサダヨさんのカバーに入り、その刃を渾身の拳で砕き抜く。
だが、いくつかの刃は俺の迎撃を抜き、サダヨさんの身に襲いかかる。サダヨさんはそれらの刃を箒を回転させて弾き、身を翻して躱しきって見せた。だが――――。
「アンタにも教えてやる……ッ! リア充は……愛でるもの……ッッ!」
馴染みの決め台詞と共に、その全身から禍々しい殺気を放つサダヨさん。
だが……創世主の刃で切断された前髪から覗く、初めて見るサダヨさんの素顔。
それは俺が誰よりも良く知る、最愛の永久と瓜二つだった――――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!