「おう、アルトか。こっちも今ちょうど終わったところだ」
「そのようだな」
神殿でのエヌア様への報告を終えた俺は、都市の外郭に広がる〝殺しの者〟専用の一角に戻っていた。
ひび割れた質の悪い日干しレンガと、ひしゃげたナツメヤシの骨組みで補強された通り。何度も洗われてすり切れた布は、向こう側が透けて見えるほどだった。
「亡骸の処理は?」
「きっちり五人、まだ燃えてる」
ここに帰る途中、もうもうと黒煙が立ち昇っているのは俺も確認していた。
裁きを下した者や、その縁者の火葬を担当する仲間から粘土板を受け取った俺は、そこにある碑銘に目を通す。
「一人だけ小さな子がいてな……俺も心が痛んだよ」
「そうか……ご苦労だった」
仲間の言う通り、最も下に刻まれた短い名前の横には、まだその命が生まれ落ちて数年だったことが刻まれていた。
法とは言え……やはり一切の咎もない、無垢な存在を手にかけるのは誰しも心苦しいものだ。俺たちの仲間にはそういった情を感じない者や、あえて感情を殺すよう心がけている者もいる。だが俺も含め、大多数はそうではない。
「嫌な役目を任せた。すまなかったな」
「はぁ? 冗談言うな、一番キツいのはお前だろうが。今日だって、本当は他の奴に任せりゃよかったんだ。お前もイーアも、今が一番大変なときなんだぞ?」
「そうだな。俺も流石に、子が生まれる前の仕事はこれで最後にするつもりだ」
「そうしてやれ。お前ら二人の、初めての子供なんだからな」
俺は細く曲がりくねった通路を進みながら、夜明けと共に一日を始める仲間たちに挨拶をして回る。
年老いた者も、年若い者も。男も女も、肌の色も様々。だが、ここで暮らすほぼ全ての者は、〝殺しの力〟と呼ばれる、大神エールの力を与えられた者たちだ。
元々、エヌア様と九人の使徒は、大神エールから〝森羅万象を操る力〟――――命を育み、世を平定する大いなる力を授かっている。
俺たちの国では、神の力はエヌア様と九人の使徒以外に行使することは許されていない。だが、俺たち殺しの者だけは〝命を奪う〟ことに限定された加害の力を大神エールから賜り、振るうことを許されている。
その力は多岐にわたり、炎や寒さを武器にする者や、通常の石とは違う光を放つ石を操る者、遠く離れた物を手を触れずに動かせる者もいる。
そして俺もまた、大神エールから〝あらゆる物体を断ち切る刃〟を与えられ、裁きを行うときに限り行使することが許可されていた。だが――――。
「ああ、アルト……すまんが、使徒様に麦をもう少し頂けないか聞いてみてはくれんか? デーツでもいいんだが……」
「イノ爺か。供給は十分に頂いているはずだが、何かあったのか?」
「婆さんの具合がよくないんだよ……少しでも食べて、元気になればと思ったんだが……」
「そういうことか……分かった、俺から掛け合ってみよう」
歩きながら、俺は道沿いの小さな窓から顔を出した馴染みの爺さんに頷き、他にもいくつかの頼みを聞いて回る。
俺たちの生活は貧しい。
豊かで物と娯楽に溢れ、外敵や砂の侵入を防げる都市の内部には住めず、農地を自ら耕すことも許されていない。それらは全て、俺たちに与えられた殺しの力故。
強大な力を持ち、その力で罪人たちの命を奪う。
そのような俺たちを、国の多くの者は忌み嫌い、穢れとして遠ざける。
そのような民草の反感をなだめ、衝突を避け、互いの尊厳を守るという名目で、俺たち殺しの者は都市の外に住み、水も食料も配給によってまかなわれる。
殺しの者は都市の者と交わることも許されず、婚姻も認められることもない。
親から子へ、子から孫へと。殺しの力は受け継がれ、生まれながらにして血に塗れた暗い道を歩むことを運命づけられる。
生きる術となるような生産技術を覚えることは固く禁じられ、俺たちは国に依存しなければ生きることが出来ないよう縛られていた。だがその分、国から与えられる食料そのものの量は満足出来る物であり、その点においてはある種の特権階級とも言えた。
「ただいま、イーア。体調はどうだ?」
「お帰りなさい、アルト。今日も大変だったでしょう?」
そうして……ぐるりと殺しの者の区画を回ってから辿り着いた我が家。
そこには俺の愛するただ一人の妻であるイーアが、大きくなったお腹を庇うようにして出迎えてくれた。
「どうということはない。君と、生まれてくる我が子のことを思えば、何があろうとも乗り越えられる」
「ふふ……本当に強いお方。でも、あたながどれほど強く、鋭くても……人の身である以上休息は必要です。どうか無理しすぎないで……休みたいときや辛いときは、すぐに言って下さっていいのですからね?」
「ああ、今もそうさせて貰っているさ。君の顔を見ると、とても心が落ち着く……」
「アルト……」
俺はイーアの小さな体をできる限り優しく、手を添えるようにして抱きしめる。
俺の心を落ち着かせる優しい香りが胸を満たし、暗い闇の中で血に塗れた俺の体と心を癒やしてくれる。
「君のためにも、この子のためにも……俺はこれからも、仲間と国のために働こう」
「はい……私も、ずっとあなたのお傍にいます。この子と共に、いつまでも一緒に……」
絶対に、このぬくもりを守る。
それは俺とイーアのためだけではない。このぬくもりを知る、殺しの者として生を定められた全ての仲間のためにも。俺を信じ、頼みにしてくれる掛け替えのない仲間のためにも。
たとえ生きる道は違っても……この愛する者から与えられるぬくもりの喜びだけは、誰しも同じなのだと。そう信じていた――――。
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