殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

第四話

炎の先に

公開日時: 2021年12月7日(火) 12:22
更新日時: 2021年12月21日(火) 18:59
文字数:2,854


 炎上する木々と舞い上がる黒煙。

 俺とスティールの激突の余波は何もかもを巻き込み、破砕する。


「フゥ――――ッ!」


 崩壊した瓦礫の上。俺は両足を踏みしめ、腰だめの構えから渾身の突きを繰り出す。狙うは数十メートル先に滞空する〝鋼の王〟。


 金属の翼を広げ、余裕の笑みを浮かべるスティール。

 だが遙か遠くから放たれた俺の拳は、そのスティールの大仰な翼を拳大の円状に〝削り取って〟見せる。


「なんと……? まさか新技かね!?」

「食い過ぎだ。ダイエットさせてやる――――!」


 瞬間。俺の拳が閃光を放ってかき消える。


 二発、三発、四発。十、百、千、万。

 超光速に達した俺の拳が、数十メートル離れたスティールの巨体をドリルで貫通したように抉り、欠片も残さず消し飛ばす。


「オ、オオッ!? おおおお……! なんという鋭さ……私の鋼をこうも容易く……!」


 俺の〝射撃型光速拳〟によって瞬く間に穴だらけとなり、驚きの声を上げるスティール。だがここでスティールは敢えて〝前に出た〟。


 廃工場に残る周囲の金属へと腕を伸ばし、喰らい、体を補い、そして削られる。

 その流れを繰り返しながら強引に、確実に、一歩一歩その巨体を屈めながら前に出るスティール。


「フフ……フ! 流石だ、拳の王。私の見立て通り、やはり君はかつてより〝強くなっている〟……!」

「チッ! この、クソジジイ……!」


 刹那、俺の拳が奴の鋼に弾かれる。まるで弾丸が分厚い鉄板に弾かれた時のような耳障りな音が響き、スティールの体表で無数の火花が瞬く。こいつ……〝硬度を変えやがった〟な……!


 距離を置いた打撃じゃ奴の体を抜くことはできない。

 そう判断した俺は即座に奴めがけて加速。固めた拳を叩き込もうとする。


「エレガント……! エレガントだロード・フィスト。だが――――」

「っ!?」


 下方から抉るように繰り出した俺の拳は、横から伸びた奴の巨大な六本の腕の一つによって見切られ、掴まれていた。


「だが! 君の本気はまだまだ〝こんな物〟ではあるまい……? 君は、あの円卓最強とまで謳われた〝刃の王ロード・エッジ〟を倒しているのだから……! 見せたまえよ、彼を倒した時と同じ……いや、それすらも上回る力を……!」

「がぁ―――ッ!?」


 意識が飛ぶ。

 強烈な衝撃は俺に痛みを感じさせることすら許さない。


 凄まじい速度で吹っ飛ばされたらしい俺は、そのまま廃工場の壁面を突き破り、外に停めてある円卓のトレーラーに叩き付けられる。


悠生ゆうせい……っ!」

「ヒヒヒ……ッ! 嫁の前で情けないとこ見せてんじゃないよ……ッ!」


 ほんの僅かに意識を途切れさせた俺の耳に、まるで天から舞い降りた女神のような永久とわの声と、地獄の底から響く悪魔のようなサダヨさんの声が同時に届く。


「くそっ……やってくれたな」


 見回せばそこは炎の海。

 辺りを囲む森からは火柱が上がり、乾燥した初冬の草木を容赦なく飲み込む。


「立ちな……月城悠生つきしろゆうせい……ッ! アンタのキラキラ……私にもっと見せるんだよ……ッ!」


 その炎を背に、襲いかかる円卓殺し屋の首根っこを掴み、信じられない怪力で容赦なく地面に陥没させるサダヨさん。

 さらに背後から襲いかかった別の殺し屋を箒の持ち手で空の彼方に弾き飛ばすと、サダヨさんはその長い黒髪の向こうに覗く赤く輝く瞳を俺に向け、鼓舞するように嗤った。


「はわわ……!? や、やっぱり悠生でも鋼の王はキツい感じ!? に、逃げよう……!」

「大丈夫ですか悠生っ!? 貴方の言ったとおりでした! もうすぐここに〝円卓の機動要塞〟が来ますっ! そうなったら、きっと大変だと思うんですっ!」

「要塞……? まさか、俺がいた頃に作ってた〝アレ〟か? だとしたら、予想以上にヤバいな……ッ!」


 燃え上がる炎に四方を囲まれた廃工場の敷地。


〝俺の永久〟に襲いかかる殺し屋の一人を、鈴太郎りんたろうは怯えながらもその手をかざして弾き飛ばす。鈴太郎の手の平周辺の空間が〝まるで滴が落ちた水面のように〟波打ち、それは一定の指向性を持ってその先の炎すらかき消してみせた。


 それを見て取った三人の円卓殺し屋が一斉に永久と鈴太郎へと挑むが、今度はそれを永久が強力なサイキックで拘束。三人の殺し屋を共に火の手の及ばないどこか遠くへとポイ捨てする。


「きっとそうだと思いますっ! 私の〝遠見〟でもすっごく大きかったので! どうしましょう、悠生っ!?」


 永久がその大きくてかわいいリスのような瞳をまっすぐに俺に向け、必死に声を上げる。炎の中に凜と立ち、純白のロングコートをはためかせる永久の姿は、どう控えめに見ても女神……………………はっ!? 危ない……永久のあまりの可愛さに思考と呼吸を忘れるところだった……!


 なんとか(永久から)意識を取り戻した俺は、陥没したトレーラーからむっくりと起き上がる。ちょいと派手に吹っ飛んだりはしたが、ぶっちゃけると俺はここまでのスティールとの戦いでも〝全くの無傷〟だ。


 俺にはスティールのように金属を操ったり、それで蘇るような力は無い。

 あるのは、ただこの拳だけ。


〝決して砕けず、全てを砕く〟


 それだけが俺の――――〝拳の王ロード・フィスト〟としての力。


 だが、俺がこの拳を握る限り、俺もまた〝決して砕けない〟。


 ひしゃげたトレーラーから軽やかに飛び降りると、俺は正面の崩れた廃工場を射貫く。粉塵が舞い上がる廃工場の内部で、金属がひしゃげる嫌な音が響く。奴の〝食事の音〟だ。


「さて……どうやら、そろそろ〝こちらの手の内〟も理解できたようだね。とても楽しい時間だが、残念ながらどんな物にも終わりは付きものだ」

「ハッ! 強欲な奴だ。俺との殴り合いも、永久の奪還もどっちも望みのままにってわけだ」

「実にエレガントだろう? 私にとっては君との真剣勝負も、円卓への忠誠も、どちらも偽りなく至上なのだよ。私はそのどれ一つとして、諦めたりはしない」


 俺の削り飛ばした容量分を補い、再び傷一つ無い姿となったスティールが、優雅な足取りで〝地面を陥没させながら〟現れる。


 それを見る俺は悪態をつきながらも考える。


 円卓の機動要塞。俺の記憶が確かなら、はっきり言って目の前のクソジジイよりそっちの方が厄介だ。



〝逃げる〟



 まずは、永久をこの場から隠す。

 俺は秒にも満たない逡巡の中でそう判断する。


 確かにスティールを倒すのが目的なら、今は絶好の機会だ。

 だが、俺の目的はそこじゃない――――!


 俺の思考を読み取ったかのように、迫り来るスティールが嗤う。

 当然、向こうも簡単に逃がすつもりはないだろう。


「永久! みんなも、ここは退くぞ!」

「ククク……! あいよ……ッ!」

「ひゃあああ! 信じてたよ悠生ぇええ……! そうと決まればすぐ逃げよう! 今逃げよう!」

「わかりましたっ! じゃあ、いつもの流れで……っ!」


 撤退。そう決断した俺が声を上げる。


 それと同時。そうはさせないとばかりにスティールが加速。迎撃の態勢を取る俺の視界の端で永久が力を解放し、まずはサダヨさんや鈴太郎を遠くに飛翔させようと瞳を閉じる。


 だが――――。

 だが、その時だった。


「マスター……っ! 私も一緒に……っ!」

「っ!?」


 聞き覚えのある少女の声が、燃え上がる戦場に響いた。



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