『なるほど……〝九曜の日〟の目的は小貫さんの確保だったと。恐らく、アマテラスの掌握と合わせて小貫さんも……といったところですかね?』
「だろうな」
『しかしなんだって小貫さんにそこまで拘るのやら。いくら彼が元九曜とはいえ、〝親子の情〟だけで説明するには、少々大げさな気がしますねぇ……』
温かい暖房の効いた部屋で、タブレットの中に映る山田さんと会話する悠生。
ここは殺し屋マンションの悠生と永久さんの部屋。
山田さんと話す悠生を見守る僕とエリカさんに、やってきた永久さんはニコニコの笑顔で温かい紅茶の入ったカップを渡してくれた。
あれから一時間とちょっと――――。
悠生と永久さんの乱入で領域を砕かれた母さんは、僕の読み通りあの場での戦いを〝継続しなかった〟。
笑って……凄く嬉しそうに笑って。
〝またすぐに迎えに来ますね〟って、それだけを言い残して去って行った。
そして母さんの襲撃をなんとかやり過ごした僕たちは、こうして無事にマンションに戻ることが出来た。ただ――――。
『我ら六業会の同胞にして至宝。〝天羽鈴太郎〟の引き渡しを願う。聞き届けられぬ場合、我らの願いは武を持って果たされる――――悠生さんたちが戻ってきて早々に〝これ〟ですよ。いやはや……六業会としては、円卓が弱っている今のうちに、やりたいことは全部やるって感じですねぇ……』
「ふむふむ? じゃあ、小貫さんがこのマンションに住んでることも、六業会の皆さんはとっくに〝知ってた〟んですねっ!? なんて恐ろしいんでしょうっ!」
「だな……しかもこれだけ強気ってことになると、予想以上に〝円卓は厳しい〟のかもな」
山田さんが映るタブレットの画面に、ついさっき山田さんに送られてきたという六業会からのメッセージが表示される。
そこには、すぐに僕を六業会に引き渡せっていうことと、もしそうしないなら殺し屋マンションを〝総攻撃する〟っていうことが書かれてた――――。
それを見た僕はとても申し訳ない気持ちでいっぱいで……できる限り肩を縮ませて、俯くことしか出来なかった。
「すみません、オーナー……僕のせいで、オーナーやマンションに迷惑をかけて……」
『いえいえ、そこは小貫さんが謝ることではありませんよ。ここにいる住人の皆さんは多かれ少なかれ、処理しきれない過去を引きずっていますから。この程度のこと、日常茶飯時ですともっ!』
「でも……オーナーはこの六業会の要求にどうお返事をされるおつもりなのですか? 小貫さんを引き渡すのか、それとも……〝六業会と戦う〟のか……」
僕の隣に座るエリカさんは、どこか辛そうな顔で山田さんに尋ねた。
そうだよね……エリカさんにとっては、やっと殺し屋マンションでやっていけるかもって思ってた所で、こんな面倒なことが起こっちゃって……。
ますますしょんぼりする僕を余所に、画面の中で山田さんはモジャモジャのアフロをわしゃわしゃしながら溜息を一つ。思案げな様子で腕組みをしてみせた。
『……実はですね、〝こういう要求〟をされた際の私共の返答は、最初から決まっているのですよ。エリカさんはまだこちらにいらしてから日が浅いので、ご存じないでしょうけども』
「え……?」
『〝マンションを潰されたくなければ、裏切り者を引き渡せ〟。このような脅迫は過去に何度も受けてきました。しかしそれでもこの殺し屋マンションは今も健在です。そう考えれば、自ずと答えは分かりますよねぇ……?』
「…………っ」
いつもは陽気な山田さんが、その眼光をギラリと光らせて声を低くする。
その眼光に射貫かれたエリカさんが、ぎゅっと膝の上で両手を握りしめたのがちらっと見えた。
そうだ……僕は知っている。
こういう時、殺し屋マンションの取る道は決まってる。
円卓や六業会のような武力も、後ろ盾もない殺し屋マンションが、こうして生き残ってきた。その決断を――――。
『――――当然〝戦いますよ〟。当マンションに住む誰一人として、円卓だろうが六業会だろうが、外部からの圧力に屈して引き渡したりはしません。というわけで、戦争ですねぇ……!』
事も無げにそう言って、山田さんは白い歯を輝かせながら笑う。
そうなんだ。
山田さんは、そういう考えの人なんだ。そして――――。
「ま、そういうことだな」
「はいはーい! 私もそれがいいと思いますっ! 誰が来たって、小貫さんを渡したりしませんよっ! みんなお星様にしちゃいますっ!」
「え……っ!? そんな……では、六業会の要求は受けないのですかっ!? 小貫さん一人を守るためにっ!? どれだけの戦力が攻めてくるかも分からないのに……っ!?」
『当然です! 我々殺し屋マンションが、敵対組織から脅迫される度に住民を差し出すようなぬるい場所なら、皆さん一人で隠れてた方がマシじゃないですか? それにですね――――』
山田さんは画面の向こうでぶんぶんと腕を振り回すと、そのままノリノリでポーズを決めた。
『――――我々殺し屋マンションは、一度受け入れた住民の安全を、不当な圧力に屈して害することは絶対にありません。そしてそれと同時に、ここに住む皆さんにもこのマンションを守るために協力して頂きます。それこそが、オーナーである私と住民の皆さんとの間に交わされた〝契約〟なのですよ』
「契約……」
『エリカさんもよく覚えておいて下さい。貴方がこの契約を裏切らない限り、私たちも同じように、全力で貴方の当マンション生活をお守りしますので!』
「……はいっ」
山田さんの話を聞いたエリカさんは、どこか嬉しそうな表情を浮かべてて。
悠生も永久さんも、山田さんまでやる気満々って感じで。
でも――――。
「――――待って下さいっ! この件は全て僕の問題です。僕のことで……マンションのみんなに迷惑はかけられません! だから――――!」
でも駄目だ。
あの時、母さんが僕の前に現れたあの時から。
僕は〝こうする〟って、決めてたんだ。
「行きます、母さんの所へ……っ!」
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