殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

失楽園の先へ

公開日時: 2022年2月11日(金) 13:04
更新日時: 2022年2月11日(金) 13:15
文字数:2,870


「今まで黙っていて申し訳ありませんでした。私の本当の名は〝記の王ロード・バイブル〟。かつて、円卓の父である創世主ロード・ジェネシスの〝書記長〟を務めていた者です」


 円卓の総攻撃から丸一日経った朝。


 殺し屋マンションの最上階にある、山田さんの部屋に通された僕たちは、約束通り山田さんから彼が知っている色々なことを教えて貰っていた。


 今この場にいるのは僕と悠生。そして永久さんとエリカさん、それにサダヨさんに山田さんの六人。


 本当はレックスさんも来て良かったんだけど、ゲームのイベントが忙しいらしくて、オンラインで見るって言ってた。


『秘密だの、隠し事だのに興味はないね。どうせここにいる奴らは、どいつもこいつも秘密だらけなんだ』

『いかにも……私は逆に、オーナーが創世主との関係を明かせなかった点と、それがこうして我々に開示出来るようになったという変化の理由を問いたい。恐らく、オーナーが円卓の父との会話で言っていた〝契約〟と関係があるのでは?』

「仰るとおりです。私は〝記の王〟としての名前も力も捨てることと引き替えに、この〝安住の地〟を作りました。それが、円卓の父と対等な条件で結んだ契約だったからです」


 山田さんの座る安物の椅子の周りから、何人かの声がスピーカー越しに聞こえてくる。実は、この僕たちの会話の様子はいつもの専用回線で自由に見て、参加できるようになってるんだ。


「ですが……私と彼の契約は先日の戦いで破棄されました。こうなってしまっては、もう後戻りはできません。私の知っている全てを、皆さんにお話しします」


 固唾を呑んで見守る僕たちの前。

 山田さんはそう言ってサングラスを外すと、とても透き通った青い瞳を僕たちに向けてゆっくりと話し始めた。


「私の力は〝聖書バイブル〟。私はこの力で、かつてあった事柄の全てを〝保存〟し、その保存した内容を元に、今より先の未来の方向性を緩やかに変化させることができます。創世主は私のこの力をとても気に入り、自らの傍を片時も離れず、自らの行いを保存し続けるようにと私に命じました――――今から〝一万年以上前の話〟です」

「はいっ!?」


 い、一万年……!?


 山田さんが当たり前みたいに発したその言葉に、僕は思わず声を上げて驚いてしまった。一万年って……中国が五千年の歴史って言ってるから、それよりも倍は前ってこと!?


「ですが……長らく仕え続けた彼の元を私は離れました。失敗作の烙印を押され、廃棄されようとしていたサダヨさんと一緒に逃げ出したんです」

「サダヨさんを助けようとして……? なら、あんたも俺と同じ理由で……」

「ハハ……お二人のような、恋愛感情とはまた違うと思うのですけどね。それでも、私は今もあの時と変わらず、サダヨさんに生きていてほしいと思い続けています」

「クク……! 誰がどう思おうと、アタシは山田に感謝してる……! 山田に助けられてなかったら、とっくにアタシはこの世にいなかっただろうしね……クヒッ!」


 そう言って、山田さんは普段隠れているサングラスの下の瞳をサダヨさんに向けた。その眼差しをサダヨさんもしっかりと受け止めて……。


 確かに悠生ゆうせい永久とわさんとは違う感じだけど……それでも二人が深く信頼し合ってるのは、僕にも凄く伝わってきた。


「それなら、もしかしなくてもサダヨさんは〝私のお姉さん〟ってことですよねっ? 私……サダヨさんみたいな素敵な人がお姉さんだったらいいなって、ずっと思ってたんですっ!」

「クヒ……ッ!? アタシが永久のお姉さん……!? イイネ、大歓迎……ッ!」

「なるほどな……それで円卓を抜けたあんたが、あのクソ親父からサダヨさんと一緒に逃げるためにした約束ってのが、さっき言ってた〝契約〟だったってわけだ」

「そうです。私の〝聖書の力〟は、創世主にとっても脅威でした。しかし私が抜けた時点では、創世主の計画は殆ど〝達成されていた〟のです。なので創世主は、その満たされた世界の行く末を、私が〝聖書の力を使って乱す〟ことを封じました。そうすれば、もはや自身の計画が頓挫することはないと……そう考えていたのでしょう」


 山田さんのお話しの内容は、僕にとっても、黙って聞いてる他のみんなにとっても驚きの連続だった。


 じゃあこれはどうだったのとか、あれはどういうこととか。いくつも話の途中で聞きたいことが浮かんだけど、僕はぐっと我慢して、まずは山田さんの話に耳を傾ける。


「初めは、サダヨさんを守れればそれでいいと考えていました。ですが、いつしか私は、私たちと同じように円卓に追われ、殺し屋としてしか生きることのできない仲間に、穏やかで自由な日々を提供できないかと考えるようになりました。私にとっては円卓も、創世主の目的も、もうどうでもよかったのです……ただ、力によって生を歪められた私たちが、穏やかに暮らせる場所を作りたかった……」


 山田さんはそう言って、静かに目を閉じた。



 殺し屋殺しの仕事なんてどうでもいい。

 ただ生きてさえいれば、殺し屋マンションはずっと僕たちの家であり続ける。



 これまでに何度も聞いた、山田さんの言葉。

 その言葉に込められていた山田さんの想いは、僕の予想よりもずっと重くて、切実で、身近だった。


「しかし……私のそのような〝甘さ〟が今回の事態を招いてしまいました。悠生さんと永久さんのお二人がこのマンションにやってきた時から、いずれはこうなるかもと覚悟はしていたのですが……」

「〝エール〟さん……今も永久さんの中にいらっしゃるという、円卓の母を取り戻すために、創世主は私たちを攻撃した……そういう認識でいいのですよね?」

「はい……最も大きな理由はそうです。貴方たちが小貫こぬきさんのお母様と戦った際、円卓の母……〝女神エール〟の思念は永久さんに宿りました。ですが――――」


 エリカさんからの質問に答えた山田さんは、僕たちの前で大きな手を広げ、その手の上に淡く輝く分厚い本を出現させる。


「エリカさん……そして、〝この光景を見る全ての皆さんも〟よく聞いて下さい。これは何も、悠生さんと永久さんだけの問題ではないのです。恐らく、多かれ少なかれ、私が作り上げたこの安住の地に身を置く皆さんは、逃れられない因果の糸に縛られている。〝殺し屋〟という……決して償えぬ大罪を担う存在として」


 山田さんの手の上に乗る本が、ひとりでに開かれていく。そして開かれた本のページには、僕が一度も見たことがないはずの文字がびっしりと書かれていた。だけど――――。


「え……?」

「このマンションで皆さんと一緒に過ごしてきた穏やかな日々……それを私は、少しも後悔してはいません。だからこそ……どうかこの先は、皆さん自身の目で確かめ、判断してください。これから〝私たちが殺さなければならない相手〟が、一体なんであるのかを――――」


 山田さんの本が照らし出す光。

 それを見た僕の意識が僕の体から遠ざかって、山田さんの声も遠くなって。


 まるでその本に書かれた文字の中に吸い込まれるようにして、僕の視界と思考は、無数の光と記録の中に呑まれていったんだ――――。





 殺し屋殺し 第三章 完


 第四章 創世編

 ▇▇▇視点に移行――――

 



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