「だー! だばーっ!」
「悪いな父さん。長旅の後だってのに、里玖の面倒まで任せちまって」
「あわわ! こちらはもうすぐ終わりますからっ!」
「気にするな。しばらく見ない間に大きくなったものだ」
暖かなオレンジ色の光に照らされた俺たちの部屋。
俺と永久は久しぶりに日本に立ち寄った父さんを招き、この日のために用意したもてなしの準備を進めていた。
「悠生はこれをお願いしますっ! 私はこっちを持っていきますねっ!」
「任せとけ。他の準備もやってくれてありがとな、永久」
「そんなのぜんぜんですっ。悠生と里玖がいる毎日って、私にとってすごく幸せなんです。愛してますよ、だいだいだーい好きな旦那様っ! むちゅ――――っ!」
皿と料理をもったままの俺にも全く遠慮なくむちゅむちゅしてくる永久。
俺はそんな永久の柔らかな体を、うまくバランスを取って受け止める。
いつもと変わらない永久の香りとぬくもりが俺の体を満たす。
母親になっても永久は永久で、いつもこうして俺を求めてくれた。
あれから二年。
俺と永久の間に長男の里玖が生まれてからも、俺たちは前と同じ……いや、前よりもずっと仲良く。一日ごとに深く結びつくように暮らしていた。
「あ、僕も手伝うよ悠生っ! ごめんね、なにもかも全部二人にやらせちゃって」
「私もお手伝いします。いつもいつもマスターと永久さんにやらせるわけにはいきませんっ!」
「ああ、悪いな二人とも。じゃあ、これをテーブルに並べて貰えるか?」
「うん。他にもやれることがあったら言ってねっ」
俺は鈴太郎とエリカに手持ちの皿を手渡すと、すっかり二人でいるのが当たり前になった新婚夫婦の背中を見送る。
二人が籍を入れたのはつい一ヶ月前のこと。
鈴太郎もエリカも、エリカが結婚できる年齢になるまでよく待ったもんだ。
まあ、二人はその間もずっと一緒に暮らしてたから、結婚してなにが変わるってもんでもないみたいだが。
「どうぞ、アルトさん。それと、この前の件では助けて下さってありがとうございましたっ」
「礼を言うのは俺の方だ。君たちのおかげで、日本での殺し屋の活動は目に見えて減っているからな。感謝している」
「そんな……」
「俺がこうして自らの責任を果たすこと……それは、俺を友と呼んでくれたソウマへの罪滅ぼしでもある。あいつのことだ、今もどこかで俺の事を見ているだろうからな……」
「はい……きっと喜んでると思います。ソウマ様なら、きっと……」
リビングから聞こえてくる鈴太郎と父さんの声。
それを聞いた俺は、今この瞬間がどれだけ貴いかを改めて噛みしめる。
父さんは立派に責任を果たしている。
ユールシルやスティールから聞いた話じゃ、もちろん全部が上手く行ってるわけじゃないらしい。
停戦したはずの六業会も一枚岩じゃなくなって、今でも円卓との決着を望む勢力もいるんだそうだ。
だがそれでも――――。
「ああ……! 遅くなってしまいすみませんでした、我が君ッ! このヤジャ……我が君の大好物であらせられるデーツを買い占めてはせ参じた次第ッ!」
「クックック……! ここが噂のリア充の巣……! リア充ネスト……ッ! 体に染みる……長生きの秘訣……ッ!」
「悠生……! たった今ランキング3位のギルドから攻撃を受けた……! このままじゃ……俺たちの国は全滅だ……!」
「あの……! お邪魔しますっ!」
「お、お前らも来たか。ちょうど準備も終わるところだから、適当にゆっくりしてくれよ」
遅れてやってきたヤジャ先生やサダヨさん。レックスと四ノ原が手に買い物袋を持って入ってくる。
「あーっ! いらっしゃい姉さんっ! 待ってましたーっ!」
「クピーーーーーッ! アタシも会いたかったよ永久ッ! 我が妹よ……!」
「ははっ。今朝ぶりの再会だな」
サダヨさんはもう髪で顔を隠さなくなった。
永久とそっくりでご近所さんに驚かれたときは、永久の姉ってことで通してる。
まあ実際そうなんだし、なんの問題もない。
「さあ、我が君……! このヤジャが選び抜いた至高のデーツ、ご賞味下さいっ!」
「いつもすまないなヤジャ……だが、すでに円卓の倉庫にもお前から送られたデーツは山ほどあるのだ。なので別に今はいらないのだが……」
「そんな……!? なぜです我が君……!?」
ヤジャ先生の忠誠心がここまでヤバイってのは予想外だった。
ユーセや俺の前で見せてた家庭教師としての姿や、マンションオーナーとしてのラテンな姿も、どっちもこの忠誠心ダダ漏れのヤジャ先生の前では霞んじまう。
「なんとかしてくれ悠生……! お前はサブマスターだろう……!? あと数時間で敵の軍勢が俺たちを滅ぼしにやってくる……!」
「ユールシルかスティールに出張って貰えよ! あいつら時差で深夜でも動けるからな。俺はその時間じゃ確実に寝てる。シュクラのやつもいけるだろ」
「そ、そうか……! その手があったな……わかった、言ってみる……!」
俺は泣きわめくレックスに指示すると、やって来た奴らの荷物を隅にどける。
レックスとは同じゲームで遊んでる。
こいつが昔やってたクソガチャゲーは、俺とユールシルでうまいことプレイ時間を減らすように仕向けた。今は円卓の王と、六業会の九曜繋がりで知り合った奴らと結成した〝殺し屋チーム〟で国盗り系の別ゲーをやってる。
殺し屋殺しの仕事も減ってるってのに、あんなクソ課金ゲーやってたら、レックスは今度こそ破産まっしぐらだからな……!
「あはは……レックスさんは相変わらずですね」
「四ノ原はもう受験終わったんだろ? 頑張ったな」
「いえ……。僕はずっとお父さんや皆さんに迷惑かけてばかりだから……もっと勉強して、お返ししたくて……」
「頑張りすぎるなよ。今度またみんなでどっか旅行行こうぜ。お前の力でこっそりな」
「……はいっ!」
四ノ原は高校生になった。他の二人共々今も保護観察中らしいが、二年前の戦いでの功績はちゃんと報告されてる。
はっきり言って、今じゃ俺やレックスなんかよりずっと立派だ。そして――。
「さてと、後は――――〝鈴太郎のおふくろ〟も来るんだったな……」
「う……うん。さっき連絡があって……ちゃんと来れるって……」
「あら……マスターも鈴太郎さんも、どうしてそんなに〝青ざめて〟いるのです? せっかくお義母様がいらっしゃるのに……っ!」
準備を終えて、最後に残った〝来客〟の存在を確認した俺と鈴太郎はゴクリと唾を飲み込んだ。
エリカはなぜか得意満面に笑ってやがるが……お前らの結婚式で、エリカとあのおふくろが中心の〝虐殺の二月〟が勃発しそうになったのを忘れたとは言わせない。
「あのな……いい加減お前ら仲良くしろよ……」
「ふふ……大丈夫ですよマスター。私ももう子供じゃありません、お義母様の事情はよくわかっています。それに……もう〝勝負はつきました〟ので……ッッ! ね、鈴太郎さん……っ?」
「あ、あははーー!? そうそう! そうだね……! 僕もそう思うなーっ!?」
「ならいいんだがな……。また俺の部屋を吹っ飛ばすのはやめてくれよ……」
こ、これは……っ。
鈴太郎の奴、ここに関しちゃまだ相当苦労してそうだな……!?
まあ何かあったとしても、そのときは俺も一緒に戦ってやるからな……!
「だーっ。おーっ!」
「わーっ! 里玖ちゃん凄いすごーいっ! 見て下さい悠生っ! 里玖ちゃんが歩きましたーっ!」
「マジか!? 写真はっ!?」
「大丈夫! 僕がばっちり撮ってたから! 悠生にも送るねっ!」
そうして諸々が終わり、リビングに戻った俺の前で歓声が巻き起こる。
そこには、左右に震えながらも自分の足で前に進む里玖の姿があった。
「おっと……! すごいな里玖っ。今日は父さんもいるし、タイミングもばっちりだ!」
「あー! うー!」
「ああ……とても良い物を見させて貰った。ありがとう、悠生……」
「俺の方こそ……一緒に見てくれてありがとう、父さん……」
まっすぐに前を向き、やってきた俺の足下に倒れ込むようにしてやってきた里玖を優しく抱き留める。
里玖の丸くて青い瞳に綻んだ俺の顔が映り、俺はそれに思わず笑みを深める。
抱えた俺の腕を掴む里玖の小さな手はめいっぱい力が込められ、俺が何度もそうしてきた拳の形に握られていた――。
きっと、俺も最初はこうして拳を握ったんだろう。
まだ意味もわからず、願いにもなっていない幸せを掴もうと――。
「悠生……? どうしました……?」
「ん…………いや、その……なんだ……」
そんな俺を覗き込むように、永久が俺の前にしゃがみ込む。
俺の視界に永久と里玖……二人の大切な家族の顔が並ぶ。
「ありがとな……やっぱり俺は幸せ者だよ」
「……はい。私もです、悠生……もっともっと、みんなで幸せになりましょうねっ!」
「だばーっ! ばーっ!」
「だな……!」
俺はそのまま二人を抱きしめると、笑みを浮かべて顔を上げる。
そこには永久と里玖だけじゃない。
父さんが、鈴太郎が、エリカが。
サダヨさんやレックス。ヤジャ先生も四ノ原も。
こんな俺に付き合ってくれる仲間がいる。
「よっし! じゃあ始めるか!」
「そうしましょー! そうしましょー!」
「わーい! 待ってました!」
俺は永久の手を握り、里玖を腕の中に抱いてみんなの輪の中に入ってく。
手に入れたこの幸せを続けるために。
〝僕にもっと勇気があって〟
〝僕がもっと強かったら〟
もう二度と、この幸せを殺させはしない。
俺の願いを叶えてくれたみんなのために、俺はこれからも拳を握る。
大好きな永久と、仲間と共に何度でも――――。
殺し屋殺し 完
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