「お、おお……おおおおお……〝王〟ッッ!? えっ!? もしかして今から僕たち円卓の王と戦うの!? 聞いてないんだけど!?」
「依頼詳細は送っただろ!? なんでここまで来て本気で驚いてんだよっ!?」
「う、嘘でしょ……!? 僕はただ〝サダヨさんと旅行に行ける〟って聞いたから来たのにッ!?」
「そんなの一言も言ってねぇだろ!? お前の頭の中どうなってんだ!?」
「ムリムリムリムリ絶対無理イイイイイイイイ! し、死ぬっ! 死んでしまうッ! 絶対に死ぬやつだこれええええええええッ!?」
真っ直ぐに続く高速道路の上に、窓越しでも響く情けない悲鳴が轟いていた。
俺たちを乗せた車は東京から出て長野へと向かっている。
なんでか? そりゃ勿論人気のない場所に行くためだ。
俺もそうだが、上位の殺し屋同士が本気で戦えば辺り一帯は全部吹き飛ぶ。
巻き込まれれば、無関係な一般人はひとたまりも無く死ぬだろう。
完全な不意打ちならどうしようもないが、今回は違う。向こうが永久を狙ってるって言うんなら、こっちだって万全の状態で戦えるように準備する。そういうことだ。
「死にたくなあああああいッ! 逝きたくなああああああいッ! いやだあああ! まだ結婚もしてないのにいいいいいッ!」
車を運転する俺の隣でひたすら奇声を垂れ流しているこの優男は〝小貫鈴太郎〟。殺し屋マンションの住人で、今回俺が永久を守るために仕事を依頼した、れっきとした〝殺し屋殺し〟だ。
たしか歳は二十五、俺と同い年だ。やや長めの黒髪に華奢な体つきで、いつも高級ブランドのスーツをビシッと決めている。泣き叫んでさえいなければ、ちょっとした出来るビジネスマンに見えただろう。
だがこうして車内で慌てふためく鈴太郎の表情は、まるで悲しみに暮れたアルパカだ。見た目はいいんだがな……。
そして泣き叫び続ける情けない姿からはそうは思えないかもしれないが、俺は〝こいつを信頼している〟。今回の依頼でも、俺はこいつに〝数千万を超える報酬〟を前払いだけで払い、俺と一緒に戦ってくれるよう頼んだ。
正直、鈴太郎の〝これ〟はいつものこと。すっかり慣れっこだ。
「あははっ。小貫さんは今日もとってもお元気なんですねっ。私のせいでご迷惑をおかけしちゃいますけど、どうぞよろしくお願いしますっ!」
「クックック……ッ! リア充を襲う奴は……皆殺し……ッ! 何があろうと、アンタらのことはアタシが守ってやるよ……ッ!」
「悪いなサダヨさん……今回の件は、殺し屋マンションには関係ないってのに。絶対に報酬は受け取ってくれよ」
「クヒッ! 気にしないで……! アタシはね……もう十分アンタたちから報酬は貰ってるのさ……ッ!」
車の後部座席には、鈴太郎と並ぶようにしてお馴染みの箒を手に持ったサダヨさんも座っている。
サダヨさんに、永久が狙われている件は話していなかった。
だが、今朝早くマンションを出ようとした俺たちの前に現れたサダヨさんは、何も言わずに車に乗り込み、こうして加勢を申し出てくれた。
「確かにサダヨさんとは一緒にいられるけど……! だけどさ!? それでも王と戦うなんて僕には無理だ……ッ! こ、殺される……! みんな殺される……! 逃げるんだぁ……! 勝てるわけ無いよォ……!」
「クヒッ……! アルパカ系男子……ッ!」
わちゃわちゃと賑わう車内の音に耳を傾けながらも、俺はどこまでも続く高速道路正面へと油断なく視線を定める。
エリカから聞いた円卓の狙い。
それが確かなら、向こうは相当に切羽詰まってるはずだ。逃げ出してからのこの二年間でも、最も苛烈に永久を狙ってくるだろう。
本当なら俺一人で永久を守れればそれでいいんだろうが……俺はそんな自信家じゃ無い。昔ならいざ知らず、今の俺は奇跡や夢に縋るほど自分の力を過信しちゃいない。
使える物は全て使う。やれることは全てやる。
そうして永久が望むように、人としての時間を生きられるようにする。
それが俺の決意だった。
「でも、エリカさんは大丈夫でしょうか……? 円卓に狙われてなければ良いんですけど……」
「あいつなら大丈夫さ。エリカの話じゃ、円卓の狙いは完全に永久だ。エリカを確実に倒せる殺し屋を送る余裕が円卓にあるのなら、とっくにそうしてる」
不意に表情を曇らせ、後部座席からその鈴の音のような可愛すぎる声で俺に尋ねる永久。
永久の言葉通り、エリカは今この車内にはいない。
あいつ自身は最後まで俺と一緒に王と戦うと食い下がったが、俺は〝断固として〟それを拒否した。理由は……ちょっとした勘ってやつだ。
山田からの連絡で、王らしき殺し屋の入国はすでに確認出来ている。
この車には念のため数日分の野営を想定した装備も積んであるが…………いや、どうやらそれを使うことは無さそうだ。
「……悠生。来たみたいです、後ろの大きなトラック……」
「ああ、わかってる。 ――――サダヨさん、鈴太郎。来たぞ」
「えっ!? なに!? き、ききききき、来たって何が!? 何が来たの!?」
「クヒヒヒヒッ……! 覚悟を決めな、鈴太郎……ッ! ここまで来たら……死ぬか殺すかさ……ッ!」
バックミラーに映る巨大な黒い影。
それは車体から荷台部分までの全てを黒く塗り込められた、大型の輸送用トレーラーだった。バックミラー越しでは分かり辛かったが、そのトレーラーは二台。
一台は俺たちの乗る車を追い越し車線を使ってゆっくりと追い抜くと、そのまま俺たちの前方を塞ぐように車線を戻す。
背後を見れば、全く同じもう一台のトレーラーがぴったりと後方に張り付いていた。
「あががが!? こ、これ……!? これどういう状況!?」
「……なるほど、〝着いてこい〟ってか」
「クックック……アタシはここでやっちまってもいいんだよ……ッ!?」
「いや……」
ぐるりと視線を車の外に巡らせれば、そこには今もいつも通りの日々を送る〝無関係な奴らの車〟が平気で走っている。
それを確認した俺が最後に永久をちらと見れば、永久もまた俺の考えの全てを察したようにまっすぐに俺を見つめ、どこまでも穏やかに微笑んでいた。女神……ッ! 圧倒的女神ッッ! あまりにもかわいいが過ぎるッッ!
「…………いいだろう、お前の招待に乗ってやる。俺を失望させるなよ――――〝鋼の王〟」
俺は今すぐ永久のその妖精のような微笑みを写真に撮りまくりたい欲求を必死に抑えると、あくまでクールに、毅然とした表情でそう呟いた――――。
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