「俺の息子に……手を、出すな……!」
全てが停止したはずの世界に、純銀の刃がひるがえる。
一度は終わると思った俺の意識が引き戻され、黒で染まった世界に色が戻る。
『ほう……我らの領域を断ち切りましたか』
『堕落したとはいえ……聖人候補だっただけある……』
『でも、それでどうするの?』
『もうすぐこの世界は終わるのに。ぼくたちが全部消しちゃうのに』
止まった世界が動き出す。
なんとか意識を取り戻した俺の視界が真っ先に捉えたのは、父さんの背中だった。
「……動けるか、悠生」
「とう……さん……っ?」
父さんは俺の声には応えなかった。
けど、俺にはもうそれだけで十分だった。
俺の視界に映る父さんの大きな背中が、ぼやけて滲む。
どうしようもない思いに体の芯が震えて、声が出なかった。
「――――ゆ、う……せい……っ!? 大丈夫ですか……!? 私……あなたを助けようとして……でも、動けなくて……っ!」
「ああ、俺は大丈夫だ……。父さんが……助けてくれたから……っ!」
自由を取り戻した俺に、悲痛な表情を浮かべた永久が縋り付く。
どうやら、永久にも俺が聞いた〝こいつらの言葉〟は聞こえていたらしい。
俺は永久を安心させるようにその小さな体を抱きしめる。
するとそんな俺たちを守るように……父さんの聖剣が俺たちに寄り添った。
『抗っても無駄……ここからは、ぼくたちも加減する必要はない……』
『そしてアルト……貴方はとうに聖人の資格を失っている』
『愛情に満ちた自分の息子を、嫉妬と憎悪のままに何度も殺した!』
『大罪人! お前は大罪人だ! 聖人なんてほど遠い!』
こい、つら……ッッ!
永久と寄り添う俺の目の前で、神は父さんに向かって次々と罵声を浴びせる。
俺は我慢できず、拳を血が滲むほど握りしめ、なりふり構わず襲いかかろうと力を込めた。だが――――。
「そうだ……俺は大罪人だ……。俺が重ねた罪は……到底購いきれるものではない……」
俺が動くより早く、父さんは神の言葉に頷いた。
父さんの背中が小刻みに震え、だらりと伸びた両手が固く握られる。
『ならば頭を垂れ、偉大なる聖人に頭を垂れるのです……聖人となった貴方の息子が創造する新世界は、たとえ貴方のような大罪人すら赦すでしょう……』
『そうそう! そうすればお前がやったことも、全部なかったことに出来るんだ!』
『お前がエールに願おうとしてたことも、全部聖人が叶えてくれる!』
『だから……君は大人しく見ているといい……君の息子が、聖人になるのを……』
「駄目だ……!」
光が溢れる。
目も眩むような純銀の光は音も無く収束。
収束した光は父さんの右手に収まり、一振りの光の刃を形成した。
「ユーセは……こんな俺を……まだ〝父〟と……! 父だと……呼んでくれているのだ……ッ!」
『……ッ!?』
父さんが消える。
俺には光が瞬いたようにしか見えなかったが、次の瞬間にはすでに父さんの体は四体の神のど真ん中へと突撃。正面左側に立つ一体の神……その体が、真っ二つに両断されていた。
『愚かな……! この期に及んでまだ暴を振るうとは……! やはり貴方は、殺意と憎悪にまみれた最低の人間……〝殺しの者〟だ……!』
『ぼくたちは、この宇宙が生まれるよりずっと前から君たちを見ていた……何度もエールを送っては、聖人の誕生を待っていた……エールの誘惑に屈しない、強い心と深い愛を持った人間……聖人の誕生を待っていたんだ……!』
「違う……ッ!」
聖剣が奔る。
四体の神のうち二体が無数のサイコロ状にカットされて砕ける。
『ずっと昔にぼくたちを作った創造主様は、ぼくたちにこう言ったんだ! どんな欲にも屈しない聖人なら、この世界から全ての苦しみも悲しみもなくせる……! 愛に満ち溢れた楽園を作れる! だからエールを使って聖人を探して、聖人と一緒に新しい楽園を作れって!』
『が……ガガ……ッッ!? そ……う、だよ……ッ! もう何兆年経ったかもわからないけど、やっと聖人を見つけたんだ! お前なんかに邪魔させるもんか!』
「黙れ……! ユーセは……お前たちの言う聖人などではない……! 愛するイーアと俺の間に生まれた……俺のたった一人の息子だッ!」
だが、父さんがそうして斬り裂いた神は即座に再生され、再び父さんに侮蔑の言葉と強烈な光弾を浴びせる。
父さんはその光弾を次々と両断するが、雨のように降り注ぐ光に傷を負い、押し込まれていく。だから――――ッ!
「父さんだけにやらせるかよ……!」
「はいはーいっ! 改めまして、よろしくお願いしますね。お義父さまっ!」
「お前たち……」
父さんに迫っていた光弾を、俺の灼熱と永久の光が打ち砕く。
さっき俺たちが守られたように、今度は俺たちが父さんの前に立つ。
『なるほど……流石は真の聖人。自らを殺し尽くした男すら赦すというのですか』
『でもよく考えてみて……君のお父さんはもうどうやったって救われない……』
『この古い世界で生き続けても、その人はこれからずーーーっと苦しみ続けるだけ! それくらい、その人は取り返しの付かないことをしてるんだ!』
『だけど、それも君が新しい世界を作れば全部解決! その代わり、今のこの世界は〝全部消えちゃう〟けど……でも新しい世界では、死んじゃったお母さんとも三人で、みんなで幸せに――――』
「ハッ! そうかよ……そいつは確かに夢みたいな話だ。けどな――――ッ!」
『ギャッ!?』
瞬間。俺は偉そうにのたまう神の一体に渾身の拳を叩き付け、殴り抜ける。
「いらねぇな、そんなもん……ッ! 父さんがもう救われない? 一人じゃ償いきれないだと? それなら俺も一緒にやってやる! 俺たちが一緒に償ってやる!」
「神さまって呼ばれてた私が、こういうことを言うのもなんですがっ! 私も悠生も、もう神さまとか奇跡とか……そういうのは結構なのでっ! 〝宗教勧誘〟お断りなのですっ!」
神の攻撃を躱し、俺と永久は完璧に息の合った動きで攻撃を仕掛ける。
それまで余裕だった神から笑みが消え、攻撃の激しさが増す。だが――――!
「ククク……ッ! なんだい……神なんていうから、さぞ〝キラキラしてる〟のかと思えば……! 全然キラキラしてないじゃないか……ッ! これならウチのマンションに住んでる奴らの方が……ずっとキラキラしてるよ――――ッ!」
「我が君……! よくぞ……よくぞ、〝お戻りに〟なられました……! このヤジャ……どうか再び、貴方の臣下として武を振るうことをお許し下さい!」
俺たちとは別に、箒を輝かせたサダヨさんと、聖書を再構築したヤジャ先生が神に向かって力を解放する。さらに――――!
「ん――? なるほど、どうやら間に合ったみたいだよ? それに……一番美味しいところみたいだッ!」
「む……悠生、生きていたか……! 俺のスマホは無事か……!?」
「ユールシル!? レックスもいるのか!?」
「ふむ……実はかなりギリギリだったのだがね。咄嗟に私が盾となり、そのままバルトレミー女史の生み出した鏡の領域に逃れていたのだよ。実にエレガントなコンビネーションだったよ」
「スティール!」
俺たちがやってきた頭上の大穴から降ってきた一枚の鏡。
俺がそれに気付くよりも早く、その鏡からどう猛な笑みを浮かべたユールシルと、青く輝く聖剣を構えたレックスが、そして優雅な足取りでスティールが飛び出してきた。
三人はすぐさま状況を理解したのか、一斉に神めがけて加速する。
『小癪な……所詮あなた方は、我らが与えたエールの力に縋っているにすぎない』
『エールの力を生み出したのはぼくたち……そのぼくたちに……』
『勝てると思ってるの?』
『思ってるの?』
「へぇ……おかしいですね? では、先ほど〝私の鈴太郎さん〟にやられた情けない神さまはなんだったのでしょう?」
「本当に……無様に逃げ出す〝自称神とやら〟の姿……実に滑稽でしたよ……?」
「なんで二人とも最初から煽りまくってるのおおおおお!? じゃ、じゃなかった……っ! 悠生! みんな! 遅れてごめんっ!」
「どわーーーーっ! 私もいるぞっ! 神を滅ぼしてこそロボ! 人の叡智よ、今こそ神を超えるのだッ!」
「んじゃ……俺は隅っこから石とか飛ばしてるから……っ! 後はよろしくっ!」
「鈴太郎! 待ってたぞ!」
そして最後。
どうしてそうなったのかは分からないが、六業会のメンツを引き連れた鈴太郎とエリカまでやってくる。
俺は鈴太郎と頷き合うと、再び眼前の神めがけて突撃。
聖剣を振るうレックスとタイミングを合わせて加速すると、空中で並び立ったユールシルと同時に拳を振るい、スティールの鋼を足場に強烈な回し蹴りを叩き込む。
そして――――!
「父さんっ!」
「ああ……!」
この場に集まった全ての力が四体の神を抑え込む。
俺は父さんと目を見合わせ、ぴったりと息を合わせて同時に踏み込んだ。
『やめ、なさい……何をしても、無意味……』
『月城悠生……君は、聖人になるしかない……』
『抗うなら……滅ぼす……君も、この世界も……』
『また、いつものように……なにもかも……』
一閃。
そして紅蓮の灼熱。
父さんの聖剣と俺の拳が同時に四体の神に叩き込まれ、その力を打ち砕く。
神の体を構成する全てが崩れ落ち、白い粒状になって霧散する。
俺にも分かった。
確かに神の力が砕けたのを。
「…………」
拡散する光。
その光の中で隣を見れば、そこにはたしかに父さんが立っていた。
俺とは目を合わせず……だけど俺に寄り添うようにして、力強く立っていた――――。
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