殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

刃の帰還

公開日時: 2022年3月23日(水) 19:08
文字数:3,786


「俺の息子に……手を、出すな……!」


 全てが停止したはずの世界に、純銀の刃がひるがえる。

 一度は終わると思った俺の意識が引き戻され、黒で染まった世界に色が戻る。


『ほう……我らの領域を断ち切りましたか』

『堕落したとはいえ……聖人候補だっただけある……』

『でも、それでどうするの?』

『もうすぐこの世界は終わるのに。ぼくたちが全部消しちゃうのに』


 止まった世界が動き出す。

 なんとか意識を取り戻した俺の視界が真っ先に捉えたのは、父さんの背中だった。


「……動けるか、悠生ゆうせい

「とう……さん……っ?」


 父さんは俺の声には応えなかった。

 けど、俺にはもうそれだけで十分だった。


 俺の視界に映る父さんの大きな背中が、ぼやけて滲む。

 どうしようもない思いに体の芯が震えて、声が出なかった。


「――――ゆ、う……せい……っ!? 大丈夫ですか……!? 私……あなたを助けようとして……でも、動けなくて……っ!」

「ああ、俺は大丈夫だ……。父さんが……助けてくれたから……っ!」


 自由を取り戻した俺に、悲痛な表情を浮かべた永久とわが縋り付く。

 どうやら、永久にも俺が聞いた〝こいつらの言葉〟は聞こえていたらしい。


 俺は永久を安心させるようにその小さな体を抱きしめる。

 するとそんな俺たちを守るように……父さんの聖剣が俺たちに寄り添った。


『抗っても無駄……ここからは、ぼくたちも加減する必要はない……』

『そしてアルト……貴方はとうに聖人の資格を失っている』

『愛情に満ちた自分の息子を、嫉妬と憎悪のままに何度も殺した!』

『大罪人! お前は大罪人だ! 聖人なんてほど遠い!』


 こい、つら……ッッ!


 永久と寄り添う俺の目の前で、神は父さんに向かって次々と罵声を浴びせる。

 俺は我慢できず、拳を血が滲むほど握りしめ、なりふり構わず襲いかかろうと力を込めた。だが――――。


「そうだ……俺は大罪人だ……。俺が重ねた罪は……到底購いきれるものではない……」


 俺が動くより早く、父さんは神の言葉に頷いた。

 父さんの背中が小刻みに震え、だらりと伸びた両手が固く握られる。


『ならば頭を垂れ、偉大なる聖人に頭を垂れるのです……聖人となった貴方の息子が創造する新世界は、たとえ貴方のような大罪人すら赦すでしょう……』

『そうそう! そうすればお前がやったことも、全部なかったことに出来るんだ!』

『お前がエールに願おうとしてたことも、全部聖人が叶えてくれる!』

『だから……君は大人しく見ているといい……君の息子が、聖人になるのを……』


「駄目だ……!」


 光が溢れる。


 目も眩むような純銀の光は音も無く収束。

 収束した光は父さんの右手に収まり、一振りの光の刃を形成した。

 

「ユーセは……こんな俺を……まだ〝父〟と……! 父だと……呼んでくれているのだ……ッ!」

『……ッ!?』


 父さんが消える。


 俺には光が瞬いたようにしか見えなかったが、次の瞬間にはすでに父さんの体は四体の神のど真ん中へと突撃。正面左側に立つ一体の神……その体が、真っ二つに両断されていた。


『愚かな……! この期に及んでまだ暴を振るうとは……! やはり貴方は、殺意と憎悪にまみれた最低の人間……〝殺しの者〟だ……!』

『ぼくたちは、この宇宙が生まれるよりずっと前から君たちを見ていた……何度もエールを送っては、聖人の誕生を待っていた……エールの誘惑に屈しない、強い心と深い愛を持った人間……聖人の誕生を待っていたんだ……!』


「違う……ッ!」


 聖剣が奔る。

 四体の神のうち二体が無数のサイコロ状にカットされて砕ける。


『ずっと昔にぼくたちを作った創造主様は、ぼくたちにこう言ったんだ! どんな欲にも屈しない聖人なら、この世界から全ての苦しみも悲しみもなくせる……! 愛に満ち溢れた楽園を作れる! だからエールを使って聖人を探して、聖人と一緒に新しい楽園を作れって!』

『が……ガガ……ッッ!? そ……う、だよ……ッ! もう何兆年経ったかもわからないけど、やっと聖人を見つけたんだ! お前なんかに邪魔させるもんか!』


「黙れ……! ユーセは……お前たちの言う聖人などではない……! 愛するイーアと俺の間に生まれた……俺のたった一人の息子だッ!」


 だが、父さんがそうして斬り裂いた神は即座に再生され、再び父さんに侮蔑の言葉と強烈な光弾を浴びせる。


 父さんはその光弾を次々と両断するが、雨のように降り注ぐ光に傷を負い、押し込まれていく。だから――――ッ!


「父さんだけにやらせるかよ……!」

「はいはーいっ! 改めまして、よろしくお願いしますね。お義父さまっ!」

「お前たち……」


 父さんに迫っていた光弾を、俺の灼熱と永久の光が打ち砕く。

 さっき俺たちが守られたように、今度は俺たちが父さんの前に立つ。


『なるほど……流石は真の聖人。自らを殺し尽くした男すら赦すというのですか』

『でもよく考えてみて……君のお父さんはもうどうやったって救われない……』

『この古い世界で生き続けても、その人はこれからずーーーっと苦しみ続けるだけ! それくらい、その人は取り返しの付かないことをしてるんだ!』

『だけど、それも君が新しい世界を作れば全部解決! その代わり、今のこの世界は〝全部消えちゃう〟けど……でも新しい世界では、死んじゃったお母さんとも三人で、みんなで幸せに――――』


「ハッ! そうかよ……そいつは確かに夢みたいな話だ。けどな――――ッ!」

『ギャッ!?』


 瞬間。俺は偉そうにのたまう神の一体に渾身の拳を叩き付け、殴り抜ける。


「いらねぇな、そんなもん……ッ! 父さんがもう救われない? 一人じゃ償いきれないだと? それなら俺も一緒にやってやる! 俺たちが一緒に償ってやる!」

「神さまって呼ばれてた私が、こういうことを言うのもなんですがっ! 私も悠生も、もう神さまとか奇跡とか……そういうのは結構なのでっ! 〝宗教勧誘〟お断りなのですっ!」


 神の攻撃を躱し、俺と永久は完璧に息の合った動きで攻撃を仕掛ける。

 それまで余裕だった神から笑みが消え、攻撃の激しさが増す。だが――――!


「ククク……ッ! なんだい……神なんていうから、さぞ〝キラキラしてる〟のかと思えば……! 全然キラキラしてないじゃないか……ッ! これならウチのマンションに住んでる奴らの方が……ずっとキラキラしてるよ――――ッ!」

「我が君……! よくぞ……よくぞ、〝お戻りに〟なられました……! このヤジャ……どうか再び、貴方の臣下として武を振るうことをお許し下さい!」


 俺たちとは別に、箒を輝かせたサダヨさんと、聖書を再構築したヤジャ先生が神に向かって力を解放する。さらに――――!


「ん――? なるほど、どうやら間に合ったみたいだよ? それに……一番美味しいところみたいだッ!」

「む……悠生、生きていたか……! 俺のスマホは無事か……!?」

「ユールシル!? レックスもいるのか!?」

「ふむ……実はかなりギリギリだったのだがね。咄嗟に私が盾となり、そのままバルトレミー女史の生み出した鏡の領域に逃れていたのだよ。実にエレガントなコンビネーションだったよ」

「スティール!」


 俺たちがやってきた頭上の大穴から降ってきた一枚の鏡。


 俺がそれに気付くよりも早く、その鏡からどう猛な笑みを浮かべたユールシルと、青く輝く聖剣を構えたレックスが、そして優雅な足取りでスティールが飛び出してきた。


 三人はすぐさま状況を理解したのか、一斉に神めがけて加速する。


『小癪な……所詮あなた方は、我らが与えたエールの力に縋っているにすぎない』

『エールの力を生み出したのはぼくたち……そのぼくたちに……』

『勝てると思ってるの?』

『思ってるの?』


「へぇ……おかしいですね? では、先ほど〝私の鈴太郎りんたろうさん〟にやられた情けない神さまはなんだったのでしょう?」

「本当に……無様に逃げ出す〝自称神とやら〟の姿……実に滑稽でしたよ……?」

「なんで二人とも最初から煽りまくってるのおおおおお!? じゃ、じゃなかった……っ! 悠生! みんな! 遅れてごめんっ!」

「どわーーーーっ! 私もいるぞっ! 神を滅ぼしてこそロボ! 人の叡智よ、今こそ神を超えるのだッ!」

「んじゃ……俺は隅っこから石とか飛ばしてるから……っ! 後はよろしくっ!」

「鈴太郎! 待ってたぞ!」


 そして最後。


 どうしてそうなったのかは分からないが、六業会のメンツを引き連れた鈴太郎とエリカまでやってくる。


 俺は鈴太郎と頷き合うと、再び眼前の神めがけて突撃。


 聖剣を振るうレックスとタイミングを合わせて加速すると、空中で並び立ったユールシルと同時に拳を振るい、スティールの鋼を足場に強烈な回し蹴りを叩き込む。


 そして――――!


「父さんっ!」

「ああ……!」


 この場に集まった全ての力が四体の神を抑え込む。

 俺は父さんと目を見合わせ、ぴったりと息を合わせて同時に踏み込んだ。


『やめ、なさい……何をしても、無意味……』

『月城悠生……君は、聖人になるしかない……』

『抗うなら……滅ぼす……君も、この世界も……』

『また、いつものように……なにもかも……』


 一閃。

 そして紅蓮の灼熱。


 父さんの聖剣と俺の拳が同時に四体の神に叩き込まれ、その力を打ち砕く。

 神の体を構成する全てが崩れ落ち、白い粒状になって霧散する。

 

 俺にも分かった。

 確かに神の力が砕けたのを。


「…………」


 拡散する光。


 その光の中で隣を見れば、そこにはたしかに父さんが立っていた。

 俺とは目を合わせず……だけど俺に寄り添うようにして、力強く立っていた――――。




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