殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

友達の頼み

公開日時: 2021年12月18日(土) 16:37
文字数:2,700

「くっ――――!」

「はぁあああああ――――ッ!」


 僕と悠生ゆうせいの初めての戦いは三日三晩続いた。

 戦場になったアジアの小さな街は何もかも消え去って。


 僕はその間まともに寝ることも、食べることも、トイレだって出来なかった。


「ただのヒーロー気取りかと思ったが、やるじゃねぇか!」

「気取りじゃないっ! 僕はヒーローだ! 君たちみたいな悪い殺し屋から皆を守る……っ! それが〝九曜〟としての僕の役目だっ!」

「ハッ! 本気でそう思ってるってんなら――――大した奴だッ!」


 まるで閃光のようなスピードで、悠生は何度も何度も僕に襲いかかってきた。


 でも、彼の力はその二つの拳に集約されてる。

 悠生が振るう拳が僕に届かなければ、僕は絶対に負けることはない。


 僕に宿る〝सोमソーマ〟様の力と心を繋いで、僕はいつ終わるかもわからない竜巻みたいな悠生の攻撃を凌ぎ続けた。


「こいつならどうだ――――ッ!?」

「そんな攻撃っ――――!」


 この人……きっと僕と同い年くらいのはずなのに。


 どうしてこんなに僕と違うんだろう?

 どうしてこんなに、楽しそうに戦えるんだろう?

 どうして……人を殺すことをなんとも思っていないんだろう?


 何度も僕の目の前に近づいてくる悠生を見る内に、なんだか……そんなどうでもいいことも考えていた気がする。

 

 結局。悠生との戦いでは僕も何度も死にかけた。

 弾かれて、飛ばされて。血も吐いた。


 けど、最後に放った僕の渾身の波紋は、カウンター気味に叩き付けられた悠生の体を、星の彼方まで吹き飛ばしたんだ。


 悠生と僕の最初の出会いは、そんな感じ。


 そして、今の僕はもう知ってる。


 あの時。


 悠生だって……好きで人を殺してたわけじゃないってことを――――。

 

 ――――――

 ――――

 ――


『――――ってわけでな。ちょっとエリカのことを見てやって欲しいんだよ』

「それはいいけどさ……でも、いくら何でもちょっと早すぎない? エリカさん、まだここに来て一ヶ月も経ってないのに……もう〝殺し屋殺しの仕事〟を始めたいなんて……」

『だな……俺もそう思う。ただ、エリカはああ見えてこう…………一度思い詰めると何をしでかすか分からないところがあるんだ。鈴太郎りんたろうはまだエリカとの付き合いも浅いし、そうは見えないかもしれないんだが…………』

「あ、あはははーー……そ、そうなんだねっ? エリカさん、凄く大人しそうな子に見えるから、全然そんな風に見えないなーっ!?」


 いやいやいや、もう凄く良く知ってますけどっ!?

 君のお弟子さん、君にそっくりの〝爆熱系女子〟でしたけど!?


 でも、いきなりエリカさんが僕の前で〝あんな事〟を言い出したとか、それを悠生本人に言ったらそれこそエリカさんに悪いよね…………うん。ここは黙秘だ、知らない振りをして通そう……!


 時刻は夜の九時を過ぎた頃。


 リビングのテーブルの上に広げたノートパソコンの前。ステンレス製のマグカップに注いだ温かいココアにちびちびと口をつけながら、僕は悠生と殺し屋マンション専用のネットワークを使って通話していた。


 実は、こうして悠生と話をする少し前まで、僕たちは一斉にこのネットワークに接続して、オーナーの山田さんが提示してくれた殺し屋殺しの仕事の受け取りに参加してたんだ。

 

 基本的に、殺し屋殺しの仕事は早い者勝ち。


 何か理由があればオーナーから直接仕事を依頼されることもあるけど、基本的にはやりたい人が、やりたいときに手を挙げる。


 今回、事前に悠生から相談を受けていた僕は、その仕事の受け取りを眺めながらも参加はしなかった。理由は今の悠生の話通り、初めて殺し屋殺しとしての仕事を受けたらしい、エリカさんのサポートをするため――――。


『アイツもあれで色々と気にしてるんだ。実は、山田も最初はここにエリカを受け入れるのには反対しててな。なんたって、それで一度裏切っちまってる』

「でも、もうエリカさんはそんなことはしないよ。〝毒の王ロード・ポイズン〟の毒だって、君がなんとかしたんでしょ?」

『まあな……だが、エリカからしたらそうじゃないんだろ。きっとアイツ自身の中で、色々とケジメがついてないんだ』

「そうかもしれないね……」


 モニター越しだったけど、悠生が本当にエリカさんを心配しているのは僕にも凄く伝わってきた。


 悠生はエリカさんのことになると途端にバツが悪そうな、彼には珍しくどう対応したら良いのか戸惑うような所を見せるんだ。


 この前、直接それについて尋ねてみたら、昔の悠生はエリカさんに対して結構キツく当たってたって話してくれた。


 でも……今の悠生が話してくれるエリカさんへの見方は多分間違ってない。


 僕から見ても、エリカさんは今凄く責任を感じていて、早くこの殺し屋マンションに受け入れて貰えるように頑張ろうとしてるんだと思う。


「うん……わかった。じゃあ改めて、今回の悠生からの依頼を引き受けるよ。でもオーナーはこのこと知ってるの?」

『ああ、エリカの監視や独立までの見守りも兼ねてってことでな。鈴太郎への報酬は俺から出るわけだし、山田からすれば断る理由もないってよ』

「おっけー! なら、エリカさんが受けた仕事の内容は……っと…………?」


 画面に映る悠生の顔を一度小さくすると、僕はたった今エリカさんが受けたっていう仕事の依頼内容を確認する。


 僕がこの依頼を受けた訳じゃないから詳細までは見れないけど、概要だけならこれで十分――――……。


「あのー……? 〝悠生さん〟……? これ……本当にエリカさん、初めてなのにこんな依頼受けたの……?」

『まさかお前……エリカがこの仕事を自分から引いた時に見てなかったのかよ!?』

「きいいいてないよおおおおおおおおおッッ!? なんで!? どうしてエリカさん初めてで〝こんな仕事〟受けたの!? 馬鹿なの!? 死にたいの!? むしろ僕を殺したいのッッッ!? ちょ、ちょっと待って、さっきの無し! 少しだけ、少しだけ考えさせてッッ! これ下手しなくても死ぬ奴ううううううううッ!? ムリムリムリムリ絶対無理いいいいいいい――――ッ!」


 あまりにもあんまりな現実に、一瞬で白目を剥いてひっくり返る僕。

 遠ざかる意識の向こう側で、僕を呼ぶ妖精さんたちの声が聞こえてくる……。


 でも、そこまでしても僕の脳裏に焼き付いた依頼の文字は消えなくて。


〝日本が洋上に建造中の軌道エレベーター、アマテラス。このアマテラスの建造を推進している政治家グループの集会を、殺し屋の手から守って頂きます。推測される背景勢力は六業会ろくごうかい。案件が案件のため、〝九曜〟の参戦可能性あり。達成難易度SSダブルエス


 脳内で何度もループするその文面。


 あまりの恐怖とストレスでぱたりと意識を手放しながら、僕はいつまでもボロボロと悲しみの涙を流していた――――。




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