「…………マスターから頼まれたんですか?」
「ひえっ!?」
気を抜くとすぐに迷子になってしまいそうなショッピングモールの中央通り。
突然かけられたエリカさんのその言葉に、僕は思わず声を上げてしまった。
「ち、ちちちち、違う違うっ! 山田さ……オーナーから、君をサポートするようにって頼まれてさっ! ほら、この依頼のランクSSだし……っ!」
「オーナーから…………そうですか」
咄嗟に飛び出したそれっぽい理由に、エリカさんは俯きながらも納得してくれたみたいだった。あ、危なすぎる……っ!
僕とエリカさんがいるこの場所は、日本が頑張って建設している軌道エレベーター〝アマテラス〟――――その土台部分に広がっている人口島の商業エリア。
東京湾から見える位置に作られたこの場所は、もう〝二十年前〟からずっと建造中。僕も詳しくないんだけど、宇宙まで届くエレベーターって、普通はもっと南の島みたいなところに作らないといけないのに、このアマテラスは凄い新技術でこんなに東京から近い場所に作ってるんだって。
まだ肝心のエレベーターは建設中なんだけど、もう完成してるこの人口島部分は観光や、近場のプチ旅行みたいなのを楽しむ人で結構賑わってるみたいだった。
ガラス張りになっている天井部分を見上げれば、先の見えない、とんでもなく高くて細い塔みたいな建物がどーんと聳え立ってるのがわかる。あれが宇宙まで続いてるなんて、ちょっと信じられないよね。
まあ……こんなことを言ってる僕も、つい数日前に宇宙に行ったんだけど……。
「やっぱり……まだ疑われていますよね……」
「エリカさん……」
僕の咄嗟の言い訳を聞いたエリカさんは、見てるこっちが罪悪感でいたたまれなくなるような、神妙な表情を浮かべた。やっぱり、悠生の言う通り凄く気にしてるんだ……。
今日、僕はエリカさんが受けたとっても難しい依頼をサポートするためにこのアマテラスまでやってきていた。
確かに僕にそれを頼んだのは悠生だけど……多分、悠生のあの口ぶりだと、僕の〝言い訳〟もあながち外れてはいないと思う。
気まずい雰囲気になりかけたのを感じた僕は、今度の今度こそ慌てず騒がず――――丁度目の前にあったカフェにエリカさんを誘った。
まだ今回の依頼の開始時刻までは時間があるし、僕もエリカさんとお話しておきたかったから――――。
――――――
――――
――
それから少し並んで注文を済ませて、トレーの上に乗った二つのカップをテーブルの上に。お洒落な音楽も流れてるし、時間も早くてお店も混んでない。これで少しはエリカさんもリラックスできるかな?
「あの……」
「ん?」
こ、今度はなんだろう……?
エリカさんって毎回僕がドキッってすることばかり言うから、こっちの心臓が……!
「先日は……突然〝あのようなこと〟を言ってすみませんでした……っ!」
「あのような…………って。あ、ああーーっ!?」
「私……っ! まだお会いしたばかりの小貫さんに、凄くはしたないことを言ってしまって……っ」
「あれ、アレね……っ! うん……全然大丈夫っ! あの時はちょっと驚いたけど……僕は大丈夫だから、気にしないでっ!」
「すみません……」
エリカさんはそう言うと、ほんのりと湯気が浮かぶ紅茶のカップに手を添えて、ほっぺたをピンク色に染めて恥ずかしそうに視線を下に。本当に申し訳なさそうにしゅんと肩を落とした。
そっか……エリカさんって、暴走はするけど〝後から後悔するタイプ〟なんだ……っ! か、かわいいな……っ!?
「あの……それで、私のあの言葉……マスターには……」
「だ、大丈夫っ! 僕こう見えてかなり口固いから! 悠生には言ってないし、言うつもりもないから安心してっ!」
「…………ありがとうございます。小貫さん…………」
とりあえず、エリカさんはその言葉に安心してくれたんだと思う。
僕の言葉を聞いたエリカさんは、ここに来て初めて笑ってくれた。
そのエリカさんの笑顔は、どう控えめに見ても人間が一生のうちに一度見れるかどうかってくらい綺麗で。まだエリカさんのことを何も知らない僕でも、思わず何もリアクションできなくなるほどだった。
こ、こんな素敵な笑顔が出来るエリカさんに、キツく当たってたって……!?
悠生……ッ! なんて酷い事を……っ! これは絶対に後で言っておかないと!
その笑顔にすっかりやられ、完全にエリカさんの味方になってしまった僕は、頭の中に浮かぶ悪魔のような顔の悠生が、悲しみの涙を流すエリカさんを嘲笑うイメージに怒りの炎を燃やした。けれど――――。
「…………マスターに、〝お返し〟が、したいんです…………」
「え……?」
怒りに燃える僕を余所に、エリカさんは目の前のティーカップを薄桃色の唇に当ててほっと息をつく。そうして――――まるで何かを吐き出すように言ったんだ。
「マスターは……一人になった私を、ずっと支えてくれていたんです。だから……私も何か……少しでもマスターの力になりたいって、そう思ってて…………」
「悠生の力に……? でも、きっとエリカさんは……」
「でも……私は〝まだ一度も〟マスターのお役に立ててない……っ。挙げ句の果てに、永久さんに嫉妬して……マスターがようやく手に入れた幸せを、壊そうとして……っ。それでもマスターは、今もそんな私のために…………っ」
「エリカさん……」
きっと――――彼女はずっと我慢してたんだと思う。
当たり前だよね……。
殺し屋マンションにはエリカさんの知り合いなんていないし、唯一エリカさんのことを理解してくれている悠生には、とてもこんな話はできなかっただろうから。
でも……多分エリカさんは誤解してる。
昔の悠生はわからないけど……少なくとも今の悠生は、エリカさんの存在が今まで一度も自分の力にならなかったなんて、絶対に思ってない。
悠生だって、この前の戦いでエリカさんと再会してから、もうとっくにそれは彼女に伝えてるんじゃないかな……。
〝エリカからしたらそうじゃないんだろ。きっとアイツ自身の中で、色々とケジメがついてないんだ〟
あの時の悠生の言葉は、エリカさんの今の気持ちを感じ取っていたから。
だから今回も、悠生は自分で行かずに僕に頼んだんだね……。
エリカさんの話を聞いた僕は〝うむむうむむ〟と悩みながら、とっても甘いフラペチーノをスプーンですくって、ぱくりと口に運んだ――――。
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