「いつでもいいぞ、どっからでもかかってこい」
「いくらアンタでも多勢に無勢。その余裕、すぐに引き剥がしてやるよ」
殺し屋マンションの地下にあるトレーニング場。
一度は完膚なきまでに吹っ飛ばされたこの場所も、今では完全に永久と一つになったエルの力ですっかり元通りだ。
「ご託はいい……まとめて受けて立つ」
「それなら遠慮なく!」
「いかせてもらう!」
刹那。俺をぐるりと囲む数人の殺し屋殺しが、一斉に俺目掛けて襲いかかる。
俺は死角から正確に襲いかかる伸縮自在の棒を紙一重で躱し、前方から雨のように降り注ぐ弾丸を全て掴み取る。
俺が立つ足場が泥になって沈み、それを合図に左右と上段の三方向から同時に属性の異なる攻撃が叩き付けられる。
一つは躱し、一つは拳で潰した。最後の一つはどうやっても捌けない。俺は三つの攻撃のうち、巨大なハンマーの攻撃をあえて受ける。そしてその衝撃を利用して、俺の足を絡め取る泥から飛び出して上空へ。
「シッ――――!」
「ぐあっ!?」
まんまと空へ逃れた俺は、対峙する全員を見下ろせる特等席から超光速の拳圧を連打。ちょいと前までは正確性に難のあったこの技だが、たった今ぶっ放した俺の拳は、狙い違わず全員の急所を正確に撃ち抜いていた。
これで最初に俺を囲んでいた五人は片付けた。後は――――!
「ここだ」
「っ!」
一度目の交錯で舞い上がった粉塵が粉々に砕け……いや、〝斬り裂かれる〟。
まだ宙に浮かぶ俺の前後左右全方位から、細かい網の目状の光刃が迫る。
レックス。
〝折れた刃の王〟の放つ全てを断ち切る聖剣が一切の手加減なく俺を殺しにかかる。
「だあああああッ!」
「む……やるな」
だが俺は瞬時にその無数の刃に存在する僅かな〝タイムラグ〟を見切る。最も速く俺に到達する刃に渾身の蹴りを叩き込み、その衝撃を足場にして、反対側から迫る刃の嵐へと光速の拳を頼みに突き抜ける。
砕ききれなかったレックスの刃が俺の肉を裂き、俺の全身を一瞬で血塗れに落とす。だが血だるまになりながらも〝刃の壁〟を抜けた俺は、今の俺に出せる最高速をもってレックスのとぼけた顔面に拳を――――。
「〝俺たち〟の勝ちだな……約束通り、次の仕事は手伝ってくれ」
「ちっ……やられたな。このタイミングで〝四ノ原〟を使われたらどうしようもない」
レックスの顔面に俺の拳が届くと確信したその瞬間。
一瞬にしてレックスは俺の正面から背後へと移動、完全に光刃を展開した聖剣の、ジリジリとした感触が俺の首筋を焼いた。
「や、やった……!?」
「ああ、まんまとやられちまったよ。ここに来る前とは反応も精度も段違いだ。練習の成果が出てるな」
見れば、レックスの斜め後ろ。俺を囲んでいた他のメンバーよりもさらに離れた場所から、びっしょりと汗をかいた四ノ原が俺目掛けて手の平を必死に向けていた。
俺はゆっくりと両手を挙げて〝降参〟の意思表示をすると、そのまま周りで倒れたままの他の仲間を助け起こしに向かった。
――――俺たちが円卓と親父の過去を知ってから一ヶ月半。
円卓も六業会も、不気味なほどに静かだ。
円卓の父が俺たち殺し屋殺しを相手に敗退したなんて話が流れれば、それこそ六業会は真っ先に動いても良さそうなもんだと思ったが……その予想は今のところ完全に外れだ。
だが山田の話では、これも嵐の前の静けさらしい。
円卓とクソ親父は、体勢を立て直せばすぐにでも襲ってくる。
俺たちはその時に備え、こうして柄でもないトレーニングに励んでるってわけだ。
「お疲れ様です悠生っ! 皆さんのお怪我もぴゃーーって治しちゃいますねっ!」
「ありがとな、永久。俺もこいつらも手加減はしてるから大丈夫だとは思うが、一応見てやってくれ」
「任されましたっ!」
訓練が終わり、一目散に駆け寄ってきてくれた名実ともに〝真の女神!〟にして俺の〝最愛の妻!〟でもある、常にそのかわいさが天元突破している永久から、死ぬほどいい匂いのするタオルを受け取る。
「それでどうだ? 昔の勘は戻せそうか?」
「…………む? 今何か言ったか……? ガチャを回してて気がつかなかった……」
「……そうか。まあ、こうして部屋から出てるだけでも大きな一歩だよな……うん」
当然だが、俺たち殺し屋殺しは今まで一度だってこんな合同訓練なんざしたことはない。それがいきなり……それも〝あの〟レックスまで参加してやり始めた。
どいつもこいつも……こんなマンションなんか見捨てて逃げ出したっていいだろうに。随分と変わり者ばかり集まったもんだ。
「あ、あのっ! 僕も、少しは皆さんの力になれそうですか……!?」
「おいおい、そんなに力むなって。気持ちは嬉しいが、お前はまだ子供なんだ。俺たちみたいな元殺し屋でもない」
「それは……っ。でも……僕……」
「もちろん、四ノ原の力は俺たちも頼りにしてる。だが、どんなに焦ったって、いきなり一人でなんでも出来るようにはならないんだ。お前は今でも十分によくやってるさ」
どこか気合いの入りすぎた様子の四ノ原の肩をぽんと叩くと、俺は永久から渡されていたもう一枚のタオルを四ノ原の頭に被せる。
俺は鈴太郎からちらっと聞いただけだが、〝四ノ原の前世〟も相当にキツいもんだったらしい。
それを見た四ノ原がどんな気持ちなのか……。
まだ四ノ原と知り合ったばかりの俺には、そこまで踏み込むつもりはない。
だがそれでも、こいつの決意は俺にもちゃんと伝わってきていた。
そして、当然だがそう思っているのは四ノ原だけじゃない。
他の殺し屋マンションの奴らも、あの一件以来気合いの入りようが違う。
そもそも、一度聖像や曼荼羅を刻まれた殺し屋が、自分自身の生き様を否定するにはそれ相応の理由がある。
過去からの因縁なんざなくとも、俺たちはみんな、殺し屋殺しとして戦う理由を背負って今まで生き抜いてきたんだ。
それが今となってはどうでもいいような、〝カビ臭い大昔の因縁〟で縛られ続けているなんてのは、誰だって許容出来るもんじゃないってことだ。
「四ノ原の力は、使い方次第でどんな相手だろうと切り札になる。今は鈴太郎や永久の言うとおり、お前が出来る部分を伸ばしとけ」
「はいっ!」
初めて会ったときとは見違えるような笑みを俺に向け、四ノ原は力強く頷く。だが――――。
『ほほ……これはこれは、随分と〝お優しく〟なられましたこと。〝鬼火〟にも、それくらい優しくしてあげても良かったのでは……?』
「――――!?」
だがその時。
それまでなんの気配も感じなかった俺の背後から、突然甲高い声が響いた。
『お久しぶりですねぇ……〝拳の王〟。それに〝元・刃の王〟も……。お二人とまた会えて、光栄ですよ』
「お前は……」
「〝毒の王〟……何しにきやがった?」
『何をしにきたとは……これはまた随分なことで。私はただ、こうして創世主様のお言葉を携えて来ただけだというのに……』
俺が振り向いた視線の先。
そこにはひらひらと揺れる紅い法衣を着た青年……〝毒の王〟が、俺たちに妖しい色香を湛えた笑みを向けて立っていた――――。
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