「ふー……これくらいでいいかなっ?」
ちょっと古めの角張った3Dモデルをモニターの中でぐりぐりと動かして全体の確認をした僕は、作業の完了報告を他のメンバーに伝えて、少しギシギシ音が鳴るようになった椅子の上で思いっきり伸びをした。
ここは殺し屋マンションの僕の部屋。時間はもうすぐお昼。
昨日遅くまで作業をしたおかげで、今日の仕事はこれで終わりに出来そうだった。
「お疲れ様です小貫さん。今日はどのようなお仕事をされていたのですか? どうぞ、コーヒーです。熱いのでお気をつけて……」
「わぁ……ありがとうエリカさんっ! えーっとね……今日は街のモデリングと、テクスチャ……昨日作った3Dモデルに貼り付ける、石や木のデザインかな……」
「へぇ……このようなお仕事もあるのですね」
「うん。とっても地味な作業なんだけど、実は僕って昔からこういうのが得意……」
僕が普段やっているモデリングの仕事に一段落つけたのと同時。
お姫様みたいな優雅な足取りのエリカさんが僕の隣にやってきて、温かいコーヒーの入ったカップを渡してくれたんだ。僕はそれを受け取りながら、感心したようにモニターを見つめるエリカさんにお礼を言って――――。
って……なんでエリカさんが僕の部屋にいるのッッ!?
しかも妙に馴染んでるし!?
あ、エリカさんの作ってくれたコーヒー凄く美味しい……!
とっても幸せ――――じゃなくてッ!
待って、ちょっと待って……!?
なんで知らない間にエリカさんが僕の部屋にいるの!?
まだ僕とエリカさんはそんな関係じゃ……!?
「……? 先日、勉強させて頂きたいので小貫さんの部屋にお伺いすると……そうお話ししましたよね? 部屋のパスワードも、その時に小貫さんが教えて下さいました」
「そ、それは確かに言った気がするけどッ! でもいくらなんでもいきなり過ぎじゃ!? そもそも勉強って……!? 何を教えればいいの……!? さんすう!?」
「いいえ、勉学なら間に合っています。私、日本で言う学士相当の学問は独力で修めておりますので……。私が小貫さんから学びたいのは、そういった事ではありません……ッ!」
「ひえ……っ!?」
そう言って、僕の前でその青い瞳に炎を燃やすエリカさん。っていうか本当にまたちょっぴり火が出てるしいいいいっ!?
「まだ私がここに来て間もない頃……マスターが仰っていたのです。小貫さんは凄いって……自分よりずっと強いって……」
「ゆ、悠生が……?」
「その時はまだ小貫さんとお話したこともありませんでしたし、マスターのその言葉も半信半疑でした。でも今は……少しだけ分かります」
エリカさんは椅子に座る僕の前で、もの凄く気合いの入った表情になる。
「小貫さんは、六業会でとても辛い思いをされたのに……それでもマスターや、他の皆さんのために戦ってこられたんですよね? 私が初めてお仕事をした時も……あんなに震えて、辛そうだったのに……」
「それは……でもそうなったのも、それをしたのも……全部僕のせいだから……」
「お母様と再会された時だって、とても戦えるような様子じゃなかったのに……小貫さんは私の手を取って、一緒に戦ってくれました。どちらも、とても感謝しています……」
強い思いの込められたエリカさんの言葉。
エリカさんの体から火は出てないけど……それでもその様子は、僕がゴクリと唾を飲み込んでしまうくらいに、エリカさんの本気を感じたんだ。
「でも私は〝弱い〟……っ。私の炎は、小貫さんのお母様にも、他の二人の九曜にも及びませんでした……っ。私は、今よりももっと強くなりたいんです……っ」
「そんな! エリカさんはもう十分に強いよっ。それこそ悠生だって、僕の前で何度もエリカさんは強いって、自分よりずっと立派だって言ってるくらいで……」
「違うんです……っ。私が欲しいのは、そういう強さじゃないんです……っ! マスターや小貫さんから感じる、もっと別の……っ」
そこまで言って、エリカさんは自分でもまだ答えが出せていないような、迷っているような表情を浮かべたんだ。
でも僕からすれば、〝今の悠生が強い〟って感じるエリカさんはやっぱり凄い。
悠生はよく自分のことを〝弱い〟って言うけど……少なくとも今の悠生は〝絶対に強い〟。それは殺し屋としての力がっていうことじゃなくて、人としての強さというか……昔の悠生に比べるともっと強烈な、執念みたいな物を感じるようになったから。
そう考えると、今でもとっても強いはずのエリカさんが自分のことを弱いって言うのも、やっぱり悠生とエリカさんは〝似た者同士〟なんだなって感じて少し面白かった。でもね――――!?
「でもそれでなんで僕のとこに来ちゃうの……!? 何か間違ってない!?」
だってね!?
僕はもう二十五歳の立派な大人で、エリカさんはまだ十六歳。正直、僕はこうしてエリカさんが遊びに来てくれるのは凄く嬉しいけど……やっぱりそういうのって色々とマズいよね……!?
「そんなことありませんっ……! 私……小貫さんのことをより理解し、観察することで、小貫さんの強さを習得したいのです……! 先日もそう言いましたよねっ?」
「ええええええええッ!? どういう理論なのそれえええええっ!? で、でもそれなら、ゆうせ――――」
それなら僕じゃなくて、〝悠生でも〟――――って……そう言いかけた僕はギリギリでその言葉を呑み込んだ。
危ない……っ!
そんなの当たり前だ、駄目に決まってるよ。
前にエリカさんは、悠生のことはもう大丈夫って言ってたけど……多分、本当はまだそんなことないと思う。
恋愛感情がどうこうじゃなくて……やっぱり人の心って、そんなにすぐに切り替えられる物じゃないだろうから。
エリカさんも自分でそう分かってるからこそ……悠生が今度こそちゃんとエリカさんと向き合おうとしているように、エリカさんもこうして悠生じゃなくて僕を頼ってきてくれたのかもしれない。
なら、そんな彼女を追い返したり、それどころか〝悠生でも良いんじゃ〟なんて、絶対に言っちゃダメだ――――!
「ん……分かったよエリカさん。その……どこまでエリカさんの力になれるかは分からないけど……僕でいいならっ!」
「小貫さん……っ。ありがとうございますっ!」
「さっきみたいに仕事もあるし、いつでもっていうわけにはいかないと思うんだけど……それでも、僕もエリカさんとお話出来るの、凄く嬉しいからさっ」
やった……っ!
ちょ、ちょっと照れちゃったけど……今度こそ、〝この前〟と違って言えたはず!
ちゃんと年上らしく、自然な感じで言えたっ!?
「では改めまして……今後とも、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたしますね。小貫さんっ!」
「え、エリカさん……日本語とっても詳しいね……っ!?」
今度こそ格好良く伝えられたはずの僕のその言葉に、エリカさんはとっても嬉しそうに、僕を見て笑ってくれていた――――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!