「や、やめてくれッ! 殺さないでくれぇ……ッ!」
「神々の名の下に……お前に死を与える」
俺が振り上げた左手を降ろすと同時。
目の前の男は恐怖に引きつった表情のまま、鮮血をまき散らして息絶えた。
男の死を見届けた俺は、革袋に満たされた聖水で手を拭い、背後に投げ置いた麻袋から、絹で編まれた布を取り出す。
「冥府への旅路が安らかならんことを……」
祈りの言葉は捧げるが、俺は決して罪人に情けをかけることはない。
この男はすでに五人もの命を奪っている。
その報いは受けなくてはならない。
定められた手順で男の亡骸に祈りを捧げると、地面に転がる男の首をその布で丁寧に包み、抱えた。残された胴体は後で別の者が処理をすることになる。
「お見事です……アルト様。すでに都市に残るこの者の縁者は、一人残らず捕縛しております」
「ならば、殺害された者の齢に最も近い血縁を四人殺せ。他の者は解放しろ」
「承知しました……」
男の首を抱え、薄暗い路地を後にする俺に闇の中から声がかけられる。
声に応える形で指示を与えると、闇の中の気配は間を置かず遠ざかっていった。
〝奪った命、与えた害には同等の報いを〟
それはこの国に住む全ての者に課せられた〝法〟だ。
だが、罪人たちに裁きを下す使命を負う〝殺しの者〟である俺たちには、その法は適用されていない。
当然、だからと言って俺たちが無闇に力を振るうことはない。
他者に裁きを下す者は、誰よりも清廉で、神々に対して忠実でなければならない。
その教えは俺にとっての誇りであり、日々を生き続ける糧。一族のためにも、最愛の妻のためにも。俺はこの身と心の全てを神々と国に捧げる覚悟があった。
「やあ! お帰りアルト、今日もご苦労様!」
「お前がこの時間にうろつくとは珍しいな。まだ日が昇るまでには時間があるぞ」
罪人の首を安置するため、都市の中心に位置する大神殿へと赴いた俺の前。
白い法衣を纏った優男と、その男にぴったりと付き従う、利発そうな容姿の少女が現れる。
この男の名はソウマ。
国と民を導く〝使徒の一人〟にして、夜の空に輝く月と星の化身。
人好きのする男で、殺しの者である俺とも友誼を結ぶ変わり者だ。
「私も本当ならもっと寝ていたいんだけど……実は昨日、ここにいる私の教え子が〝聖火〟に選ばれたんだ。だから、エヌア様にご挨拶しないといけなくて……」
「初めまして……エナと申します」
「アルトだ。殺しの者を纏めている」
ソウマに促され、まだ少女であるにも関わらず完璧な挨拶の所作を見せるエナ。
だが……俺の名と役職を聞いた少女の表情に、〝嫌悪の色〟が浮かんだのを俺は見逃さない。まあ……とっくに慣れた反応だが。
「殺しの者……失礼ですが、先生とはどのようなご関係なのですか……?」
「敬愛する師の周囲に、殺しの者がたかるのは我慢ならないか?」
「……っ!」
「あわわ……っ!? ごめんよアルトっ! 違うんだ、彼女はまだここに来て日が浅くて……っ!」
俺の眼光に射貫かれ、エナという少女は怯えたように身をすくめる。
いかんな、少々大人げなかった。
「駄目だよエナ……! アルトは私たちの誰もがやりたがらないような、とても辛い仕事をずっと引き受けてくれているんだ。私たちがこうして安心して暮らせるのも、アルトたちが頑張ってくれているからなんだよ……っ!?」
「っ…………も、申し訳ありません。つい……」
「気にするな。裁きを終えたばかりで俺も気が立っていた。お前がそう思うのも無理はない」
「本当にごめん……! エナにも、他の私の生徒にも、もっとよく教えておくから」
当のエナよりも申し訳ないという表情で、ソウマは何度も俺に頭を下げる。
殺しの者として忌み嫌われる俺にこんなことをするのは、使徒の中でもソウマだけだ。このような姿を他の者に見られれば、またこいつの評判が傾いてしまうのではないか?
「エナと言ったか……お前も、よくこのような変わった男を師に選んだものだな」
「そんな……っ! 先生は、本当に素晴らしいお方で……っ!」
「フフ……その通りだ。これからもソウマによく学び、神々と国に尽くせ」
そのまま俺は慣れない笑みを二人に向けると、手を振ってその場を後にする。
この国には多くの民が暮らしている。
その数はこれからも増え続け、繁栄し続けるだろう。
俺たち殺しの者を忌み嫌う民は多い。
だがそれでも、俺たちはこの国の繁栄に貢献し、偉大なる神々の御心に守られている。そう考えれば、どのような中傷も他人の目も気になることはなかった。
――――――
――――
――
二人と別れてからしばらくの後。
荘厳な石造りの神殿の最奥に通された俺は、七色にその色を変える篝火に囲まれた祭壇の前で片膝をつき、頭を垂れていた。
「殺しの者。当代の主、アルトよ。面を上げよ」
祭壇に響き渡る声に促され、頭を上げた俺の視線の先。
そこには威厳に満ちた一人の老人が立っていた。
「民草の暮らしを脅かす罪人の抹消。誠に大義であった」
「勿体なきお言葉。我らが殺しの技は、偉大なる神々から賜り、祖国と民草のために振るわれるものと心得ております……エヌア様」
この老人こそ、この国の頂点にして全ての使徒を従える偉大なる預言者、エヌア。
そして、祭壇の上から俺を見下ろすエヌアのさらに後方。
そこには淡く、優しく、俺たちを見守るようにして輝く虹色の巨大な光があった。
この光こそ、俺たちの神にして象徴――――エール。
そしてエールからの信を受け、エールの力を行使する〝権利を持つ者たち〟こそ、ソウマたち九人の使徒と、預言者エヌアだった。
「見事なりアルトよ。其方の揺るがぬ忠義と良心、そして献身。それは我らが光、エールによって必ずや報われることであろう……」
「は……!」
俺は再び深々と頭を下げると、より一層の忠誠と献身を誓った。
そうすることこそが、俺たち殺しの者として生きる全員の日々を守るのだと信じて――――。
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