殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

第二話

それは正義ではなく

公開日時: 2021年12月20日(月) 11:04
更新日時: 2021年12月20日(月) 11:32
文字数:2,386


「い、いいいいい……いよいよ……ッッ!? だね……ッ!?」

「あの…………大丈夫、ですか?」


 あああああ……ッ!? お、落ち着け、落ち着くんだ鈴太郎りんたろう……ッ!

 この前の悠生ゆうせいの依頼で、ちゃんとやるって決めたじゃないか……! 

 あんな大変な戦いだったけど……僕も最後まで出来たんだから……っ!


小貫こぬきさん、先程から凄く顔色が……それに、汗も沢山……」

「あ、アハハハハー……! だ、大丈夫っ! ちょっとお腹が痛くて頭痛と吐き気とめまいがするだけだから……ッッッッ!」 


 爆発しそうな程の心臓の音と、真冬なのに嫌な汗でびっしょりになってしまった僕に、とっても優しいエリカさんは心配そうな顔で声をかけてくれた……。


 うう……エリカさんの為にも、ちゃんとしないといけないのにぃぃぃぃ……っ!


 時刻は夜の八時前。


 僕たちは依頼通り、〝アマテラスの建造推進派〟の議員さんたちの集会がある、とっても豪華なホテルにやってきていた。


 今夜、このホテルには大勢の偉い人が集まる。


 だから僕もドレスコードを確認して、ちゃんとしたブランドスーツに。

 エリカさんもとっても綺麗な青色のドレス姿で、いつもの三つ編みも解いていて――――こうして見ると、エリカさんは本当にどこかの国のお姫様みたいだった。


 僕とエリカさんはもうすぐ始まる集会の会場じゃなくて、会場になっているホールに面した大きな通路で待機している。


 ガタガタ震えて、今にも泣き叫びそうになるのを我慢する僕を気遣って、エリカさんは通路脇にある小さなソファーに僕と一緒に座ってくれた。優しい……っ!


「ごめんね……っ。で、でも、仕事はちゃんとやるから……っ!」

「そ、そうなんですか……っ? その……私には、あまり大丈夫なようには……」

「大丈夫、だいじょーぶっ! 実は僕って凄く怖がりで……仕事の前はいつもこうなっちゃうんだ……っ! だ、だから気にしないで……!」


 そう言って、僕はエリカさんににっこりと笑みを浮かべた。

 エリカさんをサポートするために来たのに、これじゃ僕がサポートされる側になっちゃう……!


 頑張れ鈴太郎、頑張れ……っ! 

 お前は出来る奴だっ! 


 今までもずっと駄目だったけど……きっとこれからはっ!

 多分、なんとか……やれるように……!? 


 な、なれるかなぁ……っ? 


 そうしてなんとか心を奮い立たせた(?)僕は、隣に座るエリカさんに、最後にもう一度だけ今回の依頼の確認をしようと提案した。エリカさんも頷いて、小さな白いハンドバッグから仕事用のスマートフォンを取り出してくれた。


「今回の依頼主は〝日本政府関係者〟とあるだけで詳細は不明…………実際の依頼は、集会に出席されている皆さんを護衛するというより、この場所での被害をできる限り小さくすることが目的。そうですよね?」

「う、うん……そうだね。もうすぐここは大変な事になるから、僕とエリカさんはやってきた六業会ろくごうかいの殺し屋を倒すんじゃなくて、巻き込まれた無関係な人を逃がしたり、建物に被害が及ばないようにしたりする。議員さんたちには、〝円卓の殺し屋〟が護衛についてるから……」


 エリカさんのスマートフォンに映された詳細に目を通しながら、僕はこっそりと回りの気配に意識を集中させる。


 うん……やっぱり、円卓側の殺し屋の力をかなり感じる。ただ、数は確かに多いけど……〝九曜〟や〝王〟と戦えるような殺し屋は来てない感じかな――――。


「私も殺し屋の気配を感じます……小貫さんが言っていた通り、アマテラス計画を主導していたのは日本政府ではなく、〝円卓〟だったのですね」

「うん……今はどの国も円卓の命令に逆らうのは難しいからね。でも、それはそのまま、六業会がこのアマテラスの建造を推進した議員さんたちを襲う理由になる。六業会からしたら、議員さんたちも〝円卓の仲間〟って扱いになるだろうから……」


 僕がそこまで話すと、エリカさんは少し釈然としないような表情を浮かべる。


「〝意外です〟……私が円卓にいた頃は、殺し屋マンションといえば完全に敵組織という扱いで……まさか殺し屋マンションの殺し屋殺しが、円卓とこのような〝協業〟を行っているなんて……」

「基本的には、敵……だと思うよ。多分、今回も円卓の殺し屋には、僕たちがこうしてサポートに入ってるってことは知らされてないはずだから。日本政府も、殺し屋への対応は一枚岩じゃないからさ……」

「とても、難しいんですね…………私はまだ、〝何も知らない〟…………」


 そう呟くエリカさんの横顔。

 その表情に、僕はぎゅっと胸を締め付けられるような痛みを感じた。


 そうなんだ。


 殺し屋マンションだって、全然正義の組織なんかじゃない。

 みんなを殺す、悪い殺し屋を懲らしめるなんていう、そんな簡単な場所じゃない。


 あんな小さな場所に沢山の裏切り者の殺し屋が住んでいて、殺し屋マンションはそれを今日まで〝見逃して貰って〟いるんだ。


 それを考えれば、オーナーの山田さんがどれだけ大変で、善悪で測れないような交渉を必死で続けてるのかなんて、簡単に想像がつく――――。



〝ヒーローなんていなかった〟

〝悪者だっていなかった〟



 殺し屋の世界に、善も悪もなくて。


 みんな、今日を生きるために必死で。

 少しでも昨日より幸せになりたくて。

 

 僕もエリカさんと同じだった。


 あの頃の僕は――――なにも知らなかったんだ。

 


 そして――――。


『この地に集う無辜むこの民に告げる――――! 間もなくこの地は戦場となる! 急ぎこの場から〝逃げよ〟! 逃げること叶わなければ、手を合わせ、膝をついて祈りを捧げよ! さすれば我らの手の者が汝らの安全を保証する! 我らの名は〝六業会〟! 我らは罪なき人々に危害を加えることは決してない! この地に集う悪鬼羅刹――――円卓の殺し屋を滅ぼす存在なり!』


 来た。


 ついに来た。


 何も知らなかった僕が。

 昔は〝僕が皆に伝えていた言葉〟を高らかに響かせて。


 僕たちのところに、今日もやってきたんだ――――。



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