殺し屋殺し

殺せ、全ての殺し屋を。守れ、二人の愛の巣を。
ここのえ九護
ここのえ九護

彼が裏切ったのは

公開日時: 2021年12月21日(火) 07:06
文字数:3,980

「みんな怪我はないっ!? 僕が来たからには、もう大丈夫だからね!」


 燃える火と黒い煙が渦巻く戦場。

 あれは、たしか東南アジアの島国だったと思う。


 二十歳を過ぎた僕は、名実ともに六業会の中心として世界を飛び回っていて。

 その時も、僕は真っ先に戦いに巻き込まれた村の皆を助けに向かったんだ。


 崩れかけた小さな学校の中に突入した僕は、そこで身を寄せ合って助けを待つ大勢の子供たちを見つけたんだ。


「お兄ちゃん……だれ?」

「ぼくたちを助けてくれるの……?」

「うん、そうだよ! 少しスピードが出るから、皆しっかり僕に掴まってっ!」


 凄く〝訛りのある英語〟でたどたどしく僕に声をかける子供たちを、僕は励ますように笑って抱きしめた。えらいよって……本当なら、きっと今日もこの学校で楽しく、一生懸命勉強を続けられたはずなのに……。


「円卓の殺し屋め……っ! 絶対に許さない……っ!」


 二十人以上いる子供たち全員を僕の力で守りながら、僕は空間に発生させた波紋に乗って一気に空に飛び上がる。


 子供たちは目を丸くして驚いていたけど、すぐに僕が敵じゃないことをわかってくれて、安心したようにしがみついてくれた。


 この子たちを保護したら、次は皆のご両親やご家族を助けなくちゃ……!


 燃える村を真下に見ながら、僕は風を切って夜の空を駆ける。そうして戦場から少し離れた安全な場所までいけば、そこには六業会ろくごうかいの支援部隊が待機してくれているんだ。


「おお……! 流石は〝九曜の月ソーマ〟様……! 貴方に救い出された子供たちは、全員が怪我一つありません。この子たちのことは我々にお任せを!」

「うん、お願いね。それと、何かこの子たちに温かい飲み物を」

「御意……! ソーマ様も、どうかお気をつけて……!」


 大勢の子供たちを連れて戻ってきた僕に、支援部隊の人たちが称賛の声を上げる。

 僕はそれを静かに制して、まずは子供たちを休ませてあげるように指示した。


「お兄ちゃん……っ! まだ、ママとパパが……っ!」

「大丈夫……今からまたすぐに村に戻って、君たちのママとパパもここに連れてくるから!」


 自分たちのことよりも家族の心配を口にする子供たちに、僕は力強く頷くと、安心させるために笑ってみせた。


 そうだよ。絶対に犠牲になんてさせない。円卓の身勝手な行いで、関係のない大勢の人たちが悲しむなんて――――絶対に!


「だから、ここで良い子で待ってるんだよ。お兄ちゃんが絶対になんとかしてみせるから……!」

「うん……っ! ありがとう、お兄ちゃんっ!」


 最後にそう言って笑ってくれたあの子の笑顔を、僕は一生忘れない。


 あの子だけじゃない。


 僕が〝助けたと思っていた〟。救ったと思っていた何千人、何万人もの人たちの姿を――――僕は、絶対に忘れたりはしない。


 それが僕の犯した、絶対に償う事なんて出来ない罪だから――――。


 ――――――

 ――――

 ――


『この地に集う無辜むこの民に告げる――――! 間もなくこの地は戦場となる! 急ぎこの場から〝逃げよ〟! 逃げること叶わなければ、手を合わせ、膝をついて祈りを捧げよ! さすれば我らの手の者が汝らの安全を保証する! 我らの名は〝六業会〟! 我らは罪なき人々に危害を加えることは決してない! この地に集う悪鬼羅刹――――円卓の殺し屋を滅ぼす存在なり!』


「これは――――〝六業会の宣戦〟っ!」

「っ! き、来た……っ!? エリカさん、打ち合わせ通りで……っ!」

「はいっ! 六業会が無関係の皆さんを逃がそうとする……それを〝阻止〟すればいいんですよね?」

「うんっ! お願い、絶対に――――絶対に連れて行かせないでっ!」


 ホテル全域に響き渡る自信に満ちた声。

 自分たちのすることに、一切の疑いをもってないんだろうなっていう声。


 それを聞いた僕とエリカさんはすぐに立ち上がって顔を見合わせると、その場ですぐに六業会の広域宣戦を受諾――――僕は両手を合わせて静かに印を結び、〝सोमソーマ〟の曼荼羅まんだらを発現させる。


 そんな僕の隣。

 真剣な表情のエリカさんも、自分の胸の前にそっと右手を当てる。


 そうするとすぐに彼女の手の甲が赤く光って〝燃え上がる篝火に祈りを捧げる少女〟の聖像イコンと、その聖像に刻まれた、〝Will-O'-Wisp〟の文字が静かに灯る。


 初めて見るエリカさんの聖像は、まるで彼女の心をそのまま映し出したようなデザインだった。いつ見ても円卓の名乗りはお洒落でかっこいいなって思う。


 でも今はそんなことを考えてる場合じゃない。


 今も壁越しに僕たち殺し屋だけがわかる感覚で、沢山の聖像と曼荼羅がこのホテルを中心に発現したのをびしばし感じてる……っ! 


 や、やっぱり凄い人数だ……っ!


「じゃ、じゃあエリカさん……! 僕はこのまま北側に向かうから……っ!」

「ホテルからの皆さんの避難は、小貫こぬきさんにお任せすれば良いんですよね? なら私はフロアの南を回って、逃げ遅れている皆さんを小貫さんの所までご案内しますっ!」

「う、うん……っ! エリカさんも無理しないように。何かあったら、すぐに連絡して!」

「小貫さんもっ!」


 そう言って、僕とエリカさんはそのまま通路を反対方向に向けて駆けだしていく。あまりにも突然のことに、警備の人もお客さんも、みんなこの世の終わりみたいな顔で逃げ回ってる。


 そしてその時。ドーンという大きな音がずっと上の方から聞こえた。


 この音……そして沢山の波紋。

 六業会が来る――――!


 その音を聞きながら、僕はすぐにエレベーターの前に向かった。

 こういう時、逃げ遅れる人は大抵エレベーターに固まって動こうとしない。


 そして僕の予想通り、エレベーターの前は大渋滞だった。

 老若男女、怒る声や泣き叫ぶ声で騒然としてる。さらに――――。


「ああ……っ! どうかお助け下さい、殺し屋に殺されるなんて嫌だぁ!」

「神様……!」

「六業会は円卓とは違う! 俺たちを助けてくれる! 急いで逃げなくても、ここで彼らが来るのを待てばいいじゃないか!」


 やっぱり……っ! 

 

 その渋滞の回りには、さっき聞こえてきた六業会の言葉に従って地面に座り、神様に祈る人の姿が大勢混じっていた。


 ここであの人たちに理由を話しても、どうせ信じて貰えない。

 僕が頑張っても、このホテルにいる全員を逃がしきることはできない。


 でも、まずは目の前にいるこの人達を――――!


「お、落ち着いて! 皆さんを助けに来ました! 全員一カ所に集まって下さい!」

「な、なんだアンタは!? まさか、アンタ六業会の人かね!? 儂らを助けに来てくれたのか!?」

「そ、そうそう! そんな感じです……! とにかく、皆さん早く集まって!」

「ありがとう、ありがとう……! さすが六業会だ……! 円卓みたいな〝人でなし〟とは違う……!」


 僕の声に気付いたその場にいるみんなから、一斉に歓声が上がる。


 今でも六業会への世間の皆の認識はこれ……。

 本当に、上手くやってるよ。


 でも……ここで僕が六業会じゃないって否定すれば、それはもっとややこしいことになる。だから、今はとりあえずこのまま――――!


「波よ――――」


 僕はそのままエレベーターの横に広がる大きな強化ガラスに手を当てると、そこからガラスの内部に波紋を起こして粉々に砕く。


 そして右手で印を、左手を広げて前に突き出し、僕の回りに集まる三十人ほどの人たちを〝大気と空間〟の波紋で包む。そして細心の注意を払いながら、皆をまとめてホテルの外へと浮遊させた。


「か、体が浮いてっ!? 落ちる……っ!?」

「大丈夫です……っ! いいですかっ!? 皆さん、下に降りたらすぐにこのホテルから離れて下さい! 絶対に戻ってきちゃ駄目ですからねっ!?」 


 僕はそれだけ言うと、突き出した左手をホテルの真下目掛けて切り払う。


 大勢の人を包んだままの僕の波紋は、それに従って凄い速度で急降下。

 目では確認していないけど、僕の体に伝わる〝沢山の波〟が、みんな無事に地面に降りれたことを教えてくれた。


 ふぅ……まずは一番厄介なところを片付けられた……。


 今回のエリカさんの仕事内容が、絶対に殺し屋と戦うような内容じゃなくて本当に良かった……。これなら僕も最悪逃げられるし、六業会との戦いだってしなくてもいいかも――――。


「――――〝裏切り者〟が我らの輝かしい威を借りて目的を果たす……まさか、このような光景に出くわすとは……反吐が出るッ!」 

「っ!?」


 ホッとしたのも束の間。


 胸をなで下ろす僕の背後から、ついさっき〝聞いたばかりの声〟が聞こえてくる。


 咄嗟に振り向いた僕の目の前。

 そこにはいくつもの〝光の矢〟が、まるで隙間のない壁のように迫っていた。


「ひっ!?」


 僕は思わず情けない声を上げて身構える。僕の恐怖に反応して展開された波の盾に沢山の矢が突き刺さって――――次の瞬間には盛大に大爆発を起こした。


「うわわわ――――っ!?」

「どうした? 大いなる我らが神々に背を向け、その勇までも卑屈に堕ちたか? 六業会最悪の謀反人。〝九曜の月ソーマ〟よ……!」


 爆発の衝撃で吹き飛ばされて、ボロボロになったフロアの通路を情けなく転がる僕に、その声はもの凄い怒りを込めてそう言った。


「げほっ! げほ……っ!? だ、誰なの……? 僕のことを、知ってる……っ?」


 咳き込みながら顔を上げた僕の前。


 そこにはかつて僕が着ていたのと同じ、六業会の黒い法衣を着た、でも僕とは全然違うムキムキの男の人が立っていて――――その言葉と同じように、僕のことを凄い勢いで睨み付けていた。

 

「我が名は〝बाणासुरバーナースラ〟! 千の矛と矢を持つ戦神いくさがみに守護されし者! 貴様と相対するのはこれが初めて。しかし……我らが六業会最大の汚点である貴様の名、とうに聞き及んでおるわ……ッ!」

「はわわわ……っ! す、凄く……強そうです……っ! お、おお、お助けぇ……っ!」


 目の前に立つバーナースラさんの凄い迫力に、僕は完全に腰を抜かしてしまって。

 とにかくどうやってこの場を乗り切るかを、目を回しながら考えることしかできなかった――――。



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